amabile
「…………ひっどい顔だ。」
影山くんに恋してしまったと気づいてしまってから数日。
帰る時、まともに会話出来なくなってしまった。いや、そもそもそんな上手に話せてなかったけれども。
それに彼の一挙一動にどきどきしてしまって、距離感にびっくりしたり、すぐ顔が赤くなったりと挙動不審な女になっている、気がする。
そして極めつけは、気を抜くとすぐ影山くんの事を考えてしまって、寝ようとしてもずっと影山くんの笑った顔や、逞しい体。凛々しい声などを思い出してしまって、凄く寝れない。とても寝れない。
その結果、私の目の下にはクマが広がり続けている。
◇
「うわぁ!?名前、また顔色悪くなってない!?」
「やっぱり…?私もそう思う…。」
「眠れないんだっけ?何か心当たり無いの?カフェイン寝る前にとっちゃってるとか。」
「…………………………あるには、……あります。」
「え、そうなの?何何?」
「………………仁花ぁ…」
「えぇえ!?ど、どうしたぁあ!!?」
こんなつもりじゃなかったのに。影山くんはそもそも日向くんと一緒に勉強教わりに来ただけで、私じゃなくて仁花を頼るつもりで来て、たまたま私が教えただけで。
たまたま毎日会うことが出来て、ちょっと仲良くなれて、それで……それで、凄く優しくしてくれて、心配だってしてくれて。一緒に帰ってくれてるのだって、影山くんの優しさからだ。
な、なのに、その恩を、邪な気持ちでしか返せないなんて………!
「私は馬鹿野郎だよ………!!!」
「どういう事!?名前!?」
「どうしよう……どうしよう………不純な気持ちを抱えた私はどうしたら良いんだ……」
「ふ、不純!?な、何があったんだよおお??」
恋とはもっと甘酸っぱいものだと思ってた。
うきうきわくわくして、……………それはしたけども。
なんか、優しい人に惹かれるのは仕方ない事かもしれないけど、実際その立場になると相手はそんなつもりで優しくしてないのに、こちらばかりが想い募って、でもそれが親切だとわかってるから、
「………伝えられる訳ない…」
机に伏せると、じわぁ、と浮かぶ涙。それを見てあわあわ慌てる仁花。ほんとごめん。落ち着いたらちゃんと話すから……。
「あ、あれ?どうしたの?影山くん。」
影山くん!?
思わず、ばっ!と飛び起きる。すると目の前にいる私を悩ませる人。
「いや……お前最近顔色悪いから、ちょっと気になって……今日、部活休んだらどうだ。」
「だ、大丈夫だよ!元気!!部活も行けるよ!」
「えぇ?さっきまで死にそうな顔してたじゃんか名前……?」
「………。」
「え、あ、その、もう元気になったよ!!」
じとーっとジト目で見てくる影山くんに耐えられず、目を逸らして元気アピールをする。
「……まぁ休めって言って休むやつだとは思ってねぇけど。……あんま、無理すんなよ。」
ぽんぽん。
頭を軽く触って、教室を出ていった影山くん。
「え、ええええ!?何今の!?と言うかそれだけ言いに……?か、影山くんってそういう事するの……?名前、影山くんとどういう…ってえええ!?大丈夫!?」
「大丈夫って、何が…?」
「顔真っ赤!!熱あるのでは!?ってぐらい真っ赤!!」
それはそうでしょう、仁花は何を言っているんだ。
影山くんに頭ぽんぽんされたんだぞ、真っ赤にならずにいられる訳が無いじゃないか……!
「仁花……私の命日、今日なのかな……?」
「ちょ、ふ、不吉!!辞めなさい!!」
◇
「影山!!」
「?はい。」
「最近オーバーワーク気味だ。今日はもう帰れ。」
「え、」
そんなにだっただろうか、他の人だって居残って練習してるのに。
「他の奴らもオーバーワーク気味だからな。今日は全員早めに帰らせる。」
そういう事か。それなら納得も行く。
「わかりました、片付けます。」
「おう、ちゃんと休みなさいよ!」
「うす!!」
◇
体育館を出て、苗字の音を聴く。
いつもより1時間程体育館を出るには早い時間。……置いて帰る訳にもいかないし、教室棟の方へ行ってみようか。
「あれ?苗字さんは?」
「まだ練習してると思うんで、そっち行ってきます。」
「おうおう、仲良しな事だなぁ、今日もしっかり守ってあげろよー?」
にひひ、と笑ってからかってくる菅原さんにむっとしてしまう。
仲良し、そう見えているのだろうか。
でもこの距離感でもまだまだ満足出来ない俺は、苗字からしたらどう見えるのだろう。
教室棟を音を頼りに苗字の元へと向かう。
ここだな。中から体育館から聴くよりずっと大きなそして綺麗な音が聴こえる。
練習の邪魔にならないように静かに扉を開く。苗字は窓側を向いていて、気づいていないようだ。
声をかけようと1歩教室へと踏み入る。するとその時、扉から窓までかなり離れていると言うのに苗字が息を吸う音がハッキリと聴こえた。
そしてその後続いた音たちは途切れることなく繋がり、1度の呼吸でここまで……と驚かされた。肺まで鍛えているのだろうか、とても自分には出来そうにもないと感じる。
しかし綺麗な音たちは突如途絶える。苗字を見ると、楽器を下ろして深いため息をついていた。
表情は見えないが、何も言わずため息だけついて何か考えている様子の苗字は、俺が知っている優しく笑う苗字とはまるで別人のようで、少しだけ、ぞくぞくした。
俺からしたらすっげぇ綺麗な音に聴こえたが、苗字は違うのだろう。まだまだだと思っているのが伝わるようなため息。
と、未だ扉付近で立ち止まっていたことに気づき、足を進めて、また練習を始める前に声をかけた。
「苗字。」
「っ!?」
びく!!と体を震わせてこちらを振り返る苗字。こいつ、いつもビビってんな。小動物みてぇ。ぷるぷる震える子猫を想像してしまい、にやけそうになる。
「か、……影山、くん……なんでここに、」
「今日オーバーワーク対策で帰らされたからこっち来た。」
「え、あ、そ、そうなんだ……じゃあ私も練習切り上げるね」
「いやいい、気が済むまで練習してくれ。」
「え、でも」
「……こんな近くで苗字の音、聴いたことねぇ。聴かせてくれよ。」
◇
なんと言う殺し文句と言うかなんと言うか。
これ以上にやる気を出せる言葉なんてあるのだろうか?好きな人から言われるお前の音を聴かせてくれよ、なんて言葉以上のもの。
「……わ、わかった。」
「ん、俺のことは気にしないでいいからな。」
そう言って私のいくつか後ろの席に座る影山くん。
それを確認して私は再度楽器を構えた。か、影山くんがいて緊張してしまうが、練習練習。今は練習しなければ。時間は有限だ。
ふぅ、と緊張と影山くんに対するトキメキを吐き出す。切り替え。
後半部分、まだまだ出来てない。連符を綺麗に結ぶ深い呼吸を。
メトロノームを耳に挟み、機械的な拍子に合わせて息を深く吸った。
◇
そろそろ時間だ、片付けないと。
「ごめん、待たせちゃって……ありが……」
とう、と言おうとした所で固まる。
何故なら話しかけた相手、影山くんが机に伏せて眠っていたからだ。
あんなにブイブイ吹いてたのに、よく寝れるなぁ……と少し関心してしまう。
毎日毎日練習大変そうだもんなぁ、バレー部は練習キツそうだし。
それに毎日この時間まで居残り練習、そしてその後私を送り届けてから自分の家に帰る。
そりゃあお疲れだよなぁ、と影山くんの前の席に座る。
サラッサラの髪。つい好奇心で触ってみる。起きませんように、起きませんように。そう祈りながら。
な、なんと言うツヤサラ………!?女の子顔負けのサラサラ具合である。羨ましい。
髪の毛を堪能させてもらい、手を離す。すると目に入る影山くんの端正なお顔。
やっぱり、綺麗な顔してるよなぁ影山くん。
組んだ腕に顔を横向きに乗せて眠ってる影山くんは固く閉じられた瞳も、ぷに、と少し潰れてる頬っぺも全て晒してしまっている。
まつ毛長いなぁ……眉毛も細くて凛々しいし。頬っぺは柔らかそうだな……流石に触ったら起きるかな……?
そう思いながらも好奇心には勝てず、そろりそろりと指を近づけて、ぷに、と押してみる。
や、やわ、柔らかい……!なんか赤ちゃんみたいで可愛いな…。
座っていると日頃感じまくる身長の高さを感じないので、いつもより可愛く見える。
なんか、愛おしいなぁ。そう思ってまた形の良い頭に手を伸ばし、優しく撫でてみる。ここで起きたら地獄を見ると言うのに私の心は穏やかだった。
さて、そろそろ遊んでないで片付けないと。影山くんはどうしよう、起こそうか。いや、……気持ちよく寝てるし楽器庫に片付け終わるまでしてから起こしに来よう。
そう決めて私は出来るだけ静かに楽器と譜面台を持って部室の方向へと戻った。
◇
な………………………なんだよ今の……!?
寝てたのは認める。なんか眠くなっちまって。でもその後、苗字が練習を辞めてから少しして、意識が戻ってきた。
体を起こそうとしてると、苗字が近づいてくる音がして、何故か、思わず寝たフリをしてしまった。
そ、そうしたら、な、なんかめっちゃ触られて……!?
それに顔とかめっちゃ見られた気がする、わかんねぇけど視線が刺さるっつーか。
あと頭撫でてきたな……子供扱いされてる気がして少しムカついたけど、安心もした。
暫くそういった事を続けた苗字は荷物を纏めて教室を出ていった。楽器の片付けにでも行ったのだろう。俺はようやく体を起こして、そんで、
「っはぁぁぁ……。」
どうしたら熱が集まっている顔を、苗字が戻ってくるまでに冷やせるか悩ませた。
(愛らしく)
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