smorzando



    「ぜ、全日本ユース!?!?」


    「おう。」


    「……って何?」


    「………今の声はなんだったんだよ?」


    「うっ…」


    全日本、と言う言葉に衝撃を受けてしまったが、実際何かわからない。ユース?って何?


    「19歳以下の日本代表候補の合宿。」


    「に、日本!?影山くん日本代表!?」


    「……いつかな。」


    騒ぐ私を頭ぽんぽん1つで黙らせる影山くんは、今日もかっこよ過ぎる。そして私はちょろ過ぎる。


    「だからその1週間は明るい内に帰れよ。」


    「……はい。」


    「わかったな?」


    「いたたた!?は、はいい!!」


    「よし。」


    大きな手で頭を掴まれると、言うことを聞くしか無くなる。


    ちょっと横暴だと感じる時もあり、日向くんの気持ちもわからないでもない。




    「………よし。」


    今日はピアノ伴奏とも合わせていつもよりずっとずっと上手くいった。


    この感覚を忘れないように、練習しないと。


    タイミングよく、今日から影山くんも合宿から帰ってきたので居残り練習出来るのである。嬉しい。


    チューナーの電源を入れて、リードを差し込み直す。


    最近急に寒くなってきたので、ピッチが低くなりやすい。早く楽器をあっためないと。


    ふーふーと楽器に息を通して暖めて、私は1週間ぶりの居残り練習に臨んだ。





    「苗字!」


    「影山くん。お疲れ様!」


    私に気づいて駆けてくる影山くん。1週間ぶりでもかっこ良さは健在で、少しだけ恥ずかしくなってしまう。


    「悪い、待たせたか?」


    「大丈夫だよ、……また呼び出されたの?」


    「……おう。」


    「凄いなぁ、モテモテだね、影山くん。」


    「…別に、そんなんじゃねぇよ。」


    一緒に校門を出て、私の家に向かう。


    すると、いつかのようにするりと影山くんの手が私の手を撫でた。


    「!?」


    そしてそのまま繋がれる手。な、なんで……。


    「……嫌か?」


    以前手を繋がれた時と同じように、心配そうにこちらを見る影山くん。


    そんなの、


    「い、嫌な……わ、わ、訳、ない、デス。」


    「……ふはっ、そうか。」


    どもり過ぎてる私に笑った影山くん。あんなに女の子にモテモテなのに、私なんかに手を繋いで嫌がられる事を恐れるなんて。


    ……と言うかそもそもなんで手を繋いでるんだ私達は。


    「……あの、影山くん?」


    「ん?」


    手を繋ぎ、足を前に進めながら聞く。


    「その………な、なんで、手を…。」


    「…………………繋ぎてぇから。」


    繋ぎてぇから。


    …………?


    「そ、そうですか……」


    「おう。」


    頭の中に宇宙が広がる私と、少しだけ顔を赤くした影山くん。


    一瞬浮かんだ答えは、私が影山くんに対して持っている感情そのもので。有り得ない、と切り捨てた。


    じゃあなんで?と繰り返す脳内。


    影山くんは、何を思っているの?





    「影山くん!!」


    「!?お、おう。」


    影山くんが合宿から戻ってきてから1週間。学校は冬休みに入ろうとしていた。


    「冬休みも、送ってくれますか!?」


    そして私は切羽詰まっていた。


    「……………も、勿論、だ。」


    「ありがとうございます!!」


    目をまん丸にして驚いてる影山くんを他所に、私はガッツポーズ。


    ソロコンテストが近づいてると言うのに、まだまだ練習したい所まみれで、冬休みも夜まで練習したかったのだ。だから影山くんにお願いした。


    そもそも1人で帰れば良いのでは、と言う考えは、影山くんによって訓練された私の脳内には浮かばなかった。


    そしてちゃっかり私は冬休みも毎日影山くんに会える権利を獲得したのである。実はこれを狙ってた。


    「大会、近いんだっけか。」


    「うん、あとちょっと。冬休み入ったらすぐだよ。」


    「そうか。頑張れよ。」


    「ありがとう!」


    いつものように帰る帰り道。あれから影山くんは毎日のように手を滑らせて来て、握る。


    最初こそ困惑ばかりしていたが、考えても影山くんの脳内が見えるようになる訳でも無し、私は考える事を放棄した。私だって嬉しいし、いいよね。


    「見に行ってもいいか?」


    「え!?……だ、駄目。」


    「なんでだよ。」


    「影山くん部活あるでしょ?」


    「あるけど、ちょっとくらい抜けれる。」


    「だ、駄目だよ!!全国大会これからなんだから!!」


    私なんかの事より、影山くんの全国大会の方がよっっぽど大事だ。


    「……でも」


    「い、いつかまた聴かせるから!何回も聴いたことあるだろうけど、仕上げた演奏をちゃんと聴かせるから!!」


    許してくれ!と言わんばかりに言う私に影山くんは折れてくれた。


    「……わかった、絶対だぞ、約束な。」


    「は、はい!!」


    コンテストの為にと、影山くんの為に。練習する理由が増えてしまったな。


    「楽しみにしてるからな。」


    「うっ……期待に添えられるか……」


    「んな弱気になんなよ、毎日あんだけ練習してるんだ、ちゃんと自信持て。」


    いつも通りキリッとしてかっこいい影山くんに言われると自信も少しだけ湧いてくる気がする。


    「……うん、ありがとう。」


    私は彼に笑って、


    約1週間後、ソロコンテストに臨んだ。




    そして私は本番、演奏後。私の視界は涙で歪んでいた。


    (だんだん遅く、消えるように)



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