もしも、もしも。
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「……んぁ?……ホントだ。助かった。」
「もう、おばさん慌ててたよ?ちゃんと確認してから行きなよ。」
「ん。でもいつも名前が届けてくれるだろ。」
「…………そ、そうだけど!!」
「じゃあいいじゃねぇか。」
「良くない!!忘れんな!!」
勢いよく影山の背中を叩くと、いてっ!?と声が上がる。
このやり取りを見ていたクラスの子達は、また苗字に怒られてんぞ、影山。とか、今日も仲良いねえ。なんて声も聞こえる。
幼馴染。それは近くて近くて、
遠い距離。
◇
「えっ、Vリーグ行くの?」
「おう。誘われた。」
「そ、そっか……。」
アドラーズには牛島さんも星海さんもいるんだぞ、と興奮気味に話す影山。
こうして家が近いから一緒に帰ってるけれど、彼はもう私なんかの手が届かない所へ行ってしまうようで。
……寂しいなぁ。
少し前までは、近すぎる距離が嫌で。飛雄、と呼んでいたのになんだか恥ずかしくて、気づけば影山と呼んでいた。
それに対して影山は変わらずずっと名前、と呼んでくる。
近すぎる、と思ったのは私だけで。遠くて寂しいと思うのも、私だけ。
「名前は?大学行くんだろ?」
「……うん。」
「頑張れよ、……卒業しても勉強するなんてすげぇな。」
「そんなことない、大学行く人多いし。」
「それでも。……これからは忘れ物に気をつけねぇと。」
「ホントだよ、東京行ったらおばさんも私もいないんだから。」
「そうだな。」
目じりをくしゃくしゃにして笑う影山。なんにも考えてない、なんにも警戒してない笑顔。
それが、ずっとずっと大好きだった。
きっと今は、私が1番影山に近い女の子。
でもこれからはわからない。……ただの幼馴染だし。
「じゃあな、名前。」
「……うん、また明日。」
こうしてまた明日が言えるのはあと何回?
影山が特別な女の子を連れてくるまであと何日?
考えても仕方の無いことばかり頭に浮かんでしまって、
気づけば季節が巡り、卒業だってしてしまって。
影山はあの日のように、明日も会えるかのように
「じゃあな、名前。」
そう言って駅に向かった。
私が影山にとって運命の人ならば、影山の人生におけるヒロインならば、
ここで振り返って抱きしめられたりしたのだろうか。
でもまだ視界に入る彼の背中は、二度とこちらを振り返ることなんて無くて。
「…………じゃあね、飛雄。」
零れた名前は、届かなかった。
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