お仕事

「み、緑谷ずりいいい!!!」


「良いなぁあ、私達も握手させて欲しい!!」


そんな風に周りが言い始めて、またもヒーロー名は困ってしまっていた。


頑張って。何を思ってそう言ってくれたのかわからないけど、目の前にいるのはヒーロー界でもトップクラスの実力派。嬉しくないわけが無い。


嬉しくてにやけそうになる頬を抑えていると、


「お前ら、いい加減席につけ。」


相澤先生の声が聞こえて、慌てて席に戻った。


「お前、まだいたのか。」


「………………。」


「どうせ教室に入ってこいつらに囲まれてたんだろ。」


「…………………………。」


何も言い返さないヒーロー名に、呆れたように笑った先生。


……ん?まだいたのかって。


「え?先生。ヒーロー名は授業とかの為に来てくれた、とかじゃないんですか?」


「違う。こいつは私用でここに来た。」


「私用?」


首を傾げる僕たちに、こくん。と頷いたヒーロー名はずんずんと歩みを進めて、後ろの方へ。


目で追っていくと、轟くんの前で止まった。


「……やっぱりそうだったんだな、……すいません、親父が。」


そう轟くんが言うとふるふると首を横に振った。


「……冬美ちゃん、が。」


「姉さん?」


そう言うと懐からスマホを取り出して轟くんに渡す。


「あ……俺の……。」


「……何かあったら、そう思った。……冬美ちゃんも、私も。…………だから、来たよ。」


「そう、か…………ありがとう。」


こくん。と頷いたヒーロー名。そうか、ヒーロー名はエンデヴァーの事務所に所属してるから、2人は面識があるんだな。


しかしながらヒーロー名は轟くんの目の前から動かない、おい。用事終わったなら帰れ。そう言う相澤先生の声にも反応していない。え?





ありがとう。そう言われて顔をちゃんと見てみれば、美形過ぎてびっくらこいた。


あれ?焦凍くん、ほんの少し前までもっと小さかったのに。と言うか冬美ちゃんの前以外じゃろくに笑ってなかった気がするのにな。


……高校入って、何か変わったのかな。良い傾向だと思う。彼のことをそこまで沢山知ってるわけではないけれど。


ちょっとだけ恥ずかしくなりながらも、任務達成。帰ろう、そう思った時


『ヒーロー名!!今雄英の近くにいるんだよな!?』


同じエンデヴァー事務所でサイドキックを務めるヒーローからの無線。


『先程、民間人暴行事件があり通報を受けて現場に向かった!』


『エンデヴァーが直ぐに現場を制圧したが、1人取り逃してな。逃げた方角が雄英高校方面!!恐らく近くの森林上部に、』


「おい、ヒーロー名、」


イレイザーの声が聞こえて、肩を掴もうとした手をこちらから掴む。


無線に耳を傾けながら、彼に向き直る。


緊張からの震えは止まり、戦闘態勢は万全だ。


「ごめんなさい、イレイザー。仕事だ。」


そう言うと目を見開くイレイザー。私は窓を開き、窓枠に乗る。


すると遠目にだが見えた、空を飛ぶ恐らく取り逃しのヴィラン。


「容姿、外見、個性は。」


無線越しに尋ねれば、聞けば聞くほど視界に入るヴィランと合致している。


「捕獲対象確認しました、捕獲します。」


『了解。』


「あれがヴィランか?」


「はい、民間人暴行だそうです。」


イレイザーの言葉に返事をし、私は対象までの距離を推し量る。


……遠いな、すぐには飛んでいけない。


「お前ら、良い機会だ。見とけ、今からヒーロー名はヴィランを捕獲するぞ。」


「まじ!?ワンパン!?」


「……ワンパンしてから、捕獲かな。」


そう言えば皆すげえええ!!なんて言ってくれて、少しだけ恥ずかしくもなる。


いつもこうやって話せたら良いのに。仕事だと言う意識が無いとすぐに全身震えだしてしまう。情けないな。


足元に圧力が段々と溜まってきて、そろそろかな。と思った時に思い出す。


『あとついでに焦凍に伝えて欲しいことあるんだけど、』


冬美ちゃんが楽しそうにそう言っていた、わざわざなんで?とか思ったけど、


「焦凍くん。」


「……?」


「冬美ちゃんから伝言あったの忘れてた。……今日の晩御飯はお蕎麦だって。」


ほんと、何でそんな事を?と思ったけど、そうだった。確かお蕎麦は、


「……良かったね。」


「…………!!」


彼の好物だったな。


「イレイザー、HRの邪魔してすいませんでした。」


「別に良い、今度借りを返して貰うからな。」


「…………?それでは、」


足に力を込めた時、


「ヒーロー名!!」


振り返れば焦凍くん。どうしたんだろ、


「…………行ってらっしゃい。」


行ってらっしゃい。


毎日冬美ちゃんがエンデヴァーと私に向かって放つ言葉。彼から言われたことは無かったな。


それがなんだか感慨深くて、嬉しくて。冬美ちゃんには頷き1つしか返せていないのに、


「……行ってきます。」


仮面の下で、笑みを浮かべた。

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