ritardando



    「そっかぁ、次は10月後半なんだねぇ」


    「おう。苗字は?」


    「私は早くても12月かなぁ。影山くんの方がだいぶ先だね。」


    影山くんに恋をして、しばらくが経った。


    意外と私は逞しく、影山くんとの会話を少しずつ楽しめるようになってきていた。


    「……でも全国行くから、12月も1月もまだ大会終わってねぇはずだ。」


    ぎらり。意志の強い眼差しで言う影山くん。さ、流石。私なんかとは違うなぁ…。


    「じゃあ一緒に頑張ろう!それぞれの戦場で!」


    「……おう。」




    「……け、決勝!?」


    いつものように居残って練習していたら、流れた校内放送。今日は割と学校に残ってる人が沢山いたのか、ざわざわとざわめく声が聞こえる。


    す、凄い。本当にここまで来てしまった。という事はあと1回、決勝に勝ったら全国大会に行くってこと……!?


    ざわざわという声が大きくなり、他の教室の人達は外に向かって話しかけていた。


    なんだろう、そう思って外を見るとバスから降りたバレー部の人達が。


    あ………。


    思わず身を乗り出して、影山くんを見つける。


    凄く遠いからあちらからは見えないかもしれないけど。


    凄いなぁ、凄いなぁ……私も見に行きたいなぁ決勝。


    そう思っていると、ばちっと影山くんと目が合ったような気がして、目が離せなくなる。


    ずっとこちらを見ている影山くん。ま、まさか本当に目が合ってるのだろうか。


    なんだか恥ずかしくなってしまって、私は教室の中へ引っ込んだ。





    「……あ。」


    影山くんと一緒に帰れないため、まだ明るい内に校門へ向かうと見慣れた人影。


    「ん、お疲れ。」


    「な、なんで…!?今日大会だから一緒に帰れないって…。」


    「ちゃんと俺がいない日は明るい内に帰ってるか確認。」


    「……そんなに信用無いですか。」


    「ねぇな。お前頑固だし。」


    「うっ……。」


    「でもちゃんと明るい内に出てきたな。偉いじゃねぇか。」


    伸びてきた手に撫でられる。嬉しさと恥ずかしさでおかしくなりそうだったが、子供扱いされているような気分にもなってしまう。


    「……明るい内に出てこなかったらどうするつもりだったの?」


    ふと浮かんだ素朴な疑問。


    「出てくるまで待ってた。」


    「えぇ!?」


    「そうしたらお前、俺がいる事にびっくりして、俺がいない日でも俺が待ってるかもって思って明るい内に帰るようになるだろ。」


    べ、勉強苦手な癖してこういう事には頭回るんですね……!?と大変失礼な事を考えてしまう。


    でも確かに影山くんの言う通り私は影山くんに罪悪感を感じて、暗い中1人で帰ることを避けるようになるだろう。よくわかっていらっしゃる。


    「ほら、帰んぞ。」


    「……うん。」


    いつものように2人並んで我が家へ向かう。


    「あ……そう言えばさっき、校内放送聞いたよ。決勝進出したんだね、凄い!!」


    「おう。お前、俺の方見てただろ。」


    「!?」


    ば、バレてる!?


    「すぐ分かった。じーって見られてるの。」


    にやぁ、と笑ってこちらを見る影山くん。この顔は私をからかう時によくする顔だ。


    「うっ……凄い!!影山くん凄い!!って思ったら、外にいるんだもん。探しちゃうよ……。」


    「ははは!!お前も大概単純だよな。」


    「…影山くんには言われたくない。」


    「んだと?」


    「ひぃ!ご、ごめん。」


    「そんなビビんなよ、いい加減慣れろ。」


    軽やかに笑う影山くん。いやいや、無理だろう。影山くんのデスボイスはまじで怖い。ドスが効いてて、一瞬で震え上がる。


    「明日、決勝なんだよね?」


    「おう。」


    「見に行ってもいい?」


    「………え。」


    応援の練習するって校内放送もあったけど、そちらにはやはり自分の練習を優先してしまって行けなかった。


    ただ単純にバレー部の応援をしに行きたい。試合を観たい。


    「だ、だめっすか……?」


    固まる影山くんにやっぱり嫌かな…と縮こまる。


    「だっ!……駄目じゃねぇ!!」


    「えっ」


    「………来てくれ。苗字に、……その、応援されてぇ。」


    ぶわあああ、と込み上げるナニカ。


    「…………うん!!」


    緩んだ顔そのまま笑って頷く。それを見た影山くんもまた、笑ってくれた。




    「仁花!!」


    「名前!!」


    「お?どなた?」


    「嶋田さん、この子は親友の名前です!」


    「ど、どうも!!」


    「おぉ!こんにちは!嶋田です!」


    「滝ノ上だ!」


    「よ、よろしくお願いします!」


    「んぉ?また女の子増えてる。こんにちは?」


    「は、初めまして!」


    「こんにちは!!親友の、名前です!」


    「おぉ!こんにちはぁ、田中龍之介の姉、冴子でっす。」


    「よ、よろしくお願いします!」


    田中さん……?バレー部の人だろうか。


    「一応制服で来たんだね、私服でも良かったと思うけど。」


    「うん、こうやって昨日応援の練習した人達は制服でって聞こえたから、無難に…。」


    「そのー、名前ちゃんはバレー部とも仲良いの?」


    「バレー部、と言うより……影山くん単体ですかね?あ、あと日向くんともそれなりに。」


    「え?もしかして影山の彼女?」


    「ちちちち、違いますよ!?」


    あぁああまた勘違いを生んでいる!!私と影山くんの事はなんと言えば良いのかわからない。そのまま言うとこのように誤解を生んでしまう。


    「私も思ってたんだけどさ、名前と影山くんってどういう関係?いつの間にか仲良くなってた気が……。」


    仁花には毎日影山くんと帰っていることは話してある。しかしその経緯については曖昧に話したままだった。


    とはいえ仲良くなった経緯、と言われると自分でもよく分からない。


    なんで影山くんはそもそもなんでここまでしてくれるんだろう、それは毎日送るって言ってくれた日にも聞いた。しかしのらりくらりと躱され……いや、堂々と、いいから!!って話の流れをぶった切られた気がする。


    「どういう関係って言われると困る……自分でもなんでここまで影山くんと仲良くと言うか、気にかけて貰えてるのか分からない……。」


    「……ほほう?」


    「えっ?」


    「ほうほうほう。」


    「えぇ?」


    「ほうほうほうほう。」


    にやにやとこちらを見る大人×3。え?


    「名前ちゃん、きっとそれは甘酸っぱいやつだ。」


    「はい?」


    嶋田さんが私の肩に手を置きながら言う。そして頷く滝ノ上さん。


    「いいねいいねぇ!そう言うの、アイツらに足りてないやつだよ!!」


    ケラケラ笑いながら言う冴子さん。足りてないやつ?


    「……仁花?」


    「………名前、応援してる!!」


    何を?


    思わず首を傾げる、意味がよくわからない。


    「お、噂をすれば。名前ちゃん、影山こっち見てるぞ。」


    「えっ?」


    そう言われてコートを見ると、ぎゃーぎゃー騒いでいるチームメイトさん達から少し離れて静かにこちらを見上げている影山くん。


    その真っ直ぐな瞳に、きゅ、と胸が音を立てる。


    出来る事ならここから彼に頑張って!!と大きな声でエールを送りたいが、そんな事をしたら生徒だって沢山いるこの場で悪目立ちしてしまう。で、できない。


    なので、しっかりとこっちを見てくれている影山くんに向けて、口を動かす。


    『が ん ば れ 』


    届いただろうか。口を閉じてからぐっ、と両手で拳を作り頑張れ、とジェスチャーもつけてみる。


    すると目を丸くして見ていた影山くんが、ふっ、と笑みを零した。


    な、……何その顔。か、かか、かっこよ過ぎるじゃないか……!?


    かあああ、と顔に熱が集まるのを感じる。きっと今私の顔は林檎にも勝るとも劣らない赤さだろう。


    「「「………………ほほう。」」」


    そしてそれを見ていた大人×3がにやついてるなんてことも知らずに。





    「……………………す、凄い」


    試合が終わり、烏野高校が勝利を収めて最初に出た言葉はこれだった。


    泣いて喜ぶ選手達。そしてざわめく相手高校の応援団と我が校の応援団。


    凄い、凄い、凄い!!!


    スポーツを見て感動なんてした事がなかった。なのに今、胸が熱い。激情に体が突き動かされそうだ。


    今、今凄くサックスが吹きたい。この気持ちを吐き出したい。


    きっと凄くファンキーな音になるだろう、それでもいい。それでもこの気持ちを音にしたい、そう感じた。


    「「「ありがとうございました!!!」」」


    観客席に向かって頭を下げる選手たちに拍手を送る。見に来てよかった本当に。こんな素晴らしい試合を見ることが出来るなんて。


    頭を上げた選手たちの中で、影山くんと再度目が合う。


    話したい、この気持ちを伝えたい。でも伝えられない、ぱくぱくと口を開け閉めしてしまう私を見て、彼は疲れた顔をしながらも、にぃっと笑った。


    それは試合中のかっこよ過ぎる姿を見せられた後だったからなのか、私の心臓にクリーンヒットし、私は完全にメロメロになってしまう。


    こんなのずるい。かっこよすぎる、好きになるしかないじゃないか。


    「っはあぁぁぁ…」


    沸き立つ観衆の中で、私は1人、与えられた恋情に悶えていた。





    バレー部の勇姿を見た次の月曜。私は浮き足立って学校に向かっていた。


    何故なら彼にやっと試合の感想を言えるのだから、そして彼といつも通り一緒に帰れるのだから。


    影山くんと一緒に帰れる仲で良かった、理由無く会える距離感で良かった。と誤解されるような距離感に今回ばかりは感謝した。


    しかし、その日から影山くん。と言うかバレー部の校内での認知度は爆上がり。


    端正な顔立ちをしている影山くんは一気に女子の人気者になってしまった。





    「っ悪い、苗字。待たせたか?」


    「あ……うん、大丈夫。……毎日大変そうだね。」


    「あー………まぁ。」


    あれから頻繁に影山くんは呼び出されるようになり、私と共に帰る部活終わりだって、わざわざ残ってまで告白してくる女子に引き止められ、遅れてくる事も増えた。


    そして練習と居残り、そして告白の対応などに疲れている影山くんに、試合の感想や今までしていた世間話を話す勇気なんて無くて、私達の会話は減った。


    「あ、あの、影山くん。」


    「…?」


    「その、疲れてるなら送ってくれなくても大丈夫だよ。」


    「…だからそれは、俺が心配になるから嫌だ。」


    「…でも、毎日凄く疲れてるだろうし、……申し訳ないよ。」


    私まで彼の疲れる要因になりたくなかった。


    「……俺に送られるのは、迷惑か?」


    「そ、そんなんじゃない!!でも、……バレー部の認知度が上がってから影山くん毎日大変そうで。……私まで影山くんの中で疲れる存在になりたくない…。」


    胸の前で両手をぎゅ、と握る。


    「……苗字は、疲れない。」


    「…え?」


    「お前は違うから。」


    「違う……?」


    「……今日ちょっと時間あるか?」


    そう聞かれ、首を縦に振ると影山くんは私の手を引き近くの公園に入った。


    ベンチに2人腰掛け、影山くんがぽつりぽつりと話し出す。


    「……今までこんなんじゃなかったのに、急に決勝終えてから女子に話しかけられる事増えて。」


    「…うん」


    他の男子からしたら贅沢な悩みだろう。


    「最初は、その……ちょっと浮かれたりもした。でも、告白とかされても、この人は俺の何を見て好きだって言ってるんだって思うんだ。」


    「……決勝見てかっこいいなって思って、とか?」


    「…おう、それが1番言われる。……バレーやってる姿かっこいいって言われるのはそりゃ嬉しい。でも、そうじゃない、普段の俺は何も見てないって事だ。」


    「……見せる機会なんてあんまり無いもんね」


    「ん。だから、そんな人に告白されても、なんも思わねぇんだ。……だから断ってるんだけど、……傷つけてるのは俺で、向こうは傷ついてて。それ見るのがしんどい。」


    そう言って眉間に皺を寄せる影山くんは、やっぱり優しい人だ。


    こういう所、好きなんだなぁ。きっと告白してくる彼女達がこの姿を見たらより惚れ込むだろう、好きになるだろう。私だってそうだ、彼の全てを見てる訳でもないのに好きになってしまっている。


    それだけ魅力に溢れているんだ、影山くんは。


    「……本当は、俺が呼び出されてる日は苗字に先に帰ってもらおうか悩んだ。」


    「え?」


    「毎回待たせんの悪いし、俺が告白されてるってわかってて待ってんだろ?……んなの気分悪ぃだろ。」


    「べ、別に大丈夫だよ。」


    むしろいつもそんな人気者と帰らせて頂けて光栄ですが。


    「でも、……無理だった。」


    「無理?」


    「……一日の最後に会うのはお前が良い。」


    そう言って目を細め、私を見る影山くん。


    息が止まるような感覚。そんな、そんな言い方。まるで私が特別みたいな、


    「お前じゃなきゃ駄目だ。」


    するり、頬に滑る影山くんの綺麗な指先。


    愛おしむような動きに、私は意味がわからなくて体が強ばる。


    「私じゃなきゃって……」


    「………苗字だったら良いのに。」


    何が、何が私なら良いの。


    「……帰るか、ごめん。遅くなっちまった。」


    「ぜ、ぜぜ、全然大丈夫!」


    「何どもってんだよ。」


    そう言って屈託の無い笑顔を見せる影山くん。その笑顔を見たのは凄く久々な気がして、


    「か、影山くん!!」


    「お、おう?」


    突如大声を出した私に驚く彼。


    「また、話して!!」


    「……?」


    「影山くんの気持ち、話して!!何でも聞くから、どんな影山くんでも全部受け止めるから!!」


    ぎゅ、と握った拳に力を入れて叫んだ。


    まんまるになった影山くんの瞳。しかし少しして、それは柔らかい弧を描いた。


    「……おう。ありがとな。」


    どき、と流石に慣れてきた影山くんへの感情を感じながら、彼の隣に並び立つ。


    すると伸びてきた影山くんの手。それは私の手を滑り、握った。


    「!?」


    思わず体が固まる。そして何も言わない影山くん。ど、どういう、


    「……嫌か?」


    ばっ!!と隣を見たら、暗くてよく見えないが心配そうに眉を下げているように見える。


    「嫌じゃ!!ない、デス!」


    「…っ、ははは!!なんだよその言い方。」


    「つ、つい。」


    「ついって。」


    恐る恐る握られた手に力を込める。すると、それに応えるようにぎゅ、と握り直された私の手。


    そのまま歩き出した影山くん。


    握られた手が離れたのは、私の家に着いてからだった。


    「……じゃあな。」


    「う、うん。また明日。………影山くん、申し訳なさとか感じなくていいからね、」


    「…ん、」


    「どれだけ待たせられても、待つからね!!……私が一日の最後に、影山くんを笑顔にするから!!」


    言いたかった言葉を勇気を振り絞り、音にした。


    そ、それじゃ!!とまるで言い逃げのように家の中に逃げ込んだ私。


    な、なんか偉そうだっただろうか、嫌な気持ちにさせてないといいけど……。


    と心配になりながら、私は影山くんの温もりの残る手を眺めていた。


    (だんだん遅く)



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