露出

な………………んだ、これは。


思わず手に提げた荷物を落としそうになる、もう一度言おう、なんだこれは。


今日はパトロールの担当がショートなので、私は日用品を買いに近くのショッピングモールへと来ていた。


勿論コスチュームの姿で街を歩けば、ヒーロー名だとバレてしまうし、注目を浴びてしまうし、子供たちには恐怖を与えてしまうので普段着のままだ。


しかしながら1度顔が割れていて、未だにその写真が出回っているためマスクは忘れずに着用している。


その状態でメモに書かれた物品を購入していき、他のヒーローたちの活躍を知るためにもヒーロー関係の雑誌を見ようと本屋に立ち寄ったところ、


ドーン、と本屋の表に置いてあった雑誌。売れてます!!なんて言葉が添えてあり、現に今目の前には残り数冊しかない。


売れているのはそうだろう、いや、まぁ、納得はする。納得はするけども…………。


「これは………………ちょっと…………。」


思わず手に取って眺める。上半身は裸でシャツを引っ掛けただけ。下半身もタイトなジーンズを纏っており、腰骨ギリギリまで露出しているような状態。


そしてなんとも色っぽくカメラ目線を送っている彼が表紙の雑誌。見出しは『今をときめくヒーロー、ショート特集!』だそうだ。


……………………聞いてない、こんな露出した撮影していたなんて。


いや、一々報告せよとも言ってないけれど、………………少なくとも自分の彼氏がこのような形で、露出しているなんて。知りたくなかった事実ではある。


そしてこれだけ売れてしまっている。世の中のショートファン達からしたらとんでもない代物だろう。


「………………………………。」


とは言え、私もまたショートの魅力はよく分かる。そりゃあ彼はかっこいい。現場で共に戦っていても本当に頼りになって、たまに仕事中でも胸を高鳴らせてしまうほどに。


だから、だから


「ありがとうございましたー!」


……………………複雑な心境ながらも、この雑誌を買うのは許して欲しい。





……………………ショートがパトロールから戻ってくるまでまだ時間はかかるだろう。


その隙に。と先程買ってきてしまった雑誌を開く。


すると、まぁ。なんとも。表紙に負けずとも劣らない露出をしているショートが沢山。


「う、わ…………。」


こ、こんなの直視出来ない、…………写真越しなのに赤くなる私は本当にショートが好きなのだろう。実物を毎日見ているというのに。


ぺらぺら、直視出来ないながらもページを捲り様々なショートを見ていく。


…………それにしても、笑っている写真は1枚も無いんだな。


そう思ってしまったが、彼が撮影現場で笑顔を見せるなんてサービス精神は持ち合わせていない事を思い出し、それもそうかと納得する。


基本的に外ではあまり笑わないショート。事務所内だと割かし笑う。…………いや、笑われてるのか私が。


…………………………笑顔は、私だけのものなのかな。


そう思うと、世のショートファン達には申し訳ないが嬉しくなってしまう。ごめんなさい、ショートは私のものなのです。


そう思い、ふふっ。と息を漏らすと


「そんな面白ぇか?これ。」


「っ!!?!?!?」


ビクゥ!!と肩が震えた。その反射で思わず距離をとる。


「っふふ……ね、猫みてぇ。」


「い、いつの間…………に…………って…………。」


バッと時計を見ると、既にかなりの時間が経過していて、ショートがパトロールを終えて戻ってきていてもおかしくは無い時間になっていた。


「……こういうの買うんだな、意外だった。」


そう言って机の上に開きっぱなしになっていた雑誌をぺらぺらと流し読みする焦凍くん。


「あ、いや…………普段は買わないけど………… その、表紙が…………。」


「…………あぁ、これか。」


表紙、と言うと雑誌の表紙を確認した焦凍くんは、なんて事ない様子でもう発売してたんだな、なんてぼやいた。


「そ、その…………普段からこんな露出した格好で…………撮影してるの……?」


「いや、そうでもねぇ。……けど、たまにこう言うのもある。」


「そ、そっか…………。」


という事は、これからもこのような写真が世に出回ることはありそうだ。……………………なんとも複雑な。


「…………何か嫌だったか?」


「え?」


「眉間。」


そう言うと私の眉間を、軽く人差し指で押した焦凍くん。いつの間に皺なんて寄っていたんだか。


「い、いや………………そんな事は何も無いけど……。」


「嘘だな、また何か隠してんだろ。」


ヴッ。最近は本当に隠し事が出来なくなってきた。


私が隠すのが下手なのもあるが、焦凍くんの勘が良くなり過ぎている。私の感情一つ一つの見逃しが本当に少なくて、良い意味でも悪い意味でも嘘がつけない。


「すぐそうやって自分の意見殺そうとするの辞めてくれ。…………俺からしたら、他の誰よりもヒーロー名の気持ちが大事だから。」


「ヴッ…………。」


今日も今日とてかっこいい。そりゃあもう雑誌の中の彼より数億倍。


しかも他の誰でもない、私に対してこんなにも甘い台詞を吐いている。その事実を痛感して、胸が痛いぐらいにときめく。


「これ見て、何思ったんだ?」


諭すようにゆっくりと目線を合わせて聞いてくる焦凍くん。嘘をついてもどうせバレるし、私は諦めて、


「…………こんな格好した焦凍くんを、…………多くの人が見るのは少し………………嫌だなって…………。」


思いました。なんて。ヒーロー活動の一環として向こうはやっているのに、なんと言う我儘。


咄嗟にそれでも続けてもらって大丈夫だから、そう続けようとしたのに、気づけば彼の腕の中。


「…………またそんな可愛いことを。」


「!?」


可愛い。どこが。これ以上ない我儘では無いか。


何を言ってるのかわからなくて彼を見上げると、優しく重ねられた唇。


「…………ヒーロー名が嫌なら辞める。撮影全部は無理かもしれねぇけど、露出多いやつは辞める。」


「え、で、でも…………たぶん依頼は来ちゃうよ……?」


「1つずつ断るから平気だ。…………それでヒーロー名が嫌な気持ちにならなくて済むなら安いもんだろ。」


そう言って笑った焦凍くんは、今日も中身までイケメンである。





「はい、はい…………なので、すいません。その内容の撮影は…………理由、ですか。…………えっと、」


肘をデスクについて電話に応えるショート。しかしながらその表情は険しい。


この間の内容を実際に出版社へ話しているのだろうが、如何せん向こうは納得してないようだ。それもそうだよなぁ……。


あの本屋さんでもそうだったが、ショートが露出している雑誌は飛ぶように売れる。それを急に出来ませんなんて言われても困るのはわかる。わかるが、ここらで止めておかないといつまでもショートはそう言った目で見られる存在になる。


それに、ショートの本当に見て欲しい部分というのは見た目や筋肉美ではなくて。現場での冷静な判断、瞬時に出せる広範囲攻撃などであって、そんなところでは無いのだ。


たまたま彼は見た目も良かっただけであって………………昔の自分と重ねて見てしまい、段々とショートの意見を聞いて貰えない出版社に腹が立ってくる。


…………これも、仕事だ。自分のサイドキックを守る仕事。


「ショート。」


「…………あ、ヒーロー名。悪ぃ、今電話、」


「貸して。」


「え、ちょ、」


無理やり奪い取った受話器を耳に宛てて声を出す。


「もしもし、ヒーロー名ですが。」


『えっ……!?ヒーロー名!?』


「うちのサイドキックの撮影ですが、露出の激しいものに関しては受けないものとしろ。と私から命令しました。」


『えっと…………そ、その理由と言うのは、』


「…………うちのサイドキックは見世物では無いので。露出の少ないものに関しては目を瞑りますが、基本的には人気も認知度も現場での活躍で得る物と教えております。」


『し、しかし……うちもショートで売れると踏んで依頼を……せめて今回だけでも、』


「…………話が通じないのなら、御社からのオファーは金輪際受けないものとします。」


『そんな!!身勝手な!!』


身勝手?


苛立ちから近くにあったデスクを殴ってしまう。


ダァン!!と響いた音は受話器の向こうまで聞こえていたようで、相手方は黙り込んでしまった。


身勝手はどっちだ。ショートの品格を下げるような真似を。


「……………………話を飲んでくださいますか。無理なら縁を切らせて頂きますが。」


『わ……わかりました…………。』


「ありがとうございます。…………失礼します。」


ガチャン!と受話器を置いて、やってしまった。とへこんだデスクを眺める。


「…………ヒーロー名、」


「……………………………………ごめん。いい大人なのに頭に血昇った。」


「いや。…………ありがとな、…………でも、あの記者が今の会話公開したらやばいぞ。」


「……その辺は、別に。」


「え?」


「…………今まで散々記者のこと無視したり、無理にカメラを現場にねじ込んできて危ないからって吹き飛ばしたりしてきたから……。」


私は割と、出版社からは良い印象を持たれてないし、その度報道もされてきたが、今日も元気に生きられている。


「だから、私のことは大丈夫。…………ショートまで悪く言われたら……ごめん。」


「いや。…………ヒーロー名の言う通りだ、俺たちは芸能人じゃねぇから。現場での評価が大事だもんな。」


それを伝えてくれてありがとう。と子供じみて苛立ってしまった私に対して笑ってくれるショートは、本当に本当に良いサイドキックだと感じて少しだけ泣きそうになってしまった。

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