花街で働く男女が動揺に騒ぐ中、所変わって閻魔殿では大王の前に新聞の一面を飾る女と鬼灯が並んでいる。
そしてその様子を、遠巻きに野次馬が囲っている。
「というわけで、本日からなまえさんに衆合地獄で働いていただくこととなりましたので」
「お初にお目にかかります閻魔大王。昨日まで花街で働いておりましたなまえと申します。どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女と、普段通りの自分の部下。
閻魔大王は目の前で起こっている出来事に、顔を真っ青にして鬼灯の名を呼んだ。
「花街に行かないワシでも知ってる有名人なのに、どういう風の吹き回し?」
「彼女私がここに入る前からの昔馴染みというか、まぁ幼馴染と言いますか。昨日偶然お会いして、そのまま引き抜きました」
「いやいや引き抜きましたじゃないよ!よく辞めてここに来れたねぇ!?」
「ちゃんと妲己さんにもご納得いただきましたので」
「そういう問題かなあ!?まぁ本人が問題ないならこっちは構わないけどさあ。深刻な人手不足だし…。何はともあれ、よろしくね」
昨夜会った時と違い、頸をむき出しにしていたアップスタイルはストレートに下ろされ、綺麗に切り揃えられた艶やかな黒髪が、彼女が微かに動くと揺れる。
華美だったメイクは綺麗に引き算され、鮮やかな紅もトーンが落ち、随分と大人しい印象に変わった。
それでも、その見た目は通りすがる人たちがつい視線を向けてしまうほど、彼女を際立たせていた。
しかし鬼灯からすれば、見慣れた姿ではある。強いて言えば彼女も自分も、顔つきが大人になったくらいだ。あと化粧の仕方が上手くなっただろうか。
遅れてやってきたお香は慌てたように駆けつけ、閻魔と同じようにどういう風の吹き回しだとなまえに尋ねている。
お香は衆合の官吏だ。なまえの事はよく知っている。
今朝方仕事の管轄である衆合地獄へ行けば、向かう先々全てこの話題で持ちきりだった事もあり、閻魔庁への呼び出しですぐに要件は分かっていた。
ただ、花街を去った理由まではどこにいっても情報が手に入らず、本人に聞くしかないと駆け寄ってきた様子。
彼女の身にとてつもない事が起こったのではないかと心配そうなお香をよそに、元々辞めたいと思っていたこと、人気が右肩上がりとなり気付けば辞めづらく困っていたこと、限界が来て全てを投げたら鬼灯が現れた。と話す彼女の顔は、酒を煽っていた時と違いスッキリとしていた。
「私相手は教えにくいだろうけれど、今日からはお香さんが上司なのだから、ビシバシ鍛えてくださいまし」
「こ、これほど心強い人はいないけれど…とりあえず、衆合地獄へ向かいましょうか。鬼灯様、連れて行って問題ありませんか?」
「どうぞ。私もキリがついたら様子を伺いにいきます」
「鬼灯は忙しいでしょ?別に私だって昨日まで無職だったわけじゃないのだから、大丈夫よ。お香さんもいらっしゃるし」
昨日鬼灯へ助けを求めたのは、酒の力もあったのだろう。
仮にも今日から上司であるお香の腕を組んだなまえに問題ないと突き放され、鬼灯も去るもの後を追わずの精神で見送る。
閻魔はその様子を物珍しそうに見ていた。
「あ。もしかして、昔君たちと会った時にいた女の子だったりする?」
「そうですよ。ようやく思い出しましたか」
鬼灯がまだ丁と名乗り、地獄がまだ黄泉と呼ばれていた頃、すでに彼女は男三人のグループに混ざって遊んでいた。
元々鬼灯となまえは木霊に導かれ黄泉の国へ来たタイミングがほぼ同時だったのもあり、丁となまえ、烏頭と蓬のペアが合流したという方が正しい。
そこから長らく交流があり、就職で道が違えた。
地獄の法整備が始まる前の話であり、閻魔も一度会っているのを思い出せたようだ。
野次馬たちに早く仕事に戻るよう声を掛けると、目当ての人物も消えたため蜘蛛の子が散るように人だかりが消えていく。
それでも、獣三匹と小鬼二人が群衆から飛び出すと、鬼灯の元へやってきた。
「鬼灯様!あの綺麗な女の人誰?」
「シロ知っててあの中にいたんじゃないのか?あの人は衆合地獄の超有名人だぞ。接待受けるのに十何年予約待ちとかなんとか、そんなレベルの」
「え!そんな凄い人が、どうして大王の前に?まさか予約してたとか?」
「茄子くんそんなわけないでしょ」
「彼女は今日から衆合の獄卒です」
人だかりの後方にいた面々は、遠くてよく聞き取れていなかった内容がこの事であると知り、驚きの声が響き渡る。
閻魔はそれに対し、そうなるよねぇと山積みの書類に手を伸ばしながら呟いた。
鬼灯を取り残して盛り上がる連中に、持ち場に戻るよう声をかけても雑談は止まらない。
舌打ちを鳴らし、大きな金棒を地面に突き立てれば、ようやく慌てたように散り散りになる。
暫くは花街どころか獄卒の間でも、彼女の話題で持ちきりになるのは想像に容易く、鬼灯は早いうちに根回しをしなければと頭を回転させ、自分の職務へ向かった。