兄の信頼

「あ、おはよう!ヒーロー名。」


「……おはよう、……夏雄くん。」


おはよう、とこんにちはの間くらいの時間。轟家に行くと出会った夏雄くん。


「なんでこんな時間にうちいるんだ?」


「エンデヴァーが忘れ物して。…………忙しそうだったから…………取りに来た。」


そう言って家の鍵を見せると、エンデヴァー似のお顔が歪んだ。


「ったく、そんなパシリみたいなのしなくて良いって!」


「だ、大丈夫…………私から言い出して来てるだけだから……。」


「本当?ちゃんと嫌なら嫌って言わなきゃ駄目だぞ?」


そう言う夏雄くんは、優しい子だけれどもエンデヴァーに対しては当たりが強い。


まぁ轟家の内情を知っている身としては、何も言えないのだけれども……。


「あ、そう言えばヒーロー名。最近焦凍と仲良いんだって?」


「……………………え!!?」


「うお、そ、そんな驚かなくても。」


仲良い。いやそれは、元々仲悪くは無かったし。最近話すようになってやっぱり良い子だなぁ、なんて思ってて。


違う違う、私が焦っているのはそこじゃない。去年の、ぶ、ぶぶ文化祭らへんとか、ちょっと、仲良いの範疇を超えて、


「焦凍から聞くよ!ヒーロー名の話。」


「な、ななな、な、なに、を」


「ちょ、大丈夫!?震えてるけど、」


「な、何を!?」


そ、そこを詳しく!!焦凍くんまさか変な事まで話してないよね!?


「何をって…………最近ヒーロー名と話すようになったとか、学校にヒーロー名が来てくれたとか……。」


「……………………そ、…………そっか!!」


「え!?何!?って言うかヒーロー名がそんなデカい声出すの初めて聞いたんだけど!?」


ヴッ!?


「そ…………んな事は…………無いよ…………?」


「いや!あるね!!何年ヒーロー名の事見てると思ってんだよ!?何?実は焦凍と何かあった?」


「!?!!?」


核心をつく言葉にビクゥ!!と体を揺らしてしまう。


何か。何かって………………いやぁ………………あったよなぁ…………。


とは言え口が裂けても言えない。夏雄くんの、なんなら冬美ちゃんにとっても可愛くて仕方の無い弟、焦凍くんに手を出してるなんて。いや、出てないけど。むしろ出されてるって言うか、いや、ちが。


あれ?でも待てよ。焦凍くんは兄弟にとっても可愛くて、冷さんにとっても大切な息子さんで、エンデヴァーからしても期待の息子さんで。


………………あれ?誰に言っても詰んでないか?


「何?もしかして焦凍に付き合って、とか言われた?」


「つっ!!?!?!?」


は!?!?


はぁ!!?!!?!!?


夏雄くんどんな勘してんの!?はぁ!?


「え?ビンゴ?」


「ちち、違う!!!」


「…………え?まじ?」


「違う!!本当に!!あの、ち、違うんだって!!」


「…………まぁそういう事にしとくよ。……でもまさか…………マジか焦凍。」


………………………………終わった。


真っ白に燃え尽きた私はその場に蹲る。ごめん焦凍くん。なんかとても恥ずかしい形でお兄さんに伝わってしまった、ごめん。


「でもまぁ、そんな気はちょっとしてたけどね。」


「…………え?」


「焦凍、ずっとヒーロー名の事憧れてて追いかけてた。でも話しかけるのは緊張するし、ちょっと怖いからって出来ないって言ってたのに。それが最近はヒーロー名の話よく聞くから。…………そういう風に転ずるのもわからんことも無い。」


そう言って笑った夏雄くんは、とてもとてもお兄さんの顔をしていて、焦凍くんは兄弟に恵まれてるな。と感じさせられた。


「ヒーロー名がなんて返してるのかとか知らないけど、…………よろしくな。」


「よ、よろしくなって…………。」


「ヒーロー名なら全然良いよ俺は。なんなら是非!!って感じ!」


「な、なんで…………そこまで…………。」


にかっと笑って言い切る夏雄くんに戸惑う。私は大切な弟さんを頂けるほど、信頼も何も。


「だって、ヒーロー名が俺達のこと傷つける訳ないだろ?」


「…………………………。」


「ずっと守ってもらった、何も言わずに優しくしてもらった。俺親父のことはそんな風には思えないし、なんならヒーロー名と初めて会った時だって凄く嫌な気持ちになってた。だってあいつの部下だし。」


そう言われて初めて会った日の事を思い出す、眉間に皺を寄せ、眼光鋭く睨んでいた夏雄くん。


「でも、ヒーロー名は俺が何言っても、うちの色んな綺麗じゃないとこ見せても離れずに、親父のことも俺たちのことも全部大事にしてくれてる。……それがわかってるから、ヒーロー名だったら安心だ。」


焦凍には、幸せになって欲しいから。そう言った夏雄くんに、胸がぎゅっ。と締め付けられた。


焦凍くんの言葉に惑わされ、ひたすらに胸を高鳴らせるだけだったけれど、彼の願いに応えるのならそういう事だ。


信頼されてる。でも、私と一緒になって彼は幸せになれるのかな。


私は、人を幸せにする方法なんて知らない、わからない。


誰かと共に生きていく、そういうのもよくわからない。これだけ入れ込んで、これだけ大切にしていきたい。そう思ったのは轟家の人々が初めてなんだ。


だから、


「信頼に応える。………………絶対に、焦凍くんは傷つけない。…………。」


それが、私と彼の関係にどんな影響を与えようと。彼と一緒にならないと言う選択をしたとしても、それでもきっと私は焦凍くんを守っていくだろう。


「……あぁ、頼むよヒーロー名。」


そう言って笑った夏雄くんに、私は仮面の下から応えた。

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