喝!!

「飛雄!!お弁当そこにあるから忘れないでね!」


「……?今日仕事なのか」


「ごめん、インハイ予選見に行こうと思ってたんだけど休日出勤で……」


「………いや、大丈夫。」


「そんな顔しないで。明日、明日必ず見に行くから。絶対勝ち残ってきて。」


いい?と両手で包んだ飛雄の顔を覗き込む。


少しだけ揺らいだその瞳はすぐにいつもの強気な彼を取り戻し、


「当たり前だ、明日楽しみにしとけ」


だなんて、以前とは見違える程に私に試合を見せたいと言う意欲に溢れていた。


元気を取り戻した飛雄に安心して家を出る準備を進める。正直とっても気乗りはしないが、いつも家の為に定時で帰らせて貰っているのでこう言う時に恩返ししなければ。


「先行くね!!」


「おう」


「あ、喝入れとく?」


「………入れとく」


「おっ珍しい」


「うるせぇ、さっさとやれ」


背中を向ける飛雄。実は小学生の時から飛雄の勝負前にはいつもやっている事だった。


あれだけ荒れに荒れた中学生の時もやっていた大切な儀式である。しかしいつも嫌だとか面倒だとか言われて、腹を立てた私が無理やり背中をぶっ叩いて喝としていた。


それが今回はどうだ、自ら背を見せる辺り成長を感じてまた泣きそうになる。姉ちゃん嬉しい……!


「よっしゃ行くぞぉ…………頑張って来い!!」


バシーン!!


「…………っ!!……毎年力強くなってねぇか」


「嘘?その内林檎ぐしゃあって出来るかな」


「俺の方が先に出来るようになる」


「なんだと。負けんぞ。……やば、時間。行ってくる!!」


「ん、行ってらっしゃい。」


飛雄に背を向け影山家を出る。気持ちの良い晴天に祈った、
飛雄が泣いて帰ってきませんようにって。





「ただいま」


「おかえり!!」


帰って来た飛雄に抱き着く。驚く飛雄だったが、なんなく受け止められてちょっと悔しい。


「どうした」


「勝ったんだね!!」


「おう。……なんで知ってんだ」


「滝ノ上さん達からメール来た!!」


「は!?また連絡先交換してたのかよ」


「だって飛雄最近まで試合の日程全然教えてくれなかったから」


「だからって……!……これからはちゃんと教えるから、見境無く知り合い増やすの辞めろ」


「見境無く!?そんな訳無いでしょ!?」


「いいから。やめろ。今日勝ってきたんだ、俺の言う事聞け。」


「横暴だなぁ!?まぁいいけど……明日は休みだから!飛雄の勇姿見に行くよ!!相手はどこ?知ってる所かな?」


「……結果は聞いたけど、次の対戦相手は聞いてねぇんだな」


「うん、どこ?」


飛雄の好きなポークカレーをよそいながら聞く


「青城」


思わず皿を落としそうになる。え!?


「えぇ!?及川くん所!?」


「………うん」


「…………怖い顔してるよ、大丈夫。飛雄も烏野も強いから!!」


眉間に皺が深く刻まれている飛雄の顔を覗き込み、少しだけ心配になる。


及川くんはずっと飛雄が追いかけてきた背中だ。それを簡単に越えられないことは勿論飛雄もわかってるだろうし、話を聞いてきた、見てきた私もわかっている。


でもだからって弱気になって良い理由にはならない、大盛りご飯にたっぷりカレーをかけて温玉を乗せる。


「はい!!いっぱい動いていっぱい筋肉虐めたんだから、沢山食べて筋肉修復しな!!」


「!!……コーチみてぇな事言うんだな」


「何っ、私にコーチの資質が……!?」


「違ぇよ馬鹿。……美味そう、頂きます!」


「どうぞ、馬鹿って言ったのは聞き逃さないからな」


「こまひぇえな」


「飲み込んでから話しなさい」


もぐもぐと口いっぱいにご飯を詰め込んだ飛雄。まるでリスだけど、実は身長180センチ越えの大男なので全然可愛くない。


私も席について食べ始める。今日は私も疲れたなぁ、眠たい。


「……名前、疲れてんのか」


「ちょっとね、でも大丈夫だよ。明日の為に今日は早く寝なくちゃ」


飛雄の勇姿を眠気と闘いながらなんて見たくない。





「ちょっとね、でも大丈夫だよ。明日の為に今日は早く寝なくちゃ」


そう言って笑った名前


朝起きて洗濯して、朝飯作って弁当作って。仕事行って帰って来て夕飯作って、洗濯物片付けて。


俺がわかる範囲でもこれだけの事を毎日やっている名前。


いつもの事。それはそうなんだけれど、それに加えて俺の事まで気にかける。試合だって見に来る。


喝も名前に入れてもらうし、負けて悔しくて泣きながら帰って、慰めてくれるのも名前。


俺は名前にこんだけやって貰ってるのに、何も返せていない。


疲れているのに笑って明日の試合楽しみにしてる、って言ってくれる名前に何も。


悔しくて、下唇を噛む。こんなんじゃガキ扱いされても当然だ。


「どうしたの?明日緊張してる?」


顎を持ち上げられ、顔色を見られる。名前はいつも俺の表情が晴れない時、顔に触れてしっかり見て、確かめる。


泣いてる時も緊張してる時も、怒ってる時も悲しい時も。いつも、名前にはお見通しだ。


なのになんで。名前への想いは伝わらないんだ。


「……名前」


「うん?」


「明日絶対勝ってくる、及川さんに勝ってくる」


「……うん、その意気だ!!それでこそ私の弟!!」


弟じゃねぇよ、と訂正し、笑う名前に釣られて笑う。


今はまだこれでいい。こう言う形でしか名前を喜ばせられないから。


でもいつかは、なんて試合に集中出来てない脳みそにため息をついた。