「いつもはもう少し長いのですが、仕事量が少ない日なんかには早く終わることもあります。初出勤お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。色々重なった結果、ですかね?」
「まぁ、そうですかねぇ…」
時を遡るは、仕事開始時刻。
小松田さんを探しに行けば、曲がり角の先に突如広がる穴。
まさかと思い覗いてみれば、底には目を回した小松田さんの姿が。
慌てて吉野先生に助けを求め医務室に運んでいただき、校医の新野先生に処置をお願いした。
傷まみれの小松田さんは、そのまま医務室で安静となり、衝撃的な初仕事と、小松田捜索騒動はこれにて幕を下ろした。
おかげさまで…と言っては失礼だけど、付きっきりでお仕事を教えていただくことが出来たのは、正直ありがたくはあったのだけど。
「土井先生から書類整理がお得意だと聞いていましたが、これ程までとは思っていませんでしたよ」
「吉野先生の教え方が分かりやすく丁寧なので大変助かりました。ありがとうございます」
述べられた世辞に、姿勢を正して頭を下げる。
「君が頑張ってくれても、小松田くんがマイナスにしてしまうんだろうけどね。お互い頑張りましょう」
吉野先生と二人、お互い苦笑を交わす。
「お尋ねしたいのですが…用具委員会というのは、この時間に活動されていますか?」
「用具委員会ですか?修補するものがあったと思いますので、今は委員会中かと」
聞けば吉野先生は用具委員会の顧問だという。
活動拠点である用具倉庫の場所を教えていただき、事務室を出た。
学園の備品管理とだけあって、部屋一室ではなく場所が分かりやすいのはありがたい。
見えてきた建物の前では、複数人の生徒たちが修補の用意をしているようだった。
「こんにちは」
「あ、なまえさんだ」
真っ先に振り返ってくれたのは、喜三太くんだった。
「あれ、喜三太くんとしんべヱくん。もしかして二人は用具委員会?」
「「そうでーす!」」
「ちょうど良かった。委員長の食満留三郎くんはいらっしゃるかな」
「俺ですが」
一年生の視線に合わせて屈んでいた足を伸ばし、声のする方を見る。
用具倉庫の出入り口から、男の子が顔を覗かせていた。
「初めまして、新しい事務員のみょうじなまえと申します。お尋ねしたいことがありまして」
「用具委員会委員長、六年は組の食満留三郎です。備品の書類確認か何かですか?」
六年は組。昨日挨拶した六年生にはいなかった顔に、確か善法寺くんと同じ組だったかな?と記憶を遡る。
「いえ、私にあてがわれた部屋の障子戸の事で」
「ああ、それならこれから修補するところですよ」
彼の視線を辿れば、出入り口付近の地面に木枠が置かれていた。
どんな状態かと思っていたが、器用に組子と障子紙だけが破れ砕け散っている。
「わぁ…えらく器用に壊したんですね」
「本当に、一体どういうぶつかり方をしたらこうなるのか!人間の為せる技じゃないですよ!」
「ねー!」
喜三太くんの言い振りと納得するように頷くしんべヱくんに思わず笑ってしまったが、ちゃんと小松田秀作は人間であると訂正する。
ちょっと、へっぽこだけど。
「学園長先生に急かされて、急いで取り掛かろうとしてくださってますよね?」
そう問えば、驚いた顔をした。
「なんでそれを?」
「その場に居合わせたんです。それで、申し訳なくてお手伝いに参りました」
そう言うと、さらに驚いた顔をする。
これ以上驚いた顔をできるんだろうか、彼は。
「いや、ここは用具委員会にお任せいただければ」
「吉野先生から、他にも修補しなければいけないものがあると伺っています。それに下級生が多く、食満くんが色々と作業を引き受けていることも伺いました」
彼は黙って聞いていた。
「こう見えて、物作るの結構得意なんです。天才アルバイターのきり丸くんお墨付きです」
食満くんの目を見て、きり丸くんの名前を出したのはずるかったかなと、ほんの少し反省。
しかし、手伝いたい思いに変わりはない。
「分かりました。人手が足りていないのは事実なので、是非お願いします!」
爽やかな笑顔と共に、用具倉庫の中へ案内される。
「「なまえさんと委員会だ!やったー!」」
は組の二人の言葉に微笑めば、後ろで初めて見る一年生と、萌黄色の装束の男の子がぽかんとしていた。
「お前ら、新しい事務員さんと親しいのか?」
「土井先生のお世話をしてくれてるので、僕たち前からなまえさんのこと知ってるんです!」
「ど、土井先生の世話ァ…?」
あらぬ誤解が生まれないよう、話の雲行きが怪しくなったら訂正しよう。
聞こえてくる会話になんとなく耳を傾けつつ、食満くんから工具を受け取る。
「それじゃあ、切っていきますか」
「半分に分けるといい感じですかね」
「そうですね。俺が切るので、落ちた方もらっていただけますか」
倉庫の中から必要なものを外に持ち出して、食満くんのそばで板が落ちるのを待つ。
手慣れているだけあって、やはり切る速さが段違いだ。
それでも、多少は手伝えるだろう。
今日のうちに完成させて、明日の夜には職員長屋に戻りたい。
落ちた板を台に固定したらまっすぐ上から覗き、ずれないように鋸を動かしていく。
順調に進んでいく中、少しずつ連日の腰の酷使が効いてきた。
渋々上体を起こして腰をさすれば、手が空いたらしい食満くんと目が合う。
「残りは俺が切ります。ノミと金槌がそこにあるので、切り欠いていただきたいのですが…分かりますか?」
「やった事あるので任せてください」
切る作業をありがたくお任せして、しゃがみ込んでひたすら金槌を打ち込みノミで調整していく。
丁寧に引かれた目印の線に少し感動しながら黙々と手を動かしていれば、木を削る音に食満くんの声が混ざった。
「昨日、伊作たちと会ったそうですね」
「六年生の四人とは、お先に挨拶させていただきました」
「あいつ、みょうじさんの事を土井先生の彼女だと思ったって口にした事を申し訳ないってずっと言ってて。あまりにもうるさいんで、仙蔵に怒られてましたよ」
そう言えば、昨日そんな事を口にしたのは最初に名乗った立花くんと、最後に名乗った善法寺くんだったなと思い出す。
「土井先生には着替えた方がいいんじゃないかって言ったんですけど、私服のまま学園の案内をされたから…勘違いされてもおかしくはないですよね」
それはそう思っても仕方ないですね、と食満くんは部品の凹凸を睨みつけながら笑った。
「俺たち、土井先生の初めての教え子なんですよ」
ノミを動かす手を止めて食満くんの方を見る。
「そうなんですか?」
「だから土井先生にそんな人がいると知ったら、みんな気になると思うんで。俺もその場にいたら多分そう思ってたと思います。こっちは終わったんで、先に嵌め込んでいきますね」
出来上がった凹凸を端材で打ちつける甲高い音が、辺りに響き渡る。
「食満先輩、糊持って来ました!」
萌黄色の装束の男の子が糊の入った容器を、一年生の男の子が刷毛を数個抱えて歩いてくる。
「ありがとな作兵衛」
「ありがとうございます。そう言えば、ちゃんとご挨拶できていなくてごめんなさい。新しい事務員のみょうじなまえです」
学年が分からず、少しばかり丁寧に訪ねれば慌てたように少年は背筋を伸ばした。
「三年ろ組、富松作兵衛です!」
「富松くんですね、後ろの子は…」
「い、一年ろ組…下坂部平太…」
「下坂部くん。教えてくれてありがとう。みんなの名前覚えるまでにちょっと時間かかりそうだから、またお名前聞いたらごめんね」
既に若干フルネームで覚える事を諦めつつあるが、現時点なんとかいけそうな気がする。
後は明日以降の私次第かな。
出来上がった部品を食満くんの横に並べて、しゃがみ込んで組み合わさっていく様子を眺める。
お邪魔かなと思いつつも、富松くんが話しかけたりしていたので、私も声を掛けた。
「用具委員会は、これで皆さんお揃いですか?」
「いえ、四年ろ組の浜守一郎がいます。今日は野外実習で帰りが遅いのでいません」
「野外実習なんてものもあるんですね…」
何も分からないので、全てが新鮮だ。
ついでに、用具委員会はいつもどんな活動をしているのかを教えてもらった。
この学園では学年や組、委員会などの枠組みで役割分担をして、各自でやれる事をやっているらしい。
どうりで皆しっかりしているわけだ。
完成も近い中、どこからともなく食欲をそそる匂いがする。
夏の日でまだまだ空は明るいが、夕食の時間が近づいて来ていた。
「もうこんな時間か。お前たち、今日はもう終えていいぞ」
富松くんと下坂部くんは出来上がりつつある障子戸を見つめて、でも…と口を揃えた。
「あとは障子紙張るだけだから、二人とも食堂に向かう準備しておいで。涎垂らしたしんべヱくんもやってきたことだし」
どこか別の場所で修補していた喜三太くんとしんべヱくんが、お腹すいた!と騒ぎながら修繕用具を抱えて戻ってくる。
「二人ともお疲れ様。食満くんが今日はおしまいって言ってるから、手洗いして食堂に行っておいで」
「えー!なまえさんは食堂行かないんですか?」
「僕たちなまえさんと一緒にご飯食べたいです!」
「相変わらず嬉しいこと言ってくれるね。でももう少し修補したいから、また今度絶対一緒にご飯食べよう。指切りしようか」
差し出した右手の小指に喜三太くん、左手の小指ににしんべヱくんの丸くて小さな小指が絡む。
愛らしい可愛い手だ。
絶対に約束守らなきゃ。
嘘をついたら針千本飲むと約束の歌を唱えて、四人の背中を見送った。
「みょうじさん、は組の奴らの扱い上手いですね」
「それ、今朝土井先生にも言われました。皆が素直でいい子なだけですよ。それより障子紙張るの一番得意なので任せてください」
力こぶを作るように腕を曲げて、自信満々に言えば食満くんはぷっ、と吹き出す。
「笑うなんて酷い!本当に得意なんですよ!」
「いや、俺もは組なんで、素直でいい子なんですよ」
「六年生が意味わからないこと言うんじゃありません」
せっせと糊を薄く伸ばして、障子紙の角を合わせて、組子に張り押さえていく。
今度は食満くんがしゃがみ込んで、私の作業を見つめていた。
おぉ、という感嘆の声。
「手際いいじゃないですか」
「障子の張り替えアルバイト、何度かこなしてますから」
経験が生きたことにきり丸くんに感謝しつつ、無事に張り終えれば、食満くんが拍手してくれた。
途端に恥ずかしくなってきた。
齢二十の女が、五つも下の男の子に拍手されている。
余った障子紙を丸めて、拍手から逃げるように立ち上がった。
「ありがとうございました。おかげで明日から職員長屋で過ごせそうです」
「こちらこそ、お疲れの中手伝いに来ていただいてありがとうございました」
互いに頭を下げ合う図に、二人揃って思わず笑い出す。
「明日取りにきますね」
「授業が終われば誰かしらいると思うんで。お待ちしてます」
じゃあと立ち去ろうとすれば、待ってほしいと止められた。
「よければ夜ご飯一緒にどうですか?伊作も、まだ医務室にいると思うので」
喜三太くんとしんべヱくんの誘いを断った手前、すんなり頷くことができずにいると、食満くんは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あいつ、随分みょうじさんに謝りたそうだったので」
そこで、ようやく食満くんが善法寺くんのために場を設けてあげようとしていることに気が付いた。
忍術学園の子は、本当に優しい子ばかりだ。
「先に食堂でお待ちしてます」
ぱっと、分かりやすく顔が明るくなると、慌てたように用具倉庫の中を確認して扉を閉めた。
「すぐ伊作を連れて向かうので!」
走り去る背中を見ながら、ひとつ伸びをする。
私も、井戸で手を洗ってのんびり食堂へ向かおう。