結局私は頭が上がらない

「………………え?」


「お願い出来ない?様子見てくるだけで良いんだけど……。」


冷さんの言葉を反芻する。彼女は言った、ついさっき。雄英の文化祭に行ってきてくれないかと。


「……えっと、今年の文化祭は…………確かセキュリティ強くて、……関係者以外は中々…………。」


「そこを何とか出来ないかしら……?焦凍が高校でどんな感じなのか教えて欲しいの。」


駄目?と言わんばかりにお願いされる。いや、ほんと、だから、私は轟家に弱いんだって…………。


そんなこんなでやって来た文化祭。


………………じゃねぇんだよなぁ!!!


何かを殴りたい衝動に駆られるが、ここは抑える。なぜなら今私はコスチュームを着ていない。……なので、ヒーロー名だとはバレていない。


エンデヴァー越しに校長先生に聞いてみたところ、私自身が来るとファンである生徒たちがパニックになってしまうため、コスチュームは脱いでくること。を条件として入場が許可された。


…………にしても、落ち着かない。顔を晒して、こんなに沢山の人がいる中歩く羽目になるなんて。恥ずかしくて、つい俯きたくなる。


どうにかパンフレットを手に入れて、歩き出す。……1-Aは……まだ時間まであるな。……え、どうしよう。


困ったな、私ぼっちなんだけど。ぽつん、と多くの生徒が行き交う校内で、孤独感を感じる。


……仕方ない、適当な場所で時間潰しておくか。


そんな気持ちで歩いていると見かけた女の子。


…………あの子、資料で見た子だ。


そうか、雄英が匿っていたのか。非常に辛い目に会ってきたであろう少女の境遇を想像しては胸が痛んだ。


そんな彼女を見つめていると、彼女たちとすれ違った看板を持った1人の生徒。


周りを見ていないのか、看板をゆらゆらと揺らしながら歩き、その看板は立てかけてあった資材達に当たる。


衝撃を加えられた資材がガタガタと揺れ、バランスを崩し、


「っ!!!」


「っエリちゃん!!」


崩れて彼女たちに当たる前に、私は脚に圧力をかけて飛ぶように2人の元へ行き、資材を抑えた。


2人は、と思って見れば1人の男の子が女の子を庇うようにしていて、私は要らん真似をしてしまったかな。そう思っていると


「あの、ありがとうございました!!」


「ありがとう、……ございました。」


2人に頭を下げられて、慌てふためく。


「い、いや…………無事で、良かった。」


「凄い速かったですね!?えっと、…………関係者の方、でしょうか?」


少し怪しむような視線を送られる。それもそうだ、厳戒態勢で開催された文化祭。不審者が紛れ込んできたら即中止だと聞いている。個性まで使ってしまって、怪しまれてもおかしくない。


…………そうだ、彼は。雄英ビッグ3と呼ばれる通形くんだ。エリちゃんの件で個性を失ってしまったという。


案外流し読みしていた資料も頭に入っているものだ、自分のちんけな脳みそに感心しながら、通形くんに近づき周りに聞こえぬよう、


「…………こういう者です。」


ヒーロー免許を彼に見せる、すると目がどんどん開かれ、


「えぇ!?ほ、本当にですか……!?ほ、本物?初めて見た……!!」


「あ、あの、目立つ訳には…………なので、……静かに。」


「す、すいません!!つい!!うわぁ!俺ファンなんです!あなたの力負けしないそのパワー!憧れていました!!」


「う、お、……あ、ありがとうございます。」


雄英の優等生にそこまで褒められると、流石に嬉しくて頬が緩んでしまうな。


「ところで、その…………」


「あ、……ヒーロー名はバレるんで、……えと、……苗字でお願いします。」


「苗字さん!は、何しに?」


「…………エンデヴァーの、家族からの頼み事で…………彼の息子さんの様子を見に。」


間違ってはいない。何一つ間違ったことは言ってない。


「そうなんですか!俺達も1-Aの出し物は見に行く予定だったんです!ね、エリちゃん!」


不思議そうにこちらを見上げるエリちゃん。しゃがみこんで目線を合わせる。


「……こんにちは、エリちゃん。……初めまして。」


「は、初めまして。」


「良ければ一緒に行きませんか?」


「え…………いいの?」


「はい!エリちゃん、このお姉さんも一緒で良い?デクくん達の出し物見に行くんだって!」


「エリちゃん、……良いかな?」


「う、……うん!」


「……ありがとう!」


許してくれたエリちゃんに笑いかける、優しくて良い子だ。これから先、どうか幸せになって欲しい。そう思わされる。


「それじゃあ行きましょうか!」





「良かったですね!!」


「うん……皆、キラキラしてた。」


凄く…………青春だった…………、見ていて眩しかった。それに焦凍くんの頑張りもちゃんと見届けた。氷綺麗だったなぁ。


「あ!!じゃあ僕達デクくんに会いに行ってくるので、これで!!」


「うん。……2人ともありがとう。」


「い、いえ!!こちらこそ!!また今度会った時はサインください!!よし、エリちゃん行こう!」


「……お姉さん、ばいばい。」


「………………ばいばい。」


最後まで可愛かったエリちゃんを見送り、任務も達成したので私は家に帰ろう、


「………………はぁ、はぁ………………な、なんで、」


「!!?!?」


そう思って振り返ると、息を切らせた焦凍くんが立っていて、ひっくり返りそうになる。


「な、んで、…………コスチューム、」


「あ………………えと…………。」


「…………んな可愛い顔、晒して歩くの辞めろよ。」


「!?」


突然のお世辞パンチに思考が停止する、しょ、焦凍くん、や、辞めてくれ、私すぐに思い上がっちゃうから、


「……せっかく俺だけだと思ったのに。」


む。と膨れてしまった焦凍くん。えぇ……ど、どうしよう。


「ご、ごめんね……?」


「…………じゃあ教えろ、なんで来たんだ?」


「…………冷さんに、頼まれて。」


「え、お母さん……?」


私は冷さんに言われた事を彼に伝えた。母の息子を思う気持ち。それを無下になんてしないって焦凍くんならしないってわかっているから伝えた。


「…………そう、だったのか……。」


「…………良かったよ、A組のステージ。氷も、綺麗だった。」


「…………ありがとう。」


「コスチュームは、校長先生から言われて。…………ファンの子達に見つかるといけないから。…………本当は凄く嫌だったけど、……冷さんの頼みも、……轟家を繋ぐ物事なら、なんでも叶えたいから。」


だから、恥ずかしい思いしてまでここまで来れた。彼女の頼みじゃなかったら、きっと来れなかっただろう。


「……焦凍くんには言わずに来て、悪いと」


思ってる、そう続けようと思ったのに。


彼の胸板を押し付けられ、少し苦しい。


抱き込むようにして私をその逞しい両腕で包み、ぎゅうぎゅうと感情のままに締められる。


え、な、何。何が、起きて………………??


「…………あなたは、そうやって。無条件に無償の愛を俺達にくれますね。」


「え…………?」


身を少し離して、見上げた焦凍くんの表情は苦しそうで。


「……そんな所に憧れた、何も言わずに俺達を護り続けたそんなあなたが好きだった。…………でも。」


「………………?」


「…………もう、それだけじゃ、…………足りねぇんだ。」


「………………え?」


「…………駄目だってわかってる。相手にされないなんてもっとわかってる。…………だから、まだ言わねぇ。けど、」


耳元に言葉を残して走り去った焦凍くん。


何それ。…………好きって、憧れって意味じゃないの。強くて、とかヒーローとしての憧れなんじゃなかったの。


そんなの、相手にされないなんてこっちの台詞で、


頭の中がぐちゃぐちゃになる、なんでそんなこと、君は………………あぁ!!もう!!お父さん譲りの強引さも、お母さん譲りの甘え上手も受け継いだハイブリッドめ。


………………この気持ち、どうしてくれるんだ。


『いつか必ず迎えに行く。………その日まで待ってて欲しい。』

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