「今から閻魔殿に来れますか?」
来れそうならすぐにでも、と急いでいるのかよくわからない電話に、仕事にキリをつけて衆合地獄から閻魔殿に戻る。
私、一応鬼灯やお香さんと違って下っ端の獄卒なんだけどな。他の方々に申し訳ない。
鬼灯の呼び出しで、と上司に伝えると、ニヤニヤとしながらいつも送り出されるのも、個人的にはどうかと思っている。
私用での呼び出しは今のところないので、ちゃんと仕事で向かうからいいのか?いや、それでもまだ1年足らずの新人下っ端なんだけど…。
「ごめんお待た…せ?」
ズーンと重たく青い空気を纏って、床に何かを書いている座敷童子の一子と二子を取り囲む大人たちの図。
鬼灯と唐瓜さん茄子さん、果てはお香さんまでいらっしゃるではないか。
「お香さん、何事ですか?」
「それがねぇ…」
簡単に纏めると、新しい洋服を買って欲しいと強請ったところ悉く壊滅的な洋服の数々を着せられ、呼び立てに飛んで風のように去っていったリリス様はフランス人形ちっくな洋服を着せてわいわいがやがや。
唐瓜さんが悲鳴をあげて、今に至ると言う。
「茄子さんが、なまえさんに選んでもらわないんですか?と進言したので、最後の手段に呼び出しました」
「うーん、仕事なの?これ」
「なまえさん、私たち、洋服ほしい」
「選んで、選んで」
死んだ目で足元に擦り寄る二人の頭を撫でて、これまでチョイスされた服を見て確かにこの子達にはちょっと違うかなと苦笑する。
「似合う洋服でよかった?」
「今風の、似合う洋服、欲しい」
「うん、分かった。ちょっと待っててもらえる?」
買い物に出てくると申し出ると、選んだ服を見たいからまた呼んで欲しいと面々が再集結することとなり、その場は一旦お開きとなった。
私は足を動かしながら檎に電話をかける。
「久し振り、檎。どうせ暇してるでしょ?お駄賃出すから荷物持ちしてくれない?」
電話口から喜んで!と勇んだ声を受けて、私は檎を拾いに花街へ向かった。
「子供服?」
「閻魔殿の座敷童子ちゃん知ってる?」
「ああ、鬼灯様とたまに歩いてるあの子達か。しっとるよ。なまえちゃんが産んだにしては成長が早いからみんな不思議がっとったしな」
「産んでもないし隠し子でも妾の子でもないからね。色々あって今閻魔殿に住み着いてるの。その子たちのお洋服見繕いに行きたくて」
よく行くお気に入りの服屋に、子供服の展開があったはずだと見慣れた店舗のドアをくぐる。
いつも対応してくれるスタッフが深々と頭を下げて、私は手を振った。
「これ、よろしく」
檎の手に買い物バッグを握らせて、私は着物の袖を襷掛けにした。さあて、腕が鳴るわ。
「童ちゃんたち、おいで」
大きめのショッパー4つを運んでくれた檎に駄賃を渡して礼を伝え、閻魔殿から帰す。
天井から身軽に降りてきた二人は、私のそばにある袋を見てこんなにいいのかと中身を気にしながら言う。うん、まぁ説明しなくてもいいか。
「しばらくは新しいの買ってあげられないけど、今回はこれで何とか。さ、お着替えしましょ」
鬼灯に召集をお願いし、着替えた二人をみんなの前に連れ立つ。
「あら!かわいい」
「すげー、洋服なのにすごく似合う」
「なまえさんセンスあるぅ!」
1着目は少しショートな丈にあまりお腹も出ない丈間のジーンズ生地のワイドパンツ。行きつけのお店は現世のトレンドも取り入れてくれるのもあって、理想のものがすぐに手に入って助かった。
日本顔でぱっつんに揃えられた髪の毛がさらに日本人形感を出しているのがネック、なんて言うけど、現世にはむしろそれを生かした子達なんてごまんといる。
この子達の顔色、体格に合わせてあげればいいだけ。
「かっこいい」
「うん、かっこいい」
「なまえさんありがとう」
「ありがとう」
「まだ1着目よ。さ、2着目お披露目しよっか」
細かく編まれた麦わら帽子には控えめなリボン飾り、Tシャツ、合わせるはウエストベルト付きのオールインワンワンピース。靴下はフリルをつけて少し甘めに。
一子ちゃんとは紺のTシャツに白ベースワンピ、ニ子ちゃんはその逆で双子コーデらしく。
童ちゃんたちはずっと興奮しており、どれほど着せられていた洋服にがっかりしたのかがよく伝わって、気に入ってもらえているのならよかったと安心する。
さて3着目にいくぞ!と二人の背中を押して着替えに向かおうとすると、鬼灯がちょっと待ちなさいとほのぼのした空気を切った。
「なに?」
「貴方、何着買ったんですか」
「た、楽しくなっちゃって…でもこれが最後だから!さ、行こ行こ」
二の句を言われる前にと二人を押して逃げる。
二人が元々着ていたいつもの着物を着せ直すと、まだあるんじゃないのと視線が訴える。
「こっから本番。小物どの紙袋だっけ…あったあった」
私が別でまとめられた紙袋から小物を取り出すと、二人の目がキラキラと輝いたように見えた。
大きな光の入らない黒目なはずなのに、感情がよく見える。
私には似合わないけど、この子達がつけたら絶対可愛いのにとずっと思っていたものたちを身に付けさせ、部屋を出た。
「うおおー!かわいい!」
「すげー!いつもと同じ服なのに!」
「お化粧はしてないわよね?なんだかしてるように見えるくらい雰囲気が変わったわ」
「化粧はさせてませんよ。これ絶対に着させたかったから見れて嬉しい。本当に可愛い二人とも」
お香さんの隣に立って、興奮する二人を見守る。
和洋折衷着物コーデ。頭に一子ちゃんは白、二子ちゃんは黒の小花チュールヘッドドレス。同じ質感の控えめなレースの手袋。ロリィタほどではないが、ちょっと甘めに可愛らしく。小さな顔が小物たちを引き立てて、元々の帯締めの大きなリボンも相待って最高だ。
興奮している姿が可愛さを増している。
お香さんときゃっきゃっと盛り上がっていると、左肩にずん、と重たい手が乗る。
見上げると、上から見下ろす鬼灯の目。
鬼灯の奥に怒りのオーラが見えるのは気のせいでしょう。
「総額おいくらですか」
「そんなことこの場で聞くの、野暮だよ」
「吐け」
「分かりません」
「レシートを出しなさい」
「捨てました」
ミシミシと肩に手が食い込んでくる。右肩にまで手が乗った。ちょっとまずい。
私たちの様子を見た茄子さんと唐瓜さんとお香さんが不思議な顔をしている。どなたか鬼灯の手を止めてくれる人はいませんか。
「い、痛くなってきたな。さっきまで肩こりに気持ちよかったのに。ちょ、ほんとに痛いから」
「貴方が値段を吐くまでこのままです」
手首を掴んでも持ち上がらない手に手の甲を叩いていると、一子ちゃんと二子ちゃんが駆け寄ってくる。
「鬼灯様、やめてあげて」
「怒るなら私たちにして」
その声を聞いて、ようやく手が緩んだ。離れはしてないけど。ありがとう二人とも。
「なまえさん、これ高いの?」
「イイモノなの?」
じい、と吸い込まれるような瞳で今度は二人に見つめられる。あれ、敵かな?
「え、っと。それが本当にわかんなくて。自分の服も、つい買っちゃったし…総額なら、分かるんだけど」
「じゃあ総額を言いなさい」
全員が私を見ている。物凄く言いづらい状況に私はそっと左手を一つ、右手を五つ胸の前に持っていく。
「単位は、万です…」
「51万!?高!?」
「あ、ごめん逆か」
相手から見て正しくなるように手を交差する。
「それでも十分たけー。これもしかしてブランド物?」
「カマーカマーの姉妹ブランドが子供服扱ってて、カマーカマーの店舗の中に並んでるのよ。視界に入るんだから我慢できるわけない」
だからあんなに袋抱えて帰ってきたのか、と鬼灯のハシビロコウみたいな目が私を捉えている。見ないふりしよう。
鬼灯の苛立ちを感じ取ったのか、いい物みれてよかったとそそくさと茄子さんと唐瓜さんが消えていく。
「私もお邪魔そうだし、お暇するわ。また明日ね」とお香さんも優雅に立ち去った。
私と鬼灯、着飾った二人がその場に取り残され、ため息をついた鬼灯が、財布を取り出してお札を数え始める。私はその手を止めさせた。
「これ、私から二人へのお礼のつもりなの」
「お礼?」
「この子達来てから、鬼灯楽しそうなんだもの」
私たちを見つめている二人と視線を合わせるために屈む。
「いつも鬼灯と遊んでくれてありがとう」
「遊んでもらってるのは私たちの方」
「ここに来てからずっと楽しい」
「今度はなまえさんとも遊びたい」
「このお洋服着て一緒に出かけたい」
わっ、と胸元に飛び込んできた二人を驚いて抱き止める。なにこれ、めちゃくちゃ幸せ。かわいい。
「それ最高。私も似たような着物コーデがあるの。顔つき的にお揃いは難しいんだけど、雰囲気合わせてお出かけしよう」
わーい、と抑揚のない声が閻魔殿に響く。
その声色は抑揚がなくても、嬉しそうなのが伝わる。
鬼灯が二人を気に入る理由が、ここにある気がした。