背中だけは、ずっと見てきた

ヒーロー名は、身近にいるヒーロー達の中で最も尊敬しているヒーローだ。


寡黙で、強くて、そして優しい。そんなヒーロー。


年齢も性別も不詳、なんて世の中では言われているが、年齢はまだ若いはず。ここ数年で事務所に来たから。それに性別は女性だ、たぶん。


姉さんとの会話を聞いてると、明らかに声が女性のそれだ。


見た目は中々怖いのに、女性だと知った時は驚いたな。


ヒーロー名は毎日家にやって来る。親父を出迎えるために。


そして親父が出ていくと、2人して事務所に向かう。その時姉さんは毎朝言うんだ、行ってらっしゃいって。


親父はいつもあぁ。とか行ってくる。とか言うけれど、ヒーロー名はこくこく。と頷く。それがなんだか女性だと知っているからか可愛く見えたりもする。


親父には言ってみたいなんて思った事無かったのにな。……ヒーロー名には、1度言ってみたかった。姉さんみたいに頷きを返して欲しくて。


それなのに、行ってきます。って。


今周りの奴ら皆がヒーロー名に夢中で良かった。顔が熱くて仕方が無い。


空気を蹴り、ヴィランに辿り着いたヒーロー名は、拳を1つヴィランに叩きつける。


やはりワンパン。圧倒的実力者。だからかっこいいんだ、だから憧れる。


強さと優しさを持つ、ヒーローに。





「轟くんはヒーロー名とよく話すの?」


「いや、ほとんど話した事ねぇよ。」


「え!?そうなの!?」


昼食を食べながら驚く緑谷。それに飯田や麗日なども驚いている。


「なのに忘れ物届けてくれたの?」


「それは姉さんが頼んだみてぇだ。……優しい人だから断れない。」


「じゃあお姉さんとは仲が良いのかい?」


「……あぁ、よく話してる。」


姉さん、と言うよりは俺達の事を皆大事に思ってくれてる。


親父はたまに、ヴィランとの激しい戦闘の後怪我が酷くて、入院する事がある。


それはヒーローなので仕方が無い部分でもある、家を空けるのもまぁ仕方ないとは思う。


そんな時、ヒーロー名はいつも家に来てくれた。


何も言わずにやって来て、姉さんと少しだけ会話をしながら、飯も食べず寝もせず一晩ずっといる。


最初はそれが何をしてるのかわからなくて、あと仮面が怖くて距離を置いていたが、成長するにつれてわかった。


親父の、エンデヴァーのいない家を護りに来てくれてるのだと。それに気づき、姉さんに聞けばやはりそうで。胸が熱くなったのを覚えている。


それからというもの、俄然ヒーロー名に興味が湧いて、何度か話しかけてみたが顔色なんて全くわからないし、なんなら声すら出してくれないのだから困り果て、会話に中々成功出来ずにいる。


それが、今日。初めてあんな風に口を効いて貰えた。


トリガーは仕事。仕事だと言葉を話してくれる、いや話せるのか。内気な人だと聞いたしな。


まさかあんな風に話してくれると思わなくて、驚いてろくに返事も出来なかったことが悔しい。あんなに、あんなこと、


『今日の晩御飯はお蕎麦だって。…………良かったね。』


俺の好物、覚えててくれたのに。


ろくに話したこと無いのに、きっと俺と姉さんの会話を聞いていたんだろう。玄関を向いて、俺達の事を護りながら聞いていたんだろう。


そんな些細な話を覚えててくれた。それだけで、俺は、


「……轟くん!?大丈夫!?」


「………………あぁ。」


「えええ!?ど、どしたん!?何かされた!?」


「ど、どこか痛いのかね!?どこだい!?」


あまりに慌てるクラスメイト達に笑ってしまう。俺は目元を拭ってなんでもねぇよ。と蕎麦を口にした。

top