fuoco



    「………お、惜しかったね、…え、えっと……その、……ドンマイ!」


    「……………。」


    うわあああ!!?これ以上私に何を言えと!?チーン、と白目を剥いて落ち込む影山くんと項垂れた日向くん。


    赤点を取ってしまったと、仁花やメガネのっぽさん達の元に報告した足で私の元まで来てくれたが、この状態の2人を励ますスキルなんて持ってない、泣きそう。


    「………すまん。」


    「え?」


    「本当にごめん、苗字さん!!折角時間とって教えてくれたのに俺達…。」


    「そ、それは全然良いよ!!私の教え方が駄目だったのかもだし…。」


    「それは無い!!苗字さんの教え方わかり易かった!!」


    「え、ほんと?」


    「あぁ、教えて貰ったからこんだけ点数取れたし、他の教科は赤点じゃなかった。」


    そう言ってフォローしてくれる2人だが、結果として赤点回避出来なかったので私も悲しい。


    「週末、遠征だったんだよね?補習入っちゃったけど…。」


    「うん……でもぜってぇ行く」


    「え、」


    「とりあえず部活行くぞ」


    「おう!!」


    じゃあね!苗字さん!と言って2人は体育館へと駆けて行った。補習あるのに遠征も行くの…?


    ぽかん、と呆然としてしまったが頭を振り私も荷物を纏めて教室を出る。私も部活に行かなくては。





    「「「ありがとうございました!!」」」


    部活が終わり、教室棟へと向かう。あれから毎日続けている居残り練習。大会は7月後半夏休み入ってすぐだ。あと3週間程度、仕上げていかなければ。


    今日もチューニングから始めて、明かりが点いている体育館を見下ろす。


    結局2人は遠征行くのだろうか。でもどうやって…。首を傾げてから気づく、私が気にすることでもないと。


    そう言えば2人は勉強を教わりにうちのクラスまで来てくれていたが、来週からは来ないという事か。


    日課として彼らと、特に影山くんと会話していたので少し寂しく思う。とは言え彼の威圧感はテストまで特に変わらず緊張感を持って話していたので、それから解放されるのは少し安心する。


    さて、集中しよう。と楽譜を開き、自分の汚い字だらけの譜面を見て楽器を構えた。





    今日も聴こえる楽器の音。


    聴こえはじめてから毎日体育館の扉付近へ行くと聴こえる。


    今日もまた同じ曲ばかり聴こえる。同じところを何度も何度も。聴きすぎて覚えてきた。


    きっとひたむきに向き合っている人なのだろう。気持ちがわかる分、自分を重ねてしまう。


    自分が納得いくまで練習したい気持ち。こんなのでは駄目だ、と自分を否定する気持ち。


    そしてそれらの感情から俺は上達し、気づけば1人になっていた中学時代。


    しかし今は、ぎゃーぎゃーとうるさいこいつがいる。


    でも、あいつは。


    音が聴こえる方向を眺める。


    教室棟の2階か3階か。うっすらと人影が見える。顔なんて全く見えないし男か女かさえ分からない。


    あいつはきっと、1人なんだろう。いくつもの音が聴こえたことがない。


    1人で練習して、1人で向き合っている。


    「……頑張れよ。」


    「え?影山、なんか言った?」


    「なんも言ってねぇよ。」


    「そうか?ほら!!休憩終わり!!トス上げてくれ!」


    「おう。」


    聴こえるはずもないエールを送る。


    どこの誰なのか、男なのか女なのか、同級生なのか先輩なのか、何も分からない。わかるのはうちの学校の生徒という事だけ。


    そんな奴を応援するなんて頭おかしいのだろうか、でもきっとあいつは今、誰にも見えない所で誰にも認められない努力をしているんだろう。


    だからせめて俺だけは認めてやりたくなった、過去の自分と重ねてしまったからかもしれないけれど。





    「おはよう、仁花!」


    「あ、おはよう、名前…。」


    「どうしたの、元気ないじゃん。」


    「実は、昨日まで東京遠征だったんだけど…。」


    仁花は日向くんと影山くんが遠征後に衝突した事を話した。その速攻、と言う攻撃もよくわからないけれど、とにかく2人の意見が合わずに取っ組み合いの喧嘩をする程にまで喧嘩が発展してしまったという事だけはわかった。


    「そっか……仁花は大丈夫だった?巻き込まれてない?」


    「う、うん……先輩呼んで助けてもらった。」


    「それなら良かった。…でも心配だね。」


    「そうなの…日向、凄く落ち込んでて……初めて相棒って呼べる存在だって…。」


    そう言うと唇を噛み締めて涙ぐむ仁花。よしよし、と頭を撫でて励ます。


    でもそんな話を聞いて私は不覚にも衝突した2人のことが凄いと思ってしまった。


    私はそんな風に自分の意見を曲げずに真っ向勝負出来る勇気が無い。それにそんな風に本音過ぎる本音を言うことだって出来ない。


    仁花は親友だけど、だからと言って傷つけるような言葉まで言って自分の意見を通す気になんて、なれない。


    本当に相棒なんだなぁ、なんでも言い合える相棒。


    戦う舞台において、そんな相手がいるのは羨ましい。私もそんな人が部活にいたら…なんて想像して頭を振る。


    そんな人がいたとしても、自分が意見をまともに言えないんだ、いた所で仕方が無い。彼らのような勇気ある人達だからこそ起きたことなんだ。


    「今日からの部活、心配だね」


    「うん……あ、でも今日は部活休みなの。体育館が点検で。」


    「そうなんだ!お休み久しぶりじゃない?仁花大変だっただろうしゆっくり休みなよ。」


    「うん、…ごめんね心配かけて。」


    「気にしないの!私だって前散々心配かけたしお互い様。」


    「…へへ、ありがとう!」


    ようやく笑ってくれた仁花に私も笑顔を返す。仁花は可愛い、こんな風に愛らしく笑うとより可愛い。


    私もこんな可愛くなれたらなぁ、なんて邪な気持ちを抱えて自分の席へと戻った。





    日向くんと影山くんが来なかった1日を終えて、部活に向かう。


    ちょっとだけ寂しい。仁花は部活で2人と会えるから変わりないだろうし、きっと私だけ。


    まぁ今まで通りになっただけだ。そう考えて、今日も部活を終えて、居残り練習をしていた。


    今日は明かりが点いていない体育館を見て、いつも1人なのにいつもより寂しく思う。


    それは彼らと会えなくなってしまったからか、それとも居残り練習を一人でやっている寂しさからか、私にはわからなかった。





    翌日、今日は昨日と打って変わって電気の点いている体育館。基本的にバレー部は休みが無いらしく、毎日こうして点いているようだ。


    大会まであと2週間程度。私も気合を入れなくては、と楽譜を開き、「マカーム・ダンス」の譜面と向き合う。


    予選を突破は難しいかもしれない。突然全体のレベルが上がることなんて魔法でも使わないと無理なのだから。それでも、必ず先輩たちの最後にふさわしい音楽を今のメンバーで作りたい。


    その中でも私は大事な部分を任された。責務を全うしなければ。


    そんな気合いが入り過ぎたのか、気づけばいつもより1時間程度長く練習してしまっていて、慌てて片付ける。


    随分遅くなってしまった。急いで帰らないと、と荷物を引っ掴んで部室を飛び出す。


    お母さんにちょっと遅くなったけど今から帰る。とメッセージを飛ばし、走るとまだ残ってる先生に怒られるので早足で下駄箱を目指す。


    うぅ、一人で練習してると時間にも自分で気にしないといけないから危険だ。気をつけないと。


    校門が見えてきた。幸い私の家は近いのですぐ帰れる。日が長いとは言えこの時間ではもう真っ暗になってしまっていて、一人で帰るのは少しばかり怖いが、仕方無い。時計を見ていなかった自分が悪いのだ。


    「……苗字?」


    「……え?」


    急いで足を進めていると、聞き馴染みのある声が私の名を呼んだ。


    聞こえた方を見ると、真っ黒な髪に切れ長の瞳。もう会うことはないかも、なんて思っていた影山くんがそこにいた。


    「か、影山くん。」


    「ん。……なんでこんな時間に学校いんだ。」


    「あ、えっと、部活で。」


    「部活?こんな時間までやってんのか。」


    それは影山くんもじゃないか。という言葉は飲み込む。私達とは熱量が違うのだ、彼らからしたら当たり前の練習量だろう。


    「う、うん。部活自体は夕方に終わったけど、居残って練習してて。」


    「へぇ……大変だな。でも危ねぇぞこんな暗い中帰るの。」


    「大丈夫!私、家近いの。」


    「だとしても。家どっちだ。」


    「え?こ、こっち。」


    「帰るぞ。」


    「え、影山くんもこっちなの?」


    「違うけど、送る。」


    「えぇ!?大丈夫だよ!!影山くんも疲れてるでしょ。」


    「そんなヤワじゃねぇよ。ほら、行くぞ。」


    全く私の意見を聞いて貰えそうにない。…申し訳無いけど、送ってもらおう。ありがとう、と大きな背中に呟いて私も彼の横に並んだ。





    今日も聴こえる。


    「影山くん?どうしたの?」


    「……いや、なんでもねぇ。もうすぐ暗くなってくるから谷地さんもう帰ってもらって大丈夫だ。」


    「え?でも、まだ影山くん練習するでしょ?」


    「俺はもう少し残るけど、帰り道危ねぇから。」


    「…わかった、ありがとう。お疲れ様!」


    「お疲れ。」


    女子を暗くなるような時間まで引き止めてはいけないだろう、となけなしの常識で考える。


    しかし、ボール出ししてくれる人がいないとなるとトス練習が出来ない。先生は職員室だし、コーチは違う人の練習見てるし。


    仕方無い、サーブの練習するか。とボールのカゴを連れてくる。


    ふと、扉付近を通りがかった時に聴こえた音。今日も聴こえる。


    トスは中々上手くいかない。簡単じゃねぇ事なんて分かってたけど、歯痒い思いをしている。


    まだまだ練習が足りねぇんだ。と悔しくなる。頑張んねぇと。


    今日も同じ曲ばかり練習しているあいつ。あいつもまだまだ練習が足りねぇって思って練習してんだろう。


    ……一緒だな。


    勝手に聴き始めて、勝手に愛着を持ってしまった楽器のあいつに、少し励まされる。あいつも頑張ってるんだから、俺も頑張ろうって気にさせられる。


    「……………っし。」


    やるか。お前も頑張れよ、そう思って教室棟に見えるぼんやりとした人影にエールを送った。


    暫くして、外が真っ暗になりそろそろ帰ろうと片付ける。


    着替えを済ませて荷物を持ち、校門へ向かうと見覚えがある人影。


    なんでこんな時間に学校いるんだ。帰り道危ねぇだろ。


    聞けば居残り練習をしていたのだとか。したくなる気持ちも分かるし、実際俺もしてきたのだから否定はしないが、女子なんだから気をつけないと、と思い家まで送ることにした。


    「ちょっと、久しぶりな感じがするね」


    「そうか?」


    「うん、先週まで毎日来てたから。」


    「そうだったな。テスト終わったから行くこと無くなったし。」


    「そうだよね。」


    苗字は、話していて楽な人間だ。


    時々どもったり、慌てたりして何言ってんのかわかんねぇ時もあるけど、それ以外はにこにこしてる事が多くて、話しやすい。


    でもこんな風ににこにこへらへら笑ってる奴でも、居残ってまで何かに打ち込んだりすんだな。


    「なんで、居残って練習してたんだ?」


    「え!?えーっと……なんで……?……練習時間が足りないから、かなぁ?」


    そう言って今もまたへらぁ、と笑う苗字。


    元々真面目な人だとは思っていたが、意外と熱意のある人なのだと新しい面を知る。


    「そうか。」


    「影山くんは?」


    「……俺も、練習足りねぇから。」


    「そっかぁ、お互い頑張らないとだね。」


    「おう。」


    お互い頑張る。日頃楽器のあいつに思ってる事だ。あいつはどんな人柄なんだろう。


    毎日毎日ストイックに同じ部分ばかり同じ曲ばかり練習して、帰っていくあいつ。


    たぶん、俺で言うバレーみたいに音楽以外はてんで駄目なんだろう。そうじゃないとなんかムカつく。


    勉強も出来なくて、たぶん運動も出来ない。そんで無愛想で、笑うのが苦手。


    絶対こんな感じだ。隣を歩く苗字を見て思う、苗字のように勉強出来てよく笑う奴とは正反対な感じ。


    「え、ど、どうしたの。」


    「?何が。」


    「なんか、すっごい楽しそうに笑ってたけど…。」


    「…あぁ、すっげぇ楽しい。」


    「!?そ、そうなんだ…?」


    何にも知らないあいつのことを想像するのはなんだか楽しい。いつか、会ってみたいかもな。


    でもたぶん頑固で気難しそうだから、やっぱり会いたくねぇかも。


    「あ、じゃあ私の家ここだから。」


    「ん。もうこんな時間まで残んなよ。」


    「肝に銘じます。送ってくれてありがとう!おやすみなさい。」


    「おう、おやすみ。」


    家の中に入っていった苗字を眺めて、自分の家の方へ向かう。


    ……そう言えば、苗字って何部なんだ?


    (情熱、熱烈)



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