嗚呼、愛しき元気の源
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「カメイアリーナ仙台……!!」
影山選手のファンとしては、必ず来ておきたかった聖地!!
この体育館で様々な死闘を……影山選手が……!!
やばい、想像するだけで感極まる。だってこの場所の空気を影山選手も吸ったって事でしょ??
はーーやばい。たぶんここのアスファルトも影山選手に踏まれてるし、あそこの水道だって使ったかもしれないし、なんなら日向選手とここで会話してたかもしれないんだし。
大好きな推しがここで生きていた、と言う事実から悶える。顔を覆って震える。神よ、ありがとう。影山選手をこの世に産んでくれて。いや、産んだのはお母様か。
何はともあれ、彼が今日も元気にバレーボールをやってくれているお陰で、私は元気に生きられている。毎回の試合で元気をもらえるし、インタビューや雑誌の掲載ではときめきを貰っている。
本当に、影山選手と出会えて良かった。ありがとう影山選手。
そう、カメイアリーナ仙台の前で、実際に会ったこともない影山選手に合掌した。
◇
「ここが………………烏野高校…………!!」
次に訪れたのは影山選手の母校、烏野高校。
ここで、影山選手は高校生してたんだ……!!
その事実だけでご飯3杯はいける。オタクって本当に強いと思う。
ミーンミンミンミンと騒がしい蝉の声。東北と言えど夏はちゃんと暑いようだ。
お盆休みを使って仙台への一人旅。寂しくもあったが、このように聖地へやって来て、ここで推しが生きてた……?とフリーズしてしまうので、友達などとは来れなかった。1人で大正解。
流石に中には入れないので、外から写真を撮り、少しだけ周辺を散歩してみる。
この辺りはきっと、影山選手も歩いただろうなぁ。日向選手や月島選手とかと話しながら帰ったりしてたのかなぁ。
考えれば考えるだけ妄想が膨らむ。ジリジリと太陽が照りつける中、緩む頬をそのままにただただ宛もなく歩いた。
◇
「え、ちょ、うわああ!?」
ポツリ、ポツリ。段々と雲が集まり、暗くなってきた空はいよいよ泣き出してしまった。
今日、快晴の予報だったのに!?ザーザー雨が降り続く中、私はなんとか軒下まで避難出来た。
しかしながら体中ずぶ濡れ。いくら夏とは言えど少し冷えてくる。
運が無い…………そう言えば見てきた天気予報は地元のやつだったな……今更になって、昨日の浮かれた自分を恨む。
カバンから取り出したタオル。影山選手のグッズのタオルだ。勿論観賞用と保存用は別にある、なのでこのタオルは存分に使わせて頂こう。と体を拭く。
車もライトをつけて走っていくほどの大雨になってきてしまい、はぁ。とため息をついた。
少し前までウキウキと歩き回っていたのに、今や気分も空もどんよりだ。
行きたいところも行けたし、そろそろホテルに向かおうとした矢先にこれだ。ホテルにも戻れないし、困ってしまう。
とりあえず、濡れながらでもコンビニを目指して、ビニール傘でも買おうか。そう考えるが、その道中を考えると中々足が動かない。
ええい、頑張れ私の足!!日頃運動なんかしないバレーオタクでも、こういう時ぐらい働けぇ!!
ぺしぺし、足を叩いていると、雨の中傘をさして歩くおばあさんが目に入る。
ほら、あんなおばあさんでも傘あるとは言え、こんな天気の中歩いてんだぞ。頑張れよ、私まだ若者でしょ!?
おばあさんに対する謎のマウントから足を動かそうとした時、おばあさんの足がドブの溝蓋の上を滑り、転ぶ。
どてん、と雨に濡れる路上へ投げ出された体とおばあさんの荷物。
買い物帰りだったのか、荷物から物が転がり出てしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いたたた…………えぇ、大丈夫、あらら……濡れちゃったわぁ。」
慌てて駆け寄ると、意外にも平気そうなおばあさん。見た目に寄らずタフなんですね!?
おばあさんの目線の先にある買い物袋を急いで拾い上げ、おばあさんには放り出された傘を手渡す。
「袋から出ちゃったの、拾うんで傘の中入っててください!」
「え、えぇ?……いいの?あなた濡れちゃうわよ。」
「大丈夫です!!」
急いで転がり出た荷物も含めて拾い上げる。おばあさんを助けるのは、若者の使命でしょ!
「はい、どうぞ!」
「ありがとう、あなたも濡れちゃったわね……大丈夫?」
「大丈夫です!元々ずぶ濡れだったので。気をつけてお帰りください!」
「……本当にありがとう。」
「いえいえ!」
ぺこぺこと頭を下げるおばあさんを見送る。人助けは、やっぱりすると自分も良い気持ちになる。
荒んだ社会の中、転んだおばあさんに手も差し伸べられないような大人になってなくて良かった。と自分自身に安心した。
雨に降られる中、私も軒下に戻ろう。と振り返った瞬間、止んだ雨。
…………違う、止んだのは私の頭上だけ。
上を見上げると、真っ黒な傘。
なんで、傘が?傘の柄が伸びる方を振り向くと、
「…………大丈夫っすか。」
「……………………!?!?!?!??!」
推しが、いました。
◇
「……これ、良かったら。」
私の愛する元気の源こと影山選手は、その手にあったかいコーヒーを持って戻ってきた。
ここにいると濡れますよ、と軒下まで引っ張られ、待っててください。と言われるがまま待った結果、今に至る。
「あ…………ありが、とう……ございます……!!」
推しから、コーヒーを貰ってしまった。飲めなくないか?家宝にしたい。
「…………あの、言おうか迷ったんすけど、」
「は、はい?」
「……そのタオル、」
影山選手の指差す先には、私のカバンから無造作に飛び出ていたタオル。
そこにはTobio Kageyamaなーんて書いてあって。
「……………………!!!!」
推しに、推しているとバレてしまうってこんな気持ちなんだなぁ、なんて冷静なんかではいられず。
え、ええ。き、気持ち悪い??気持ち悪いですかね!?宮城までやって来てタオル持ち歩いてて、キモい!?
「あの、」
「す、すいません!!!」
「は?」
「き、気持ち悪いですよね!!でも、影山選手が育った街とか!!なんか!!色々!!見たくて、生きてる内に1度くらい行っときたくて、1人でも、孤独でも来たんです!!まさか本人に会うなんて思ってなくて、あの、あの、」
身振り手振りで、違うんだ、いや、何も違わないんだ!!と自分が気持ち悪いファンだと露呈する。生き恥だ。
「…………ふっ、あはははは!!」
「……??????」
顔を赤くしたり青くしたりして言い訳という名の弁解をしていると聞こえた笑い声。へ?
「そ、そんな慌てなくても……。気持ち悪いなんて思わないっすよ、いつも応援あざっす。」
ぺこ、と大きな体を曲げて頭を下げた影山選手。
え…………?寛大じゃん…………?神か……?
その神対応に私は処理落ちした。それもそうだよ、ただえさえ届かない距離でもかっこよすぎて悶えてるのに、実際近くで見たらやっっっべぇぐらい美形だし、優しいし、笑顔素敵過ぎるし。
「…………あの……?」
え??何??私もしかして今日死ぬ??だって恵まれ過ぎてないか??そりゃ雨には降られたけども。おばあさん助けたけども………………え?あのおばあさん実は助けると超運気が上がるおばあさんだったりした??
「あの、」
だとしたらおばあさんありがとう、私の目の前でころんでくれてありがとう。そして困った人を助けられるような人に育ててくれたお父さんお母さん、ありが
「あの!!」
「ひぃん!!」
おおおおお、推しが、おお、か、影山選手が、私の肩をささ、触って、
「大丈夫ですか?体冷えてますよね?」
「だだ、大丈夫です!!元気です!!」
「つっても、風邪引きますよ。早く家帰った方が……この辺の人じゃねぇのか。」
かか、影山選手が、わた、私のために頭を使ってくれて……!!
「とりあえず、俺の実家来ます?近いんで。」
………………なんて?????
◇
「姉ちゃん、この人助けて欲しい。」
「………………あんた、何人攫ってんの。」
「攫ってねぇよ!!」
美形に有無を言わさず手を引かれ、辿り着いたご立派なお宅。
中に入ると、それはそれはそれはもう、はぁ、とため息が出てしまうような美人が現れた。
姉ちゃん、そう呼んだところからファンとしては常識レベルの情報である、影山選手の実のお姉様であると理解する。
はあああああ、お姉様まで美人とか、DNA一体どうなって……!?
「誰?この子。彼女?」
「違ぇよ。今さっき会った。悪い人じゃねぇ、……俺のファンらしい。」
そう話すと綺麗な眉間に軽くシワが寄るお姉様。
……………………そうだよねそうですよねぇ!!突然弟が弟のファン連れてきたら怖いですよね!!心配ですよね!!
このファン家にまで上がり込んで何する気だボゲェ!!って感じですよね!!わかります!!!
しかも今さっき会ったって!!影山選手正直!!!でもそんな所も好き!!!
「か、影山選手!!!」
「ん?」
「わ、私ホテル取れてるので!!そっち行きます!!」
「近いのか?」
「い、いや……あんまり……でも、ご実家にまでご迷惑をおかけする訳には!!」
本来なら直接話してることすら奇跡なのに、家にまで上がり込むなんて、流石にやり過ぎだ。絶対バチ当たる。あのおばあさんがスーパーレア運気アップおばあさんだったとしても、勝てないぐらいの罪を犯してる。
「…………でも、」
「お姉さん、こっちおいで?お風呂入りなさい。」
「…………え?」
声を上げたのは、お姉様。そのお顔は先程とは違って笑みを浮かべていた。
「確かに、悪い子じゃ無さそう。」
「そう言っただろ。」
若干ドヤ顔してるのはなんで??と言うか、悪い人じゃないってなんで言いきれるんだ影山選手は。
「あ、あの、影山選手はなんで……。」
「…………おばあさん助けてたの、見てた。」
悪い人ならたぶん助けねぇだろ。そう言った影山選手。見てたんだ………………まじでありがとうおばあさん。私は貴方を忘れません。
「ほら!早くこっちおいで。風邪引いちゃうわよ?……えっと名前は?」
「え、えと、苗字、と申します!!」
美人すぎるお姉様に手を引かれ、お家に上がり込む。ひいい、美形のDNAしか無いお宅に私なんかが上がり込んでしまった……。
「苗字ちゃんね!ほらこっちおいで。飛雄はタクシー探しといて!」
「ん。」
と、飛雄…………飛雄呼びなんですね……………………尊い………………!!
お姉様と弟、と言う構図にフルフルと感動して震えたが、お姉様は意外と強引で、気づけばお風呂場に詰め込まれていた。
◇
気づいてしまった。
脱衣所に戻ってきて、嗅ぎなれない匂いから、
今私は、影山選手の彼女体験中……!?
だって同じシャンプー、同じボディソープを使ったって事でしょ???………………鼻血出そう、倒れそう。
お姉様こと美羽さんが用意してくれた服を着て、脱衣所を出る。
「お、お風呂借りましたー……。」
「おかえり!タクシー掴まったからホテル戻れるわよ!」
「ほ、ほほ、本当に何から何まで……申し訳ない!!ありがとうございます!!」
美羽さんと影山選手にシュバッと頭を下げると、大袈裟だと笑われた。2人揃って寛大…………?え??どんな育て方したらこんな素晴らしい姉弟に…………??
「服はそれあげるわ。」
「え、ええ!?そ、そんな、わけには!!」
「でも、返しに来るの面倒でしょ?宮城の子じゃないんだし。」
「う…………うぐ…………。」
「………………次の、」
「……え?」
うぐうぐと美羽さんの意見に苦しんでいると、声を上げる影山選手。
「次の試合の時にでも、差し入れとして持ってきてください。そしたら姉ちゃんに返しとくんで。」
「え…………でも、」
シーズンが始まるまであと1ヶ月ちょっとある。その間私が持ってても良いのだろうか?
「全然それで私はいいわよ、返すのいつになってもいいわ。」
「…………そ、それなら。次の試合必ずチケットもぎ取ります!!!」
グッ!!と拳を握って宣言すると、一瞬目を丸くし、そして笑った影山選手。
「っははは!!……おう、絶対来てください。」
◇
夢だったのでは?
ホテルに戻ってきてから、首を傾げる。
しかし、自分が身に纏っている初めて着る服と、
「………………うううううううああぁ!!!」
タオルを抱き締め、悶える。
タオルには、苗字さんへ。と書かれたサインがあった。
夢じゃない、夢じゃない。……夢じゃない!!!
だらしなく緩んだ頬はそのままに、影山選手のサインが入って、影山選手が触ってくれたタオルを抱きしめてベットに沈む。
次の試合、必ずチケット勝ち取らなければ!!
そして数ヶ月後開催された試合後、安定のかっこよさに泣きながら、影山選手に服を渡しに行ったら、
「っふふふ、何泣いてんすか苗字さん。」
無邪気な笑顔と、名前を覚えていてくれたという事実にズギューーンと心臓を射抜かれるのは、また別の話。
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