インハイ予選

「あ!苗字さん!今日は来てくれたんだな?」


「あぁ。昨日は仕事で来れなかったけど、今日見に来るから絶対勝ち残れって言われてた。」


「なるほどなぁ」


笑顔で手を振る日向に気づき、笑顔で手を振り返す名前。


そんな無差別に笑顔を振り撒くな。下心持たれるだろ。


「うわぁ!?なんて顔してんだ影山ぁ!?」


「……?なんすか」


「そんなに及川の事が苦手なのか?子供が見たら泣きそうな顔してたぞ!?」


田中さんに指摘されるが、今は及川さんの事考えていなかった。なのになんでだ。


「影山、及川の事が気になるかもしれないが俺は、俺達はセッターの腕として影山は負けてないって思ってるからな。」


キャプテンに肩を叩かれる。信頼、してくれてんだ。


「はい!!」


俺に出来るのはこの信頼に応える事だけ。


1度名前を仰ぎ見る。必ず勝つ、及川さんに勝つ。一緒に笑って帰ろうな。そう心の中で呟いた。しかしその時


「あれ?名前さんだよね?」


「及川くん!久しぶりー!」


「お久しぶりです!元気でしたー?」


及川さんに名前が見つかった、いや隠してなんかいないけど。


「元気だよ!今日は負けないんだから!!」


そう言って烏野の横断幕の近くで身を乗り出す名前。


「おい、落ちるぞ。気をつけろ。」


「そ、そうだね……私ならやりかねんね…気をつけます」


「はは!!相変わらず飛雄の態度は悪いまんまなんですね、いい加減疲れませんか?こんな思春期抱えて。」


及川さんが煽る。乗っちゃ駄目だ、でもここで名前に疲れた、大変だ、早く巣立って欲しい、なんて言われたら少し……しんどいかもしれない


「疲れる訳ないでしょ?可愛いくて仕方ないわ!」


そんな心配は無駄だった、名前はにかっと笑って及川さんの言葉を両断した。可愛いは余計だけどな。


「ほら!!2人ともさっさとウォーミングアップしなさい!!良い試合見せてよ!!」


そう言って笑う名前を見て、及川さんを見たら目が合った。何を考えているかなんてわからない。だけど心のどこかで思ったんだ。


名前は渡さないと。





「お!苗字ちゃん!!」


「こんにちは!!滝ノ上さん、嶋田さん!昨日は速報ありがとうございました!」


「おう!!影山におめでとうって言ったか?」


「はい!……あ、でもなんで知ってんだーとか見境無く連絡先交換してくんなーとか説教されました……」


「説教!?なんで。」


「わかんないですよ、たまに意味不明で。」


「……ふぅん」


「どうした、嶋田。」


「ん?……後で教える。」


「あ、試合始まりますね」





「ここでツーかよ!!」


「うっわぁ、今私絶対及川くん打つって思いました」


「俺も。そっからのセットアップって……完全に翻弄されてんなぁ」


「お!今度は烏野の攻撃チャンスだ!!」


「誰が打つ……?」


「うわ!!ツーでやり返した!!」


「きゃああああ!!!飛雄かっこいいいい!!!」


むすーっとした顔で及川くんに何か言う飛雄に歓声をあげる。かっこいい!!うちの弟かっこいい!!


それに気づいた飛雄がこちらを見る、全力で手を振ると嫌そうな顔された、え、なんで?


「苗字ちゃん……男子高校生からしたら流石に名前を叫ばれるのは恥ずかしいんじゃねぇかな……」


「え!?前までは名前呼んで手を振ったら笑顔で振り返してくれたのに……?」


「前ってどんくらい前だよ、下手したら5年近く前じゃねぇの」


……9歳くらい…?あれ?飛雄って今年何歳だっけ…?


「おぉ!!及川のサーブ上げた!!」


「西谷くん!!凄い!!かっこいい!!」


「本当すげぇリベロだな……」




「及川さんみたいな凄いサーブじゃないのに、取れないのなんで?」


隣で見ていた女の子達がそう話し出す、うんうん最初はよくわからないよねぇ。私も飛雄に色々教わるまではよくわからなかった。


「えっほん!それはですねぇ……苗字ちゃんわかるか?」


「え!?えっと……」



滝ノ上さんが話し掛けた割に私に振ってきた、そもそも知らない人に説明されて不審がられないかな……?


「後衛にいるセッターは、サーブが打たれる瞬間まで前衛にいる選手より前に出ちゃダメなんだ」


「だから、サーブが打たれたらすぐにネット際まで移動しないといけないの。その時に人が交錯するよね?その交錯する所って言うのは反応が遅れてミスし易いんだ。……合ってます?」


「おう!!合ってるぜ!よくわかってんなぁ!ミスし易いんだけど……来る場所さえわかってれば取れないサーブでは無い。」


「色々考えながらやってるんだぁ……お姉さん、おじさんありがとうございます!」


「おじっ……!?」


「お、おじ……いえいえ」


ショックを受けている滝ノ上さんはそっとしておこう。ちょ、嶋田さん笑いすぎ……!!




その後も接戦を繰り広げ、気づけば3セット目終盤。なんとかデュースに持ち込むまでの激闘を見て、烏野の強さも青城と言う壁の高さも痛感した。


及川くん。北一の時は頼もしい背中だったのに、今は追いつきたくても追いつけない背中に見える。


それはきっと烏野の皆も思っている事だろう。


及川くんだけじゃない、青城の強さは。金田一くんだって成長もしてるし、序盤からキレキレだ。岩泉くんには劣るが何点点をもぎ取られたか。


それに国見くん。あんなに必死にボールを追う国見くんを初めて見た。記憶が蘇る、飛雄が国見くんに怒っている記憶。最後まで追えよって。


悔しい、今になってそれを見せつけられるとは。それを飛雄の目の前で見せつけるとは。


飛雄の気持ちを考えてしまって胸が痛くなる、大丈夫よ大丈夫。今は烏野の皆がいてくれるんだから。


飛雄は大丈夫。


「苗字ちゃん、大丈夫か?」


「え……?」


「顔真っ青だぞ、気分悪いなら休んだ方が……」


「い、いえ!!大丈夫です!」


大丈夫じゃないのは私じゃないか。


軟弱過ぎて笑えてくる、飛雄はもう烏野の皆と前を向けているのに。


飛雄のトラウマはきっと私のトラウマにもなっている。それは深く深く傷付け、飛雄の傷がほとんど治ったのだとしても、私の傷は治っていない。


今も尚、その傷はきっかけさえあれば痛み続け、忘れる事を許してくれない。


「……情けない姉ちゃんでごめんね」


コートに戻る飛雄を見てつい呟く。姉ちゃんまだまだ怖いみたいだ、飛雄が1人になる事が。





「もぉいっかあああい!!!」


何度でも飛ぶ日向くん。圧倒的な運動神経に感動し、場違いではあるが羨ましくなる


しかしジャンプ力が落ちた日向くんは指先でボールを押し出し、点をもぎ取った


「うわあああ凄いよおお!!日向くぅぅん!!」


しかしいとも簡単に青城は点を取り返す


「ここでまた及川のサーブかよ……!」


しかしそれは、アウトとなる


「おぉ!!かなり焦りがあるんじゃねぇか?」


驚いている及川くん、その姿に少なからず安心する。彼もまた完璧では無いのだって。


「頑張れ……頑張れ……!」


祈るが、それは打ち砕かれ岩泉くんの得点。


「青城……1回も全国行ったことねぇって嘘じゃねぇの……?」


私もそう言いたくなる、その後の激闘もお互いに1歩も引かない。烏野が強いって分かってるのに、実際強いのに。全然突き放せない強さ。


手すりを掴む手に力が入る。遂に30点に乗ってしまった両チーム。


「げっ!!今のでローテ1周か!!」


それを聞いて青城を見れば、及川くんのサーブのターン。


嫌な、緊張が走る。


そして国見くんに決められ、青城が逆転。


青城側で笑って肩を組む国見くん。息が止まりそうになる、何故なら飛雄がそれを見て固まっていたから。


駄目、見ちゃ駄目だよ飛雄。だめ、だめ、だめ


「だめ、駄目!!」


「どうした苗字ちゃん!?」


「ダメなんです、あの子にそんなもの見せちゃ」


改めて飛雄を見る、すると声をかける日向くんの姿


しばらく反応を示さなかった飛雄だったが、気づいて一言二言話したあと、日向くんの顔を凄い勢いで掴んだ。え、い、痛そう


でもそれを見て気づいた、飛雄はもう1人じゃないのだったと。


澤村くんが話しかける、そして菅原くんも


もう孤独じゃないんだ。


そう気づいた時、胸から何かが込み上げてくる


あ、だめだ、と思った時には既に遅く目からぼろぼろと涙が溢れ出た


「苗字ちゃん!?だ、大丈夫か!?」


「……き、きに……しないで……ください……」


「いや無理だけどぉ!?」


ごしごしと目を擦り、涙を無理やりにでも止める。ちゃんとこの試合を見届けなくては。


またもボールを持ち立つ及川くんを見つめる、来るであろう強烈なサーブに緊張が走る。


しかし、見えた表情に息が止まる


どうしてそんな顔をしてるの及川くん。


切なそうな、悲しそうな、悟ったような薄い笑み。


あなたは飛雄のずっと前を走っているように見える、なのになんでそんな辛そうな顔をしてるの。


そこから繰り出された緩いサーブ、どこまでも見据える冷静さに恐ろしさすら感じた


お互いがギリギリの状態で繋ぐボール。高さが叶わない日向くんが金田一くんに強打で決められそうになるが、西谷くんのレシーブでそれは攻撃のチャンスに変わる


お願い、もう決めて。勝って!!


そう手を組み祈ったが、


ボールは落ちた、烏野側に。


33対31で烏野高校は敗北した。


悔しさに満ちた飛雄の表情、そして最後のサーブ前の及川くんの表情が忘れられないまま、インハイ予選は終わった。