もしも、もしも。


「影山!!弁当忘れてる!!」


「……んぁ?……ホントだ。助かった。」


「もう、おばさん慌ててたよ?ちゃんと確認してから行きなよ。」


「ん。でもいつも名前が届けてくれるだろ。」


「…………そ、そうだけど!!」


「じゃあいいじゃねぇか。」


「良くない!!忘れんな!!」


勢いよく影山の背中を叩くと、いてっ!?と声が上がる。


このやり取りを見ていたクラスの子達は、また苗字に怒られてんぞ、影山。とか、今日も仲良いねえ。なんて声も聞こえる。


幼馴染。それは近くて近くて、


遠い距離。





「えっ、Vリーグ行くの?」


「おう。誘われた。」


「そ、そっか……。」


アドラーズには牛島さんも星海さんもいるんだぞ、と興奮気味に話す影山。


こうして家が近いから一緒に帰ってるけれど、彼はもう私なんかの手が届かない所へ行ってしまうようで。


……寂しいなぁ。


少し前までは、近すぎる距離が嫌で。飛雄、と呼んでいたのになんだか恥ずかしくて、気づけば影山と呼んでいた。


それに対して影山は変わらずずっと名前、と呼んでくる。


近すぎる、と思ったのは私だけで。遠くて寂しいと思うのも、私だけ。


「名前は?大学行くんだろ?」


「……うん。」


「頑張れよ、……卒業しても勉強するなんてすげぇな。」


「そんなことない、大学行く人多いし。」


「それでも。……これからは忘れ物に気をつけねぇと。」


「ホントだよ、東京行ったらおばさんも私もいないんだから。」


「そうだな。」


目じりをくしゃくしゃにして笑う影山。なんにも考えてない、なんにも警戒してない笑顔。


それが、ずっとずっと大好きだった。


きっと今は、私が1番影山に近い女の子。


でもこれからはわからない。……ただの幼馴染だし。


「じゃあな、名前。」


「……うん、また明日。」


こうしてまた明日が言えるのはあと何回?


影山が特別な女の子を連れてくるまであと何日?


考えても仕方の無いことばかり頭に浮かんでしまって、


気づけば季節が巡り、卒業だってしてしまって。


影山はあの日のように、明日も会えるかのように


「じゃあな、名前。」


そう言って駅に向かった。


私が影山にとって運命の人ならば、影山の人生におけるヒロインならば、


ここで振り返って抱きしめられたりしたのだろうか。


でもまだ視界に入る彼の背中は、二度とこちらを振り返ることなんて無くて。


「…………じゃあね、飛雄。」


零れた名前は、届かなかった。

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