見守り隊員
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呼ばれた名前に振り返る。人の多いこの街で俺の事を影山選手、と声かける人はそれなりにいても、
影山くん、と呼ぶ人はそう多くはない。大前提として選手としての俺より、昔の俺を知ってる人。
それを想定して振り返ると、そこにいたのは
「やっぱり!!久しぶり!!また大きくなったんじゃない!?」
「…………苗字さん…!」
今の俺を作る上で最も大事な時間を共に過ごした、高校時代のマネージャー。
歳は2つ上で、一緒にいられたのは1年だけだった。
しかし、俺らが進級しても卒業しても、俺達のことを見守ってくれている人達の1人で。
「おーす!この間の試合も見たよ、3連続ノータッチエース!!興奮して家で叫んじゃったよ!」
「また隣の人に怒られますよ。」
「いや、ほんとそれ……怒られた……。」
うげぇ、と顔に書いてある苗字さんに笑っちまう。
「そういや、なんで東京いるんすか。」
ふと、思ったことを聞いてみた。宮城に住んでるはずだけどな。
「ちょっと旭に用事があってね!会いに来た帰りだよ、まさか影山くんに会えるとは思わなかったけど!」
ラッキーだね!なんて言って笑う苗字さんに、俺もつられる。
今日も可愛い人だ、高校生の時から変わんねぇぐらい可愛くて、可愛くて仕方が無くて、
欲しくなっちまう、初恋の人。
◇
「そっかそっか、日向くんは大阪だから日本に戻ってきたとは言え、そんなに会ってないんだねぇ。」
「っす。会ったってバレーするだけですし。」
「確かに!」
まだ時間がある、と言う苗字さんを誘って飯に来た。
他の烏野高校OB達の話や、ブラジルから戻ってきた日向の話など。
選手としての俺じゃなくて、高校が同じだった俺として見てくれる人と言うのは、意外と貴重なのだと最近気づいた。
「影山くんは来年から海外だっけ?どこに行く、とか考えてるの?」
「……イタリアに。」
「イタリア!!モテ男の国!!」
「どんな偏見っすか。」
また笑わされた。この人と話すといつも笑わされる、なんだよモテ男の国って。
「だって、イタリア人ってめっちゃレディファーストらしいよ!?」
「そうなんすか。」
「影山くん大丈夫!?やっていける!?」
「……まぁ、どこ行っても最初は上手くいかないもんだと思ってるんで。」
「………………大人になったねぇ。」
最初大地に追い出されてた子とは思えない、なんてすげぇ昔の事掘り返されて、
「そ、その話はもう忘れてくださいよ!」
「無理無理。忘れられるわけないじゃん。」
ケタケタと笑われた。どれだけ大人になっても、どれだけ体がデカくなっても、
この人からはこの人達からは、何年経っても後輩なのだと見せつけられたような気がした。
でも、ただの後輩でいたくない。そう感じたのは高校1年。
そんな感情が芽生えたのと、日向に「お前最近苗字さんの事睨みつけてるけど、どうした!?」と言われたのはほぼ同時期だった。
今と同じようによく笑い、そして優しくて相談したら親身になって考えてくれたり、コミュニケーションが苦手な俺の練習相手や、アドバイスをくれたりした。
好きになったんだな、俺は。そう気づいても大して慌てなかった。好きになるのが当然かのように思ってた。それぐらい苗字さんは俺にとって光や希望を与えた存在だったから。
しかし自覚して、すぐに苗字さん達は学校からいなくなった。
2歳年上。今となってはそんなに気にならないけれど、当時は酷く大人びて見えて、手の届かない存在だと思ってしまった。
でも、今は?
「ふぅー!お腹いっぱい!!美味しかったねぇ。」
「はい。そろそろ出ますか?」
「そうだね!えっとお会計は……あれ?」
「もう済ませました、出ましょう。」
「また!?ちょっと!!私も出すって言ったじゃん!!」
「じゃあまた俺と飯行ってください。次は奢ってもらいます。」
「お、おうよ!!…………あ、あんまり高いのは辞めてね……?」
正直な苗字さんに笑う。何度飯に行こうと出させる気など無いけど。
「駅まで送ります。」
「ほんと?いいの?嬉しい!」
「……っす。」
嬉しい、すぐこの人はストレートな気持ちを口に出す。
そしてその一つ一つに心を狂わせられる。本当に嬉しそうに言うし。……可愛いし。
「そう言えば影山くん彼女いないの?」
「……いませんよ。」
「えー!勿体無い!イケメンなのに!…………でも、いない方が影山くんっぽいとも思ってしまった。」
にしし、そう笑う苗字さん。
俺が貴方の事好きだって言ったらどんな顔するだろうな。
いつまでも純新無垢な後輩だと思ってる苗字さん。
「また彼女出来たら教えてね?」
デレデレしてる影山くん見てみたいし!そう話すのは、苗字さんの恋愛対象に俺が入れていないから?
「…………もし、出来たらですよ。」
「勿論、無理に作れとは言わないよ!」
いつでも優しい、高校の時沢山助けてもらった先輩。
やっぱり、後輩ってだけじゃ足りねぇ。
「影山くん?どうかした?」
立ち止まる俺を心配そうに見る苗字さん。
いつでも手のかかる後輩として、注いでくれるその優しさが、
今は、今だけは
「……いえ、行きましょう。」
憎たらしい。
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