ヴィランが倒れて、周りの人達が、親父のサイドキック達が、バーニンが、泣きながらヒーロー名へ駆け寄って行くのを呆然と見つめていた。
中継していたアナウンサーも、寮で一緒に中継を見ていたクラスメイト達も、皆ヒーロー名への賞賛の声を口にして、ヒーロー名は多くの人たちから褒め称えられるヒーローとなった。
しかしその賞賛達はすぐに、悲しみを耐え忍ぶ声へと変わった。
あれだけ興奮して中継していたアナウンサーも、今となっては神妙な面持ちでヒーロー名の名を声にしている。
◇
ピッ、ピッ。と機械音のする部屋で俺は今日も眠ったままのヒーロー名を見つめる。
あの日から、凶悪で狡猾だったエンジンがヒーロー名に倒された日から早数ヶ月。ヒーロー名は一度も目を覚まさずここにいる。
あの日、俺はいてもたってもいられず寮を飛び出し、親父に聞いて病院へと駆けつけた。
しかしそこで見たのは、必死に何度も体に電気を流して心臓を動かそうとする医者達と、震える手を組んで神に祈る母や姉、そして涙を流しながら声をかけ続ける兄だった。
俺はその状況に頭なんて追いつかず、ただただいなくなってしまうかもしれない、と言う恐怖で泣きながら、皆に囲まれて青白い顔をしているヒーロー名を眺めるだけだった。
そして何度目かの処置によって、状態は良化し、数週間危険な状態が続いたものの、ヒーロー名は最悪の事態を免れた。
今となっては、ヒーロー名に繋がっていた沢山の管や機械もほとんど無くなり、あとは目を覚ますのを待つのみらしいが、一向に目は覚めず俺は今日も眠ったままのヒーロー名を見つめている。
「…………なぁ、そろそろ起きろよ。」
サイドキックにしてくれるんだろ。全部くれるんだろ。
…………寝てたら、何にも出来ないだろ。
弱者にする、そう言った言葉が似合いすぎるヒーロー名。今日も大きな瞳は瞼に隠され、長いまつ毛がよく見える。
「……また来るよ、ヒーロー名。」
俺は椅子から立ち上がり、病室を出る。
一時期狂ったように病院へと通っていた俺を見兼ねて、相澤先生に止められた。
お前がここに入り浸ってるって知って、あいつはきっと喜ばないぞ。そう言われて。
その言葉に納得したから、今は数週間に1回程度顔を出している。
きっとヒーロー名が目覚めた時、俺がしてあげられる事と言えば、ヒーローとして成長した所を見せるぐらいだろう。
その為に、俺は。病室に背を向けて歩き出した。
◇
「…………ねぇ、ヒーロー名。あなたに話したいこと沢山あるわ。」
眠り続ける優しい優しいヒーローに話しかける。
「私達の家族の事。……全て上手くいったわ、今はもう一緒に暮らしてるの。…………あなたにも遊びに来て欲しい。」
あなたが守り続けてくれた家に、来て欲しい。
「あなたと子供達が話してるのも見たいわ。冬美も夏雄も焦凍も、皆あなたのことが大好きみたい。」
あの日、ヒーロー名がなんとか一命を取り留めた日。
3人ともボロボロに泣いてしまっていて、3人ともいなくならないで、ヒーロー名。と動かないヒーロー名に泣きついてきた。
そんなにも慕われていたなんて。私もあの人も知らない事実だった。
「今も皆寂しがってるわ。…………勿論私も。あなたが沢山遊びに来てくれていたのに、お話が苦手なのに頑張って話してくれてたのに、…………寂しい。」
「それに、あの人も随分気落ちしてるわ。仕事は相変わらずこなしているようだけど、…………この病室にもほぼ毎日来てるみたい。」
窓際に置かれた花瓶。そこに活けられた花は毎日色や種類を変えていて、彼が来ていることを意味していた。
「お願い、ヒーロー名。…………必ず元気になって。私達の為にも。」
自分勝手かもしれない、それでも良かった。この苦しい気持ちを、私達を繋ぎ止めていてくれたあの子への悲しみが消えるのなら。