見覚えのある、ラブストーリー


「轟くんは、卒業したらエンデヴァーの事務所に入るの?」


「あぁ、そのつもりだ。」


「そっかぁ……行く行くは独立?」


「それも考えてる。……なんでだ?」


「いや、……私が入る予定の事務所、この辺じゃないからさ。卒業したら会えなくなるなぁって。」


そう言って少し寂しそうに笑った苗字。


「……会える。」


「え?」


「苗字がどこに居ようと会える、生きてさえいれば。」


「……ふふ、確かに!!じゃあ卒業しても元気な姿でまた会おうね!」


「あぁ、必ず。」


もう会えない、そんな事実を認めたくなくて出た屁理屈は、彼女によって笑いへと変えられ、ひとつの思い出として今も俺の胸に残っている。


しかしながらそれは、ただの思い出であって約束では無かった。


必ず、なんて言っておいてヒーローを甘く見ていたのかもしれない。それ程にプロヒーローとは人を救うだけでは無く、勇気を与え、笑顔を与える仕事。


はたまたそれだけでも無く、事務仕事や警察とのやり取りなどもある為非常に多忙だ。


苗字に連絡しよう、と思う思考も時間も無く数年が経過し、


「そう言えば、苗字さんとは連絡とってないの?」


目の前で酒を煽りながら首を傾げた友人に、何やら核心をつかれたような、なんと言うか、とにかく衝撃が走る言葉を贈られた。


「…………とって、ねぇ。」


「えぇ!?そうなの!?てっきり2人は……。」


「……?なんだ。」


「い、いや!!そう言うのじゃないんなら良いんだ!!うん!!まぁ僕達だけじゃなくて、きっと皆忙しいだろうし!」


「……そうだな、…………忙しい、か。」


それを言い訳に苗字との縁を遠ざけたのはどこのどいつだ、と問い質したくなる。俺なんだが。


今更ながらにもはや疎遠になってしまったと言う現状を受け入れると、大きな溜め息が出た。時間とは、距離とは侮れないほど大きかった。あの日の苗字の方が正しかったんだ。


「だ、大丈夫?」


心配そうに顔を覗き込んでくる緑谷に頷き、窓の外を眺める。


そこには仲睦まじく腕を組み歩く男女。いつかあんな風になれたら、なんて思ってた高校生の俺よ、悪いな。


「あー…………その、轟くんは彼女欲しいとか思わないの?」


ぐさっ、緑谷は気付いてるのか気付いてないのか知らないが、核心をつくのが上手い。しかしながら今の俺にはダメージにしかならなかった。


「……欲しい、けど……」


「え!?そう言う願望あったんだ!?」


「誰でも良いとか、そんなんじゃない。」


「で、ですよね……轟くんイケメンだもん、捕まえようと思ったら誰でも……。」


「だからそう言うのではねぇ。遊ぶ気もねぇし、……ほんとに、誰でも良い訳じゃない。」


「…………それは、やっぱり苗字さんが良いって事?」


「……やっぱり気付いてたんじゃねぇか。」


「う、……ごめん。……でも僕は高校生の時から2人は付き合ってたんじゃないかなって思ってたんだ。」


「それは違う、……そんな関係じゃなかった。」


「そうだったのかぁ、クラスの皆も割とそう思ってたよ?」


「そう、だったのか……。」


「うん、……苗字さんとは忙しくて疎遠になっちゃったの?」


「……言い訳にしかならねぇな。」


「いやいや!!仕方ないよ!!きっと向こうも忙しかっただろうし……でもお互い数年プロとして働いてさ、そろそろ余裕も出来てきたんじゃない?」


「それは、最初に比べれば。」


「だろう?だったらこれからもう1回縁を手繰り寄せたら良いじゃないか!」


「……………………お前、酔ってんのか?」


「酔ってない酔ってない!!真剣に言ってるよ!!」


なんて言いつつ緑谷の頬はしっかり赤くなってる。絶対酔ってるだろ。


「もう1回、か……。」


「連絡先は?知らないの?」


「知ってたけど、携帯変えちまって無くなった。」


「え!!?」


完全に忘れてたんだ、それにヒーロー繋がりのメンツとは正直ヒーロー専用のネットワークで誰とでも繋がれる。それを宛にし過ぎた。


「でもいきなりネットワーク使ってメール飛ばしてもなぁ……今轟くん凄い有名人だし、本物かなって怪しまれるかもね……。」


「……どうだろうな。」


どうだろうな、じゃないよー!!となんとか俺の背中を押したいらしい緑谷はあーしたら、こーしたら、


とお得意の作戦展開をし始めてしまったので、埒が明かないと思った俺は緑谷を引きずり店を出た。





「本日も鮮やかな確保でしたね、ショート!!民間人に被害も無く、素晴らしい戦いでした!!」


「ありがとうございます。」


溜め息が出そうになるのをなんとか堪えて、口角を上げて笑ってみる。


苦手だ、早く帰りたい。事務作業がまだ残ってるんだ。


「……ほ、本日も本当にかっこよかったです!!また女性ファンが急増しそうですね!!」


「……そうですか、ありがとうございます。」


「ショートと言えば、何度かクリエティとの熱愛報道がありましたが、その度女性ファンの悲鳴が聞こえるようでした。あの報道の真相についてお聞きしても良いですか?」


「……クリエティとは本当に何もありません。ただ同じ高校だったと言うことで仲の良い友人の1人です。」


「報道に対するコメントそのものですね、では次に、」


まだ続くのか。と言うか八百万との事はだいぶ前の話だろ、なんで今更。


それに、もうヴィランとの戦闘とは全く関係ねぇじゃねぇか。……帰って良いだろうか。


「ずばり、彼女はいらっしゃるのですか?」


「いません。」


見ろ、この即答を。帰りたいオーラを。


溜め息が出るのをなんとか踏ん張ってるんだ、緑谷や飯田辺りが見たら大声で笑われるだろう。そんな顔をしてる自覚がある。


「では、気になる女性などは!?」


「いま」


せん。そう言おうとしたが脳裏に過ぎったのは夕陽の差す教室で寂しそうに笑った苗字。


言葉に詰まった俺を不思議そうな顔で見てるアナウンサーに向き直り、


「……います。」


そう答えた。


「い、いらっしゃるんですか!?!?それはどこのどなたで、」


「今はどこにいるのかわかりません、でも高校の時1番仲良かった人です。……連絡先を消してしまったので、連絡が取れないんです。」


「え、ちょ、」


「だから、連絡してくれ。…………待ってるから。」


それでは、と踵を返して現場へと戻った。


何してんだ、俺は。帰ったら親父にでも怒られるかもしれねぇ。……でもなんだか清々しい。


この報道を見て、こんな始まり方のラブストーリーあったよね!!と笑って欲しい。


聞こえるはずのない苗字の笑い声が、頭の中で響いた。

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