あなたが欲しい

「…………すっげぇ、爆豪とヒーロー名。」


切島くんの言葉に、僕も頷く。先程が爆発音を鳴らしながらひたすらに組み手を行っている2人。


「っらぁ!!」


「遅い。」


かっちゃんの振り上げた右手を瞬時に右手で抑え、空に向かって爆発させて、


「がら空き。」


空いた左手に圧力を溜めてたのであろう、ヒーロー名はかっちゃんの脇腹目掛けて拳を奮った。


「がはぁっ…………!!」


「か、かっちゃん……!!」


「お、おいおい大丈夫かよ爆豪……。」


物凄い速さで吹っ飛んだかっちゃん。咳き込みながら瓦礫の中から這い出たかっちゃんは、


「…………もう一度だァ。」


悔しそうに、高すぎる壁を見上げていた。





「爆豪くん、今日はここまでにしよう。」


「あぁ!?まだだ!!」


「まだじゃなくて、時間だから、」


「まだあんたに一撃もくらわせてねぇ!!」


「…………そんなこと言ってたら、いつになるか、」


「あぁあ!?!?馬鹿にしてんじゃねぇよ!!すぐにでもボコボコにしたるわ!!」


があああ!!!と怒っている爆豪くん。ど、どうしたものか……。


「……そう言われても。こちらも仕事なので時間厳守なんだ、これ以上は延長出来ない。」


ほらもう皆寮に帰っちゃってるよ。と促せば、悔しそうに奥歯を噛み締めた爆豪くん。


「…………ヒーロー名、あんた1週間しかいねぇんだろ。」


「?うん、頼まれたのが1週間だから。」


それが終わればこれまで通り事務所の仕事へと戻る。


「…………時間、足りねぇんだよ!!」


「え。」


1週間、それは中々沢山あるとは思ったけど、彼には足りないと感じるようで。…………貪欲さを感じるなぁ。


「あんたは、…………強い、だから憧れる。でも今日一日一撃も入れられなかった、強さを痛感した。…………だからこそ!!強いあんたに教われる時間は無駄に出来ねぇ、こんなちんたら進んでる訳にはいかねぇんだ!!あんたに、……少しでも近づきてぇんだよ!!」


「爆豪くん……。」


つい目を丸くしてしまう、そんな事を、思っていたのか。


…………と言うか憧れ。彼もまた私に憧れを。…………つくづく有望な少年達に憧れ易いようで。身の引き締まる思いだ、これ以上見苦しい姿は見せられない。……ほんと、やり過ぎない事件解決。早く出来るようにならないとな。


彼の気持ちはわかった、思いの強さも、向上心の強さもわかった。でもそれとこれとは話が違う、時間外はグラウンドも使えないし、彼も寮に帰って休まないと。


でも彼の気持ちも尊重してあげたい、未来ある高校生の願いだ、叶えてあげたい。そう考えて私は、


「……とりあえず今日は帰ろう、爆豪くん。」


「あぁ!?話聞いて、」


「明日の朝、何時からならグラウンド使っていいか聞いてみる。……何時になっても、来るよね?」


仮面の下で、自分が笑っているのがわかる。わくわくするんだ、今まで後輩なんていなかったし、こんなにも自分に食らいついて来る人なんて初めてだったから。


「!!………………当たり前だろ!!」


そう言って帰って行った爆豪くんを見送り、私はやっと肩の力を抜く。スイッチがオフになったような気分。今日の仕事は終わりだ。


私は職員室へ向かうため、校舎に向かって歩き出した。





「朝?……まぁ、書類さえ出せば基本的には何時でも……いやでも夜中は流石に辞めろよ。住宅街から離れているとは言えうるせぇから。」


「…………じゃ、じゃあ、…………4時、とか。」


「…………まぁ、良いだろう。だが闇雲にやれば良いってもんでもないぞ。わかってるよな?」


「……わかってます、でも、……彼は賢いから、言葉で伝えるよりずっと…………動きや衝撃の重さを感じた方が、伸びると思って…………。」


「…………それもそうだな。少しでも多くの事を教えてやってくれ。俺達には教えてやれない事だ、頼んだぞ苗字。」


「…………はい。」


良かった、許可が降りた。とりあえず明日は4時だよと爆豪くんに伝えに行かないと。


私はイレイザーに聞き、寮へと向かった。





ガヤガヤと騒がしい寮。扉の外からでも騒がしさが伝わる。


…………楽しいだろうなぁ、寮生活。同い年のクラスメイトと一緒の生活。楽しいよなぁ。


少しだけ羨ましく思いながら、扉を開ける。


「…………?えっ!?ヒーロー名!?」


「あ…………えと、こんばんは。」


「こ、ここ、こんばんは!!どうしたんですか?」


駆け寄って来てくれた緑谷くんが中へどうぞ、と促してくれるので、遠慮無く中へと入らせて頂く。


「あれ!?ヒーロー名じゃん!!」


「どうしたんですか!?」


皆わらわらとこちらへと集まってきて、顔に熱が集まる。


「あ…………えと………………ば、ばくご」


「なんだ?」


「!!!」


いつの間にか近くにいた爆豪くんにビビり上がり、声すら出なかった。い、いつの間に…………。


「…………あんた、ほんと仕事以外だとポンコツだな。」


「ぽっ…………!?」


「おい!失礼だろう爆豪くん!!」


「そうですわよ!ヒーロー名さんは内気なだけで……。」


「それがポンコツだって言ってんだよ!!……んでなんだよ。」


「あ、…………明日、4時から。」


「…………交渉、したんか。」


「う、うん…………夜中は駄目だって言われたから、4時。…………わかった?」


「ん、わかった。」


そう素直に頷くと彼は寝る。と言って部屋へと向かった。


「え…………え!?4時って、まさか朝の、」


「……うん、爆豪くんが時間足りないって…………。」


「いやだからって!!ヒーロー名もそれに付き合わなくても、」


「…………時間が足りないのは、…………私も、だから。」


彼には沢山のことを学んで欲しい。私の得てきた経験や、学んできた戦闘を。その体に覚えさせて欲しい。


だからこそ、私と彼には言葉で伝えられない分拳を交える時間が必要なのだ。なんとも向上心に溢れ、戦闘能力の高い彼には私も期待している、力を貸してあげたい。


「…………皆も、頑張ってね。」


「は、……はい!!」


「あざっす!!」


「…………おやすみ。」


「「「おやすみなさい!!」」」


一同にそう言った彼らに会釈をして、私は寮を出る。


ふぅ。と緊張感から解放されて自然と息が溢れ出た。


少し入れ込み過ぎかな、いやでも後輩育成は大事だって言うし。エンデヴァーもそれを見越して私をここへ派遣したのだから。私も学ばないと、教えることの難しさを。


そう自分を納得させて、家へと帰ろうとした時


「…………え、しょ、焦凍くん。」


目の前に現れた彼に、声を上げた。


「……………………もう、体は平気なのか。」


「……うん、傷は癒えた、…………けど……?」


「そうか。……なら、良かった。」


「……?どうしたの。」


何か用事があったのだろうか、そう思って話し出すのを待つが、口を開けては閉じて。を繰り返していて、中々話出さない。


「…………苗字、さん。」


「……!!」


ほ、本名。覚えてたのか、


「その、………………正直に言う。」


「……?は、はい。」


「……妬いた。」


「………………妬いた?」


妬くって、嫉妬とかの、…………え?


「悪い、……苗字さんは誰のものでもねぇのに。……でも、爆豪に色んなことを教えてるのとか、俺だって教わりてぇのに。って思ったし、さっきだって爆豪の為なら早朝でも来てくれるのか。とか思っちまって…………。」


「そ、それは…………先生としての責務を……。」


「わかってんだ、でも…………でも、抑えらんなくて。困って、どうしようも無くて。…………話したくて、来た。」


そう言った焦凍くんは耳まで赤くなっていて、本当なのだと教えられる。…………仮面があって良かった、私だってそんな事イケメンに言われて平然でいられるような心臓持ってない。


ばくばくとうるさい音が聞こえる中、どうしたら、どうしたら苦しそうにしている焦凍くんを、楽にしてあげられるか考える。


きっと、彼が言ってるのは……その、……彼は私の事が好きみたいだから、爆豪くんと接してるのを見るのが嫌なのだろう。


ならばいっそ、彼の想いに応えてしまおうか。なんて思ってしまって考えを打ち消す。


彼はまだ16だ。そう、16。衝撃の16歳。


私が誑かして良いような年齢じゃない、私の方が悪い大人になってしまう。彼自身が言っていた通り相手にしてはいけないのだ、彼は言った。私に憧れていたと。


憧れが、好きに。勘違いしてしまうことだってあるのかもしれない。そう思わないと自身の想いを止められない程には、私は既に焦凍くんを、


…………やめよう、この想いは懸命に前へと進む彼の邪魔になる。


私は苦しむ彼に向けて投げ掛けた。


「…………それは、本当に恋?」


「…………は?」


「憧れ、その延長戦とかでは…………無いの?」


疑って、しっかり考えて。間違わないように、後悔しないように。


「…………あんた、何言って、」


「………………焦凍くんは、焦凍くんだから。轟家の末っ子。……守る、対象。」


それ以上でもそれ以下でもないのだ、そう。それ以上なんて、何も。


「だから、これ以上そんな想いは」


もう募らせないで。そんな最低な言葉を口走る前に彼によって仮面をずらされ、


「んっ……!?」


後頭部を掴まれ、強引に唇を重ねられた。


何が起きてるのかわからなくて、呆然としてしまう。


何度も何度も離しては重ねられ、を繰り返されてどれほど経ったのだろう。


途方も無い時間をそうしていたような気がした頃、ゆっくりと唇を離された。


「…………勝手に、俺の恋を否定するな。」


鋭く光る眼光。あぁ、また怒らせてしまっている。それでも、私なんかに、駄目だそんなのは、そう理性は叫んでいるのに、


彼によって触れられた唇は熱くて熱くて、仮面がほとんど取れてしまっているのなんか忘れて、ただただ赤面した。


「…………なぁ、本当に守る対象。それだけなのか?」


「…………え、」


「…………あなたのその顔は、とてもそうは見えないけど。」


そう言って私の顔に手を滑らせ上を向かせた焦凍くんは、なんとも満足そうな顔をしていて。


あれ、いつの間に。苦しそうな顔はどこへ。


「……全然相手になんかされねぇって思ったけどな、前言撤回だ。」


綺麗な顔を、綺麗に歪ませ彼は言った。


「すぐにあなたの隣へ行く。……待っててくれ。」


いつか、が、すぐに。へと変わった。


私の隣、それはどういう。その時何故か過ぎったのはエンデヴァーの話。


事務所を出て、自立。…………そんな事が出来るのなら、いや、でも、彼は私なんかを選びやしない、…………ことも無い。


目の前で心底楽しそうに私が赤くなっているのを眺めている、この16歳は恐らく私が思っているよりずっと私の事が好きなようで。


…………もしかしたら、有り得ない。そんな事は無いのかもしれない。そう思った私は、気づけば言葉にしていた。


「……焦凍くん。」


「ん?」


「…………私、……近いうちに、事務所を出る。」


「…………は?あ、アイツに何かされたのか?」


「違うよ!…………エンデヴァーの提案で。…………未来のために、主力となれって。…………それで、自立をするんだ。近い未来。…………その時、」


その時、あなたに隣にいて欲しい。そう思ってしまうのはあなたへの期待からか。それとも恋心からか。


分からない私は、とにかく心の叫びを声にした。


「……私の、サイドキックになって欲しい。」


あなたが欲しいと言う、心の叫び。

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