代償

ヴィランが倒れて、周りの人達が、親父のサイドキック達が、バーニンが、泣きながらヒーロー名へ駆け寄って行くのを呆然と見つめていた。


中継していたアナウンサーも、寮で一緒に中継を見ていたクラスメイト達も、皆ヒーロー名への賞賛の声を口にして、ヒーロー名は多くの人たちから褒め称えられるヒーローとなった。


しかしその賞賛達はすぐに、悲しみを耐え忍ぶ声へと変わった。


あれだけ興奮して中継していたアナウンサーも、今となっては神妙な面持ちでヒーロー名の名を声にしている。





ピッ、ピッ。と機械音のする部屋で俺は今日も眠ったままのヒーロー名を見つめる。


あの日から、凶悪で狡猾だったエンジンがヒーロー名に倒された日から早数ヶ月。ヒーロー名は一度も目を覚まさずここにいる。


あの日、俺はいてもたってもいられず寮を飛び出し、親父に聞いて病院へと駆けつけた。


しかしそこで見たのは、必死に何度も体に電気を流して心臓を動かそうとする医者達と、震える手を組んで神に祈る母や姉、そして涙を流しながら声をかけ続ける兄だった。


俺はその状況に頭なんて追いつかず、ただただいなくなってしまうかもしれない、と言う恐怖で泣きながら、皆に囲まれて青白い顔をしているヒーロー名を眺めるだけだった。


そして何度目かの処置によって、状態は良化し、数週間危険な状態が続いたものの、ヒーロー名は最悪の事態を免れた。


今となっては、ヒーロー名に繋がっていた沢山の管や機械もほとんど無くなり、あとは目を覚ますのを待つのみらしいが、一向に目は覚めず俺は今日も眠ったままのヒーロー名を見つめている。


「…………なぁ、そろそろ起きろよ。」


サイドキックにしてくれるんだろ。全部くれるんだろ。


…………寝てたら、何にも出来ないだろ。


弱者にする、そう言った言葉が似合いすぎるヒーロー名。今日も大きな瞳は瞼に隠され、長いまつ毛がよく見える。


「……また来るよ、ヒーロー名。」


俺は椅子から立ち上がり、病室を出る。


一時期狂ったように病院へと通っていた俺を見兼ねて、相澤先生に止められた。


お前がここに入り浸ってるって知って、あいつはきっと喜ばないぞ。そう言われて。


その言葉に納得したから、今は数週間に1回程度顔を出している。


きっとヒーロー名が目覚めた時、俺がしてあげられる事と言えば、ヒーローとして成長した所を見せるぐらいだろう。


その為に、俺は。病室に背を向けて歩き出した。





「…………ねぇ、ヒーロー名。あなたに話したいこと沢山あるわ。」


眠り続ける優しい優しいヒーローに話しかける。


「私達の家族の事。……全て上手くいったわ、今はもう一緒に暮らしてるの。…………あなたにも遊びに来て欲しい。」


あなたが守り続けてくれた家に、来て欲しい。


「あなたと子供達が話してるのも見たいわ。冬美も夏雄も焦凍も、皆あなたのことが大好きみたい。」


あの日、ヒーロー名がなんとか一命を取り留めた日。


3人ともボロボロに泣いてしまっていて、3人ともいなくならないで、ヒーロー名。と動かないヒーロー名に泣きついてきた。


そんなにも慕われていたなんて。私もあの人も知らない事実だった。


「今も皆寂しがってるわ。…………勿論私も。あなたが沢山遊びに来てくれていたのに、お話が苦手なのに頑張って話してくれてたのに、…………寂しい。」


「それに、あの人も随分気落ちしてるわ。仕事は相変わらずこなしているようだけど、…………この病室にもほぼ毎日来てるみたい。」


窓際に置かれた花瓶。そこに活けられた花は毎日色や種類を変えていて、彼が来ていることを意味していた。


「お願い、ヒーロー名。…………必ず元気になって。私達の為にも。」


自分勝手かもしれない、それでも良かった。この苦しい気持ちを、私達を繋ぎ止めていてくれたあの子への悲しみが消えるのなら。

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