07. 縁は異なもの、味なもの

一部の先生方への挨拶回りも済ませ、夜は更けていく。
初めての夜は案外すんなり眠れたが、日が登る少し前に目が覚めてしまった。
もう少し寝れそうではあるものの、二度寝しては最後だと布団から這い出て、胸元に事務員と縫い付けられた装束を着る。

頭巾はどちらでもいいとのことだったので、とりあえず無しの方向にしていただいた。
頭巾で顔周りがスッキリしてしまうと小顔効果が得られないから…という、ちょっとした抵抗だなんて事は断じて無い。
小松田さんが来るまでに、身支度と朝食を済ませておくように言われており、そっと部屋から出て食堂があるはずの方向を見れば、立ち上る煙。
もしかしたら、今向かえば何かお手伝いできることがあるかもしれない。
思うより先に、足は食堂へと向かっていた。

「おはようございます」
「あら、あなた」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日より事務員として働く事になりました、みょうじなまえと申します。ご迷惑お掛けすることもあると思いますが、よろしくお願いいたします」

釜の中の何かを茹でながら、おばちゃんがニコニコとこちらを見る。

「学園長先生から聞いてるわよ。土井先生のお墨付きだって。栄養たっぷりの食事でサポートさせてもらうわね」
「お墨付きだなんてそんな…。あの、お手伝いできることありますか?早く目覚めてしまって」

私からの申し出におばちゃんはまぁ、と目を丸くして、厨房を見渡した。

「そうしたら、何個かお願いしちゃおうかしら」

炊けた米をかき混ぜたり、お味噌汁に入れるネギを小口切りにしたり、他にも必要な野菜をひたすら切ったり。
料理も終盤であった事から、お手伝いできた事は簡単なものばかりであった。
野菜を切るのなんて、おばちゃんがやった方が絶対に早い。
そんな不安を掻き消すように、おばちゃんはとても嬉しそうにお礼を言った。

「なまえちゃんのおかげで、いつもより早くお食事の準備ができたわ。ありがとう。出来立てほやほやの、先に食べちゃいなさい」
「一番にいただいて大丈夫なんですか?」
「お手伝いしてくれたんだもの、それくらいどうってことないわよ」

断るのも失礼で、せめてこれくらいはと自分で皿によそっていく。
まだ誰もいない食堂で、一人黙々と食事を進めていれば、山田先生と土井先生がいらっしゃった。
二人とも私を見るなり目を瞠ったが、山田先生が優しく声を掛けてくださる。

「おはようございます、随分お早いですね」
「おはようございます。先生方もお早いんですね」

盆を持って私の座る角の机まで来れば、一緒にいいかと尋ねられた。
断る理由もなく、頷いて同席を促す。

「昨夜はよく眠れましたかな」
「すぐ寝付けました」
「それはよかった。客間に慣れる前に、早く自室にご案内してさしあげたいところなんだがね」
「あはは、戸がなくても眠れますので、全然今日にでも移動いたしますよ」
「昨日もそう言ってましたけど、そんなこと許されませんからね」

眉間を寄せて怒る土井先生を、ほうれん草のおひたしを口に運びながらきょとんと見つめる。
本当に大丈夫なんだけどな…。

食事を終えたタイミングで、小松田さんが食堂に入ってきた。
部屋まで迎えにきてくれると聞いているが、一抹の不安が頭を過ぎる。
部屋で待つよりここでおばちゃんのお手伝いをして、小松田さんの食後そのまま着いていけばいいのでは?
そうだそれがいいと浮かんだ名案に、私は早速、配膳待ちの小松田さんに声をかけた。

「おはようございます、小松田さん」
「なまえさんだぁ。おはようございます」
「部屋まで迎えにきていただけると聞いていますが、せっかく会えましたし、食後そのまま同行してよろしいですか?」
「大丈夫ですよ!じゃあ僕朝ごはん食べてきますね」

よし、これでひとまずは安心だろう。
厨房へ入れば、次々とやってくる忍たまたち相手に、おばちゃんは手を忙しなく動かしていた。
これは大変そうだ。

「お味噌汁よそっていきましょうか?」

素早い手つきで卵を溶きながら、私の顔をほんの少し見るや礼を言われる。
お願いではないところに、余裕の無さが伺えた。

おばちゃんの厨房の使い方が分かりやすく、積まれた木椀を取り、よそって盆に並べていく。
見慣れない人間が働いているので、待っていた紺色の装束の男の子たちは顔を見合わせていたが、思いの外手伝える事が多く、挨拶をしている余裕がない。
足らなくなっただし巻き卵をすごい勢いで作っていく横で、作り置かれたお浸しを小鉢によそい、続いて白米もよそった。

「この量で足りますか?」
「俺もう少し欲しいかも」

三人のうち二人は十分だと頷いたが、そう言った彼は、まるでうどんのような丸いシルエットの不思議な髪型をしていた。
外見の特徴が分かりやすいから、名前を聞いたら顔と一致させやすそうだと呑気に考える。

「ちょっと足しますね。これでいかがですか?」
「ありがとうございます」
「あの」

流れで私に話しかけようとしたのだろう。
黒い髪に凛々しい眉の彼が口を開いたが、残るはだし巻き卵だけだった盆に、おばちゃんが皿を置いた。

「お待たせしちゃってごめんね。冷めないうちにお食べ」

きっと、どなたですか?と聞きたかったんだろうな。
食堂に来てみたら、知らない人がおばちゃんと厨房でバタついているのだ。そう思わない訳がない。
後で嫌でも名乗ることになるから今はごめんね、と心の内で謝罪をしつつ、続く男の子たちの配膳を進めていく。
そうこうしてるうちに食堂の座席が埋まり、配膳の手は一旦ストップとなった。

「本当に助かったわ。ありがとね、なまえちゃん」
「厨房の使い方がとても綺麗だったので、初めてでも分かり易くて助かりました。お役に立ててよかったです」

褒め上手ね、と笑顔を輝かせるおばちゃんに釣られ、私の口元も緩む。
おばちゃんの笑顔は、見ているこちらまでつい同じ顔になってしまう素敵な魅力がある。

「なまえさんお待たせしましたー!お手伝い終わりそうですか?」

おばちゃんと談笑していれば、小松田くんが盆を返しにきた。

「中途半端なお手伝いですみません。失礼させていただきますね」
「お仕事始まる前から本当にありがとうね。いってらっしゃい」

手を振って見送ってくれるおばちゃんに、一瞬躊躇いながらも控えめに手を振り返す。
嬉しそうに笑ってくれたのが、なんだかむず痒かった。

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