espressivo
「じゃあね!名前!!またオフの日とか、夏休み中も会えそうなら会お!」
「うん!部活頑張ってね、仁花!」
こうして親友とばいばいして、夏休みに突入した。
夏休みが入ってすぐ、今までの練習の成果を発揮するコンクールがやって来た。
「名前ちゃん、大丈夫?顔真っ青だけど…。」
「だだだ、だい、大丈夫です」
本番前、舞台袖で震える。練習は沢山したから自信はある。でも緊張しないとは言ってない!!
「絶対嘘じゃん!!緊張?」
「……はい、心臓弱くてすいません!!」
「心臓!?……でもちょっと安心した。」
「え?」
「名前ちゃんいつも淡々と練習してて、練習以外だと人間味溢れてるのに、楽器持ってると別人みたいに静かになるからさ、コンクールとかも緊張とは無縁なのかと思ってた。」
淡々と?別人みたいに?えっ……。
「そんな訳ないです!!今も吐きそうで、平常心なんかではいられなくて、人をじゃがいもだと思わないと暴れだしそうです。」
「あはははは!!」
「な、なんで笑うんですかあああ!!」
「それは、これから3年生になるまでに慣れなきゃだね。とりあえず今はどうしようもないから、ありのままの私達でやり切ろう。」
「……っ、はい!!」
前の学校の演奏が終わり、舞台袖から舞台へと移動する。
すぐに譜面を起き、高さの調節、椅子の向き等調整する。
眩しいほどに照らしてくる照明の暑さに、本番の高揚感と緊張感を思い出す。
少しだけ懐かしい感覚。この1回に全てをかけるんだ。
指揮棒が上がる。
◇
結果として、予選、金賞。しかしゴールド金賞ではない。ダメ金とも言う。
意味としては全体の中でも上位の成績。しかし予選突破は出来なかった。代表には選ばれなかった。
しかし私達の中では充分過ぎる結果だった。今まで良くて銀賞。銅賞の時だってあったらしいから。
私も金賞を取れたことに尽力出来て、居残り練習したかいがあったものだ。
これで3年生は引退。そして次の練習から新体制での練習が始まった。
◇
「ソロコン、ですか……。」
「あぁ、お前は個人でも重奏でもいけると思うが、個人の方がより力を発揮出来ると思ってな。どうだ?」
個人、と言うのはソロコンテスト。
重奏、と言うのはアンサンブルコンテスト。
ソロはその名の通り1人での演奏だ。大人数での夏のコンクールのような合奏の中でのソロではなく、ピアノ伴奏だけがついただけの1人だけでの演奏。
アンサンブルは少なければ2人での2重奏から多ければ8人の8重奏など人数もバラバラで、楽器の編成もバラバラなコンテストだ。
その分自由度が高く、また指揮者がいない分人数が多ければ多いほど合わせるのが難しい。しかし、人数が多い方が迫力のある演奏になるので、8重奏は意外と人気だったりする。
ソロもアンサンブルも合奏のように課題曲自由曲と2曲ある訳ではなく、1曲のみを演奏する。
本番は冬。12月後半から1月前半頃だ。
先生はソロを勧めてくれたけど、中学時代にやったアンサンブルが難しかったけれど非常に楽しかったのもあり、本当はアンサンブルがやりたい。
でも、私の実力を見て、ソロを勧めてくれている事実は素直に嬉しい。
少しだけ、先生の前で悩み、答えを出した。
「はい、ソロやってみます。」
「そうか!!候補曲いくつか選んであるから聞いて選んでくれ。」
そう言ってCDをいくつか持たされ、先生と別れた。他の部員も呼ばれていき、ソロやアンサンブルに出る組を作っていくのだろう。
アンサンブルは来年以降かな…と少し悲しくなりながらも、部室にあったコンポを持ち出し、空き教室で聴いてみる。
どれも有名な曲で、聴いていて楽しくなる。この中の1つを吹くことが出来るんだ!
1番かっこいいと思ったのは「ファンタジー」。しかしかっこよ過ぎて難し過ぎてとんでもない。
こんなの吹けるならきっと楽しいんだろうなぁ…と思いながらサックスの指導者もいないし、そもそもピアノ伴奏もとんでもない。ちょっと無理があるなぁと断念。
そして決めたのは「シャンソンとパスピエ」。とても有名な曲だ。
この曲も簡単ではないし、ピアノ伴奏もこれが弾ける人を探さないといけない。それでも「ファンタジー」よりはよっぽど現実的だ。
とりあえず「シャンソンとパスピエ」が吹きたいと先生にお願いしてみよう。伴奏者が見つからなかったら……ど、どうしよう……。
◇
無事ピアノの演奏に長けた部員が見つかり、練習を始めた。
夏休みに入ったので長い時間練習する事が出来るが、何分暑くて困ってしまう。エアコンの効いた部屋は順番で使っており、順番が回ってきてもアンサンブルの人達の方が人数多いし大変だろうから、譲ってしまう。
ピアノ伴奏の子もお互いまだ譜を読むので精一杯なので、暫くは1人での練習だ。
「うあああ……暑いぃ……」
夕方になり、多少暑さはマシになっても暑いのには変わりない。
居残り練習でよく使っていた教室の窓際でだれてしまう。今は合奏をほとんどしないので、大体一日中ここで練習している。
そう言えば最近、男子バレー部の使う体育館が電気消えっぱなしだ。
暫く休み?……それともまた遠征とかだろうか。
夏休み前に仁花から聞いた日向くんと影山くんの衝突の話を思い出す。彼らは仲直り出来たのかなぁ。
彼らが仲直りしてくれないと、仁花も元気が無さそうだったので一刻も早く仲直りしてくれると嬉しいなぁ。
まぁ会うことの無い私が彼らの現状を知る事なんて出来ないんだけど、と割り切り、残りの練習時間を無駄にしないよう譜面と睨めっこした。
◇
「……………あれ?影山くん?」
「…?……あ、苗字。」
あれからしばらく経った今日。お昼ご飯のタイミングで自販機へ向かったところ、影山くんと遭遇した。随分お久しぶりな気がする。
「久しぶりだな。部活か?」
「うん、ひ、久しぶり。そうだよ、影山くんも?」
「おう。……なぁ、前聞きそびれたんだけど、」
「え?何?」
「苗字って何部だ。」
「……え、言ってなかったっけ。吹奏楽部だよ。」
「……え。」
え?
質問に答えて、いつも飲んでいるいちごオレのボタンを押し、取り出すが、影山くんからの返事が無いことに気づき背の高い彼を見上げると、目をまん丸にして驚いていた。
◇
東京遠征から戻ってくると、楽器のあいつが練習している曲が変わった。
あいつ夏休みも丸1日練習してんのか、といつまでも聴こえる音にやるな。と感心する。
曲が変わったというのは、大会が終わったとかそういう事なのだろうか。……という事はあいつは1年か2年の可能性が高そうだ。引退してないし。
練習の合間合間に聴こえる音に今日も励まされる。
あいつもまたずっと同じ曲を練習してるっぽい。何かを極めているんだろう、集中しているんだろう。
俺も、負けねぇからな。そう思い、俺はコートに戻った。
そして昼休み。自販機へ行くと苗字と会った。最後に会ったのは夏休み前だから結構久しぶりだ。
話している中で、この間聞き忘れたことを思い出し、聞いてみた。すると驚くべき返事が。
吹奏楽部。という事は、楽器のあいつと知り合いかもしれない。
「なぁ、吹奏楽部で夏休み前居残って練習してる奴で、」
「え、え?」
「あの辺の教室、窓際で練習してる奴いなかったか。」
「……………………えっと、それは、」
◇
「私、です、かね。」
影山くんが一生懸命説明してくれた奴、って言うのはたぶん私では無いかと思われる。
そもそも居残って練習してたの私だけだし……。
それにしてもなんでそんな事聞きたがるのだろう。も、もしかしてうるさかった!?練習の邪魔だから黙っとけ、って事だろうか!?
「……そう、なのか。苗字か。」
「あ、え、えっと……すいません」
「は?何が。」
「う、えと、うるさかったのかなぁと……。」
「ち、違ぇよ!…………い、いつも体育館から聴こえてて、ずっと同じやつばっかり練習してて、その………いつも頑張ってんなぁって思ってた。」
「……え。」
「それで、あいつが頑張ってるから、俺も負けねぇって俺も頑張らねぇとって、勝手に愛着湧いて元気もらって…マシタ。」
すまん。と頭を下げてくる影山くん。
そ、そんな風に思ってくれていたなんて……。
ミーンミンミンミンと鳴くセミの声が大きく感じる。
何と言ったら良いのかわからなくて、でも凄くすっごく嬉しくて、泣きそうになってしまい、上を向いた。
「え、ど、どうした。」
「あ、ありがとうございます!!」
「え、」
「そんな風に言って貰えて、嬉しいです!!」
「……じゃあなんで泣きそうなんだよ。」
なんで。私にもわからないけど、たぶん、
「……頑張りを、認めて貰えた気がして、……認めて貰えなくても別に良いって、自分が納得する音楽が出来ればそれで良いって思ってたけど、…誰かに認めて貰えるってやっぱり嬉しいなぁって……!」
「……おう。」
「だから、ありがとうございます、私の音を聴き続けてくれて、嬉しい…っ!」
あ、駄目だ。と思った時にはぽろりと一粒涙が零れてしまった。
うぐぅ!と唇を強く噛み締め、これ以上は!!困らせる!!と涙を堪える。日頃唇の裏側を噛んでいるので、唇は穴だらけにでもなりそうだ。
「……あー……その、………泣いたら、いいと思い、…思うぞ」
「……………ぅえ?」
「無理して止めねぇでいいと思う。……俺以外誰もいねぇし。」
その言葉を聞いて、瞬きをして、気づけばぼろぼろと涙が零れていた。
それを見てギョッ!っとしている影山くん。泣けばいいって言ったの影山くんじゃん。
「あ、えと…………ど、どうしたらいい、俺は。」
「………ど、どうしたらって…っ……」
「ど、どうしたら、励ませるんだお前のこと。」
知らないよ、そんなの。と言いたくなるが、零れ続ける涙に自分でも困惑していて、それどころじゃない。なんでこんなに止まらないの。
練習は嫌いじゃない、サックスは大好きだ。居残り練習だって嫌いじゃない、部員の皆だって親切な人ばかり。
泣く程苦しいことなんて無かったはず、なのに、なんで、影山くんがずっと聴いていてくれたと言う事実だけでこんなに涙が止まらないんだろう。
「……嫌だったら言え」
「……え?」
自分でも自分がわからない、と嘆いていると影山くんに腕を引かれる。
そしてそのまま影山くんの胸にダイブ。
背中に影山くんの腕が回るのを感じた。
こ、これは……………。
「う、え、え、!?…あ、ちょ、か、かげっ」
「おおおおお、落ち着け」
「影山くんもね!?」
抱き締められてる事にビックリしすぎて涙も引っ込んだ。な、なんなんだ、急になんなんだ影山くん!?焦って声をかければ向こうも焦ってる、なんで。
「な、なんかこうしたら良い、気がしたんだよ!!」
「な、な、何故!?」
「知らねぇ!!泣き止んだな?泣き止んだな!?」
「は、はいい!!」
返事をした瞬間にばっ!と距離を取られる。なんだったんだ、今の。心臓ばっくばく。影山くん部活の合間で汗かいてるはずなのに、めっちゃ良い匂いしたんだけど。
良い匂いとか!!何匂いなんて嗅いでんだ!!自分にドン引きである。
いや待てよ、むしろ私の方が汗臭かった可能性……充分に有り得る………!?
「ご、ごめんなさい!!汗臭かったよね!?」
「…は、い、いや、全然、なんかいい匂いした。」
「わわわわわ、忘れろ!!今の忘れろおお!!!」
「は、はいい!!!」
うわあああもうなんなんだよこれええ!!
真っ赤になってじゃあな!!と走っていく影山くんを見送り、その場にうずくまる。
か、影山くんなんか良い匂いしたし、体ガッチリしてたし、くっついたらより背が高いの感じたし……って変態かよ!!
で、でも仕方無いじゃないか、あんなに男の子と近づいたのなんていつぶりだよ、と言いたくなるほど遠い昔だ。なんて自分で自分に言い訳を展開する。
ばくばくばくばくうるさい心臓が静かになるまで、私はその場を動けなかった。
(表情豊かに)
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