tempo giusto



    『ごめんなさい、今日から暫く居残り練習はしません。』


    そう送ったメッセージは


    『わかった。』


    こう返されて、私達の年末は終わってしまった。





    新年明けて、私の心は浮かばれなかった。


    新たに夏のコンクールに向けて自由曲と課題曲が決まり、練習に励み始めた所だったが、私は未だソロコンの事を引きずっていた。


    涙に暮れた当日。


    そして次の週からの練習も身が入らず、影山くんと会わなくなり、


    年が明けて部活が再開しても尚、何も変わっていなかった。


    今にも泣きそうな気持ちがずっと続いていて、生気を失っている自覚がある。周りの人達にも心配されて、申し訳なくなる。


    影山くんにも練習しない、としか言ってないなぁ。全然会ってないなぁ………会いたいなぁ。と思うが、こんな顔で会っても心配させるだけだ、と体は動かなかった。


    しかし、


    「え、ちょ、あの人、影山くんだよね?」


    「めっちゃモテるって言う!?え、まじ!?うわ、かっこいい……」


    「顔ちっさ……!?え?誰か探してんの?…ちょっと聞いてきなよ」


    「む、無理!!あんなイケメンと話せない!!」


    「………………。」


    部室の奥から、入口に現れた影山くんを眺める。


    な、なななな、なんでここに…!?


    学校の人気者が突如現れた事によって、吹奏楽部は混沌と化していた。


    「あ、あの。」


    「は、はい!?」


    ついに話しかけた影山くん。話しかけられたのは部長で、見たことないぐらい動揺してる。


    「苗字っていますか。」


    「苗字さん!?ちょ、ちょっと待ってね……」


    動揺した部長はそのままこちらに。………こちらに?


    「苗字さん!!か、影山くん、呼んでる!!」


    「え。」


    一気に視線を集める私。どういう関係だとか、色んな声が聞こえる。


    「ちょ、おい!?」


    急いで影山くんの元へ向かい、そのまま腕を掴んで廊下へと逃げ出した。


    「ど、……ど、どうしたの、影山くん」


    「どうしたのはこっちの台詞だ!なんで走ったんだよ!?」


    「あ、あんなとこにいたら目立っちゃうよ…!?」


    「そうか?んな事ねぇだろ」


    この人だめだ、自分の認知度をわかってない。


    「そ、それは置いておいて。……何か用があった…?」


    ソロコン前に会ったっきり、久しぶりに見た影山くんは変わらずかっこよくて、眩しく見えてしまう。


    「いや………最近会えてなかったから。」


    「…へ?」


    「大会前から会えてなかったから。……その、元気かなって。」


    きゅうう、と忘れかけてた胸のトキメキを思い出す。


    「げ、元気だよ。…影山くんも元気だった?」


    「おう。…大会、どうだったんだよ。」


    その言葉に、息が詰まる。


    「……まぁ、そこそこだったよ。私にしては頑張った!って感じ!」


    「…………そうか。…もう居残って練習はしねぇのか?」


    「うん、コンテスト終わったから。……影山くんはもうすぐ全国大会だよね?」


    「……ん。」


    「頑張ってね!応援してる!」


    口角を無理やりにでも引き上げて笑う。


    「………なぁ、苗字。」


    「うん?」


    「全国大会から帰ってきたら、聞きたいことがある。」


    「…え?」


    「約束して欲しい、必ず答えるって。」


    「……そ、そんなの内容次第じゃ…」


    「頼む。」


    真剣な顔して言う影山くん。今日も何を考えてるのかわからない。


    「………わ、わかった。」


    「……ありがとな、全国頑張ってくる。」


    そう言うと頭をぽんぽんと撫で付け、踵を返していった。


    聞きたいこと、なんだろう。


    私はわざわざ全国大会の後まで聞かれない内容のことで頭がいっぱいだった。





    バレー部の全国大会での結果は、宮城に帰って来る前に影山くんから速報で知らされた。


    甘くない世界。その中でも勇敢に戦ってきて善戦をしたバレー部は本当に凄い。


    その中でもレギュラーとして戦い続けた影山くんの凄さと言ったら。改めて物凄い人なんだなぁと実感した。


    「……久しぶり。」


    「お、お久しぶりです。……お疲れ様。」


    「おう。」


    そして全国大会が終わって、学校が始まり、私達は慣れ親しんだ校門で待ち合わせた。


    ソロコンが終わってから私は1度も居残って練習していない。なので、今日は影山くんが練習を切り上げて、私に合わせてくれた。申し訳ない。


    「約束、覚えてるか。」


    「聞きたいこと……だよね?」


    ソロコン前のように、公園のベンチに2人並んで座る。


    「あぁ。……その前に、俺の話聞いてくれるか?」


    なんでも聞いてくれるんだろ?と続けた影山くんに深く頷く。なんでも聞きますよ。


    「……もっと、あのチームで上に行きたかったんだ。俺。」


    悔しそうな表情を浮かべる影山くん。


    「でも、行けなかった。届かなかった。」


    「負けた事実と、3年生がいなくなったチームだけ残って。……この気持ちが晴れない。」


    どうしたら良いんだろうな。と浅く微笑む影山くん。


    「………大好きだったんだね、今のチームが。」


    「……おう、信頼してた。すっげぇ。」


    「じゃあまた、新しく作ったらどうかな?」


    「…?」


    「今度1年生が入ってきて、またすっげぇ信頼出来るチームを。」


    「……そうだな、そうする。」


    今度はにぃっといつもみたいに笑った影山くん。その表情を見て安心した。


    「じゃあ次はお前の番。」


    「は、はい。」


    聞きたいことって、なんだろう。


    「……大会で、何があった?」


    その言葉は、私に恐怖を与えた。


    「………何がって?」


    「ただ単に良い成績じゃなかった。そんな顔して無かった。」


    「そうかな?自分では納得の成績だったけどなぁ。」


    納得してる、結果には。


    「じゃあなんで、苦しそうに言うんだよ。」


    「苦しくないよ、もうだいぶ前の話だし。」


    「嘘つけ。」


    「嘘ついてないよ。」


    「嘘だ。…………だってお前、全然どもってねぇ。」


    それは、私の真意をついていて。


    隠さなければと言う観念から、いつも以上に滑らかに出た言葉たちは仇となった。


    「………嘘、つきました。」


    ごめんなさい、と頭を下げる。


    それを見て、やっぱりな。と呟く影山くん。


    「でも、半分本当で半分嘘、です。」


    「……本当の部分は?」


    「成績に、納得してる所。」


    「…嘘は?」


    「……………苦しくない、って、……ところ……」


    そう話す今現在も、苦しい。胸が痛い。


    「……何があったんだよ。」


    泣きそうになるのを堪えながら話す。


    「………ピアノ伴奏の子が、欠場した。」


    「…欠場?」


    「熱出て、来れなかった。」


    伴奏とソロの2つで1つ。


    2つ揃って曲になる。


    それが片方しか無かった。


    だから、納得の成績だった。当たり前だ、足りないんだから。


    「熱なんて、仕方ない。………でも、だから、……私の演奏は……足りないまま、評価された。」


    堪え切れず涙が零れて、制服のスカートにシミを作る。


    「練習、たくさんして、……評価される日を楽しみにしてた……………でも、熱出した本人に怒れる訳ない……だれも、わるくない…。」


    両手で顔を覆う、嗚咽が漏れる。


    ぐずぐずと泣く私を黙って影山くんは引き寄せ、抱きしめた。


    「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


    「…何がだ。」


    「…こんな、話、きかせて……」


    「聞かせろって言ったのは俺だ。」


    「……影山くんだって、辛かったのに、私だけ慰めてもらって…」


    「俺はもう大丈夫だ。お前の言葉に救われた。……辛い時は泣け。恥ずかしい事なんかじゃねぇ。」


    「………ありが、とう……」


    「……こんな時まで笑うな。」


    顔を上げてなんとか笑顔を作るが、否定される。顔に添えられた片手から影山くんの熱が伝わる。


    「……笑えなくたっていい、堪えなくていい。どんな苗字でも、傍にいるから。」


    その言葉は魔法のようで。


    私の心に染み渡り、暖めた。


    ほぐれるように私の無理やりしまいこんだ気持ちは溢れて、涙となり零れ続ける。


    悔しかった。全部無駄になったような気がして。時間も努力も全て。


    誰かに当たり散らしたかった。誰かのせいにしたかった。誰のせいでも無いのに。


    そんな真っ黒な、マイナスな気持ちが溢れて溢れて、影山くんに包まれる。


    優しい影山くん。この優しさにずっと包まれていたくなる。


    お願い、誰の物にもならないで。


    そんな言葉は音にもならず、嗚咽ばかりを発していた。





    「……ごめんね。」


    「もう謝んな。……その、俺が泣かせたようなもんだし。」


    「ち、違うよ!!」


    「……でも、元気になったな。」


    そう言ってまだ赤い私の目元に親指を添えて、拭いきれていなかった涙を拭く影山くん。


    「う、あ、ありがとう………」


    「帰ったらちゃんと冷やせよ。」


    「は、はい。」


    「あと、」


    「…?」


    「もう泣くの我慢すんなよ。……1人じゃ泣けねぇなら、傍にいてやるから。」


    ふい、とそっぽ向いてそんな事を言ってくれる影山くん。


    私が泣きたい事に気づいて、わざわざこうして会ってくれて、泣かせてくれたって事、ですか?


    「……………影山くん、いい人過ぎるよ。」


    「は?」


    「……影山くんは私にとってのマイナス13.7セントだね。」


    「何だそれ。」


    「純正律、って言う音楽用語があってね。綺麗な和音を作るには、……なんと言うか、正しいものだけじゃ作れないの。」


    「……??」


    「正しいの2つに、少しだけズレを1つ加えるの。」


    「……ズレてんのが、正しい?」


    「そう、ズレてる事で全てが正しい音程の和音より綺麗な和音が作れる。」


    全てを笑って済ませようとする私の、マイナスな部分を引き出す影山くんは、きっとこの部分。


    「マイナス13.7って、凄く偉大なの。私にとっての影山くんはきっとこれだ、凄く偉大。」


    「……よくわかんねぇけど、褒められてんだな?」


    「うん、凄く!」


    「なら良い。……それと、」


    「?」


    「あー……その……また、……一緒に帰る日々が…欲しい、デス。」


    ぽかん、と口を開けて固まる私。


    暫くすると影山くんの方から何とか言えよ!と怒られてしまい、はいい!!と返事をする。


    「ま、また、居残り練習始めます!!」


    「お、おう!!」


    こうして私達はソロコン前の日常を取り戻した。


    (正しい速さで)



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