親愛と忠誠

「さぁ食べて食べて!ヒーロー名さん!!」


「い、……頂きます!」


手を合わせて、笑顔を向ける冬美ちゃんに頭を下げる。


「それにしても変な感じだなぁ、ヒーロー名が俺たちと一緒にご飯食べてるなんて。」


「それねぇ、素顔晒してるだけでも珍しいのに。」


「……ヴッ。」


「やだもう、緊張しないでよヒーロー名。うちに入るのなんて慣れたものでしょう?」


そう言って冷さんは笑ったが、冷さんも揃った轟家に素顔を晒して、なんならご飯まで一緒に頂くなんて現象初めてだ。緊張で手が震える。


「…………皆、お前が来るのを楽しみにしてたんだ。少しぐらい肩の力を抜け。」


「ヴッ………………は、はい。」


「……っふふ、全然抜けてねぇぞ。」


そう言って軽やかに笑う焦凍くんは今日もかっこいい。本当にこんな優秀で見目も麗しい息子さん、私が頂いてて良いんですか。大丈夫なんでしょうか轟家の皆様。


「それにしても、なんだかんだ言って焦凍が家出てから結構経ったねぇ…………どう?今でもラブラブ?」


「らっ……!?」


「あぁ、ラブラブだ。」


「しょ、焦凍くん……!?」


「違ぇのか?」


そうか……そう思ってたのは俺だけか……なんて言って落ち込む焦凍くんに慌てると、その様子を見ていた皆さんに笑われる。は、恥ずかしい…………焦凍くんに手網を握られているのを露呈している……。


とは言え、なんだかんだそれなりに長い付き合いの轟家。慣れた人々と話すのはとても楽しい。


美味しいご飯と大切な人達に囲まれる時間は、幸せと呼ぶにふさわしい時間となった。





「…………ヒーロー名。」


「?」


縁側で涼んでいると呼ばれて。振り返ると、日本酒を持ったエンデヴァー。


「付き合え。」


「…………はい。」


あまりお酒は得意じゃないが、それはエンデヴァーも知っている。


なので飲める分だけ飲ませて頂こう。とぷとぷと注がれた日本酒を喉に流し込む。


じりじり、喉が熱くなるような感触。あぁ、アルコールだなぁ。


「仕事の方は落ち着いてきたか。」


「……はい、やっと。」


「焦凍からや、警察。ネットニュースなんかでもお前の活躍は聞いている。……相も変わらずよく働くな。」


「……ふふっ、……それはあなたには言われたくないです。」


「む。」


「エンデヴァーだって、働き過ぎだと言われるほどに人を救っている。…………そんなあなたの元で育ったのだから、…………当たり前です。」


だから、エンデヴァーはナンバーワンヒーローなのだ。


だから、エンデヴァー事務所は信頼され、多くのヒーロー志望達が目指したくなる事務所なのだ。


「……俺は、お前を育てると言うほど何かを教えられたとは思っていない。お前が勝手に俺の傍にいて、勝手に色んなものを盗んだのだろう。」


「そんな事は無いです。…………あなたの存在が教えでした。それだけで、充分…………学べました。」


あなたのその強さは、見るだけで多くのものを学ばせてくれた。


あなたの冷たさは、知ることで多くの間違いを学ばせてくれた。


そしてあなたが家族のために変わりゆく様を間近で見て、…………大切な人を守りたい。そんな気持ちを知った。


だから、私は轟家と共に在りたかった。それが今や、


室内を覗き込み、なんとも楽しそうに話している皆。


そして穏やかな表情で酒を煽るエンデヴァー。


…………こんなにも、幸せで。この幸せの中に自分もいて良いのかと心配になる。


「……お前は少し俺を過剰評価し過ぎだ。」


「え?」


「……俺はお前が思うほど、出来た人間でもない。むしろ出来た人間なのはお前の方だ。」


「…………そんな訳。」


「俺の姿だけを見て、ここまで強くのし上がってきた。……最初から見込みはありそうだったが、ここまで期待はしていなかった、だが。力を伸ばし、個性を伸ばしてここまでやって来て。…………優秀で現場を任せられる自慢のサイドキックにまでなってくれた。」


そう話したエンデヴァーは、酷く穏やかで。


静かな水面のような瞳は、いつもの猛々しい炎を隠していた。


あぁ、……なんか、泣きそうだ。少し飲みすぎてしまったかな。


「ありがとう、ヒーロー名。……俺の元へ来てくれて。…………俺の家族を大切にしてくれて。」


「…………いえ。そんなの、こちらの台詞です。」


雄英にいる間、強くなることに執着していた。


精神的にも、見た目としても、個性としても弱くて弱くて。


そんな自分が嫌で、ヒーローになんてなれない。そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくて、エンデヴァーの元へ行った。


最初こそ、強いから。怖そうだから。そんなちんけな理由だった。けど、


彼の強さを目の当たりにして、ここに来て正解だったと思ったんだ。


あなたの生き様全てが、私の糧となった。だから、


「……あなたに出逢えて良かったです、エンデヴァー。」


あなたの元へ行かなければ、今の私は無かったんだ。


この強さも、この未来も。


大切な大切な彼とも、こんな関係になれなかった。


大切な皆との過ごす時間も無かった。


「……む。なんだか照れくさいな。」


「……ふふっ、……少し、酔ったかもしれません。」


「そうだな、酒を飲むなんてそうそう無いからな。」


そう言って笑ったエンデヴァーも、少し顔が赤くなっている。お冷でも貰ってこようかな、と屋内へ振り返った時


「……………………何話してたんだ。」


「うわぁ!?」


「しょ、焦凍!!」


なんと言う至近距離。顔が良い。面が良い。突然のイケメンに心臓ばっくばくだ。


「なんかすげぇ仲良さそうに話してたから気になって…………俺だけじゃねぇぞ。」


そう言われて焦凍くんの後ろを見ると、こちらをじーっと見ている御三方。


「そう言えばお父さんとヒーロー名さんがゆっくり話してるのなんて初めて見るなーって思ったけど……。」


「……なんか、思ってたより」


「仲良いのね……?」


「ヴァッ!?ち、ちが、いや、違くもないけど、」


「言い訳か?」


「何が!?」


むっ。と拗ねてます。と言うのを隠しもしない焦凍くんがまたも顔を近づけてきて、私は狼狽えてしまう。


「……仲が良いと言うより、信頼しているだけだ。何年共に仕事したと思ってる。」


「………………にしても、今のは距離近すぎだろ。」


「そ、そんな事ないから……辞めてよ焦凍くん…………。」


お父さんにまで嫉妬しないでよ……!!ほらもうエンデヴァーなんとも言えない顔しちゃってるから……!!


「……ねぇねぇ、そう言えば気になってたんだけどさ。」


冬美ちゃんの言葉に振り返る。


「ヒーロー名って、雄英にいる時にインターンでお父さんと出逢ったの?」


「……そう、だね。存在は有名だったから知ってたけど…………実際に会ったのはその時が初めて。」


「へぇ…………ねぇ、お父さん!学生の時のヒーロー名ってどんな感じだった?」


「!?」


「学生の時のか…………。」


「え、エンデヴァー!!そ、そんなつまらない話、」


辞めてください、と言おうとすると肩と腰に手を回されて押さえつけられる。


「しょ、焦凍くん!?」


「俺も気になる。」


わくわく。そんな効果音でもつきそうな焦凍くんに青ざめてしまう。


今よりもずっとずっと未熟者だった時の話。そんなの聞かせたくないのに……!!


「うぉ、ヒーロー名大暴れ。」


「でも焦凍も力強いものね、流石に個性使わないと勝てないかしら。」


ふふふ、と夏雄くんと冷さんに笑われてるが、それどころじゃない。ちょ、本当に動かな……!?


「……初めて見た時は、今のようなコスチュームじゃなかったな。」


「え!?そうなの!?」


「どんなのだったんだ。」


や、やめて!!と言う声も虚しく晒された私の過去。


その後も体育祭で大暴れした過去や、そのせいでイレイザーに手網を握られたこと。グラウンドの破壊神と呼ばれた事など、


消し去った気でいた過去を暴かれ、私は縮こまる事しか出来なかった。

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