姉ちゃんもどきがいらなくなる日

1人外へ出て、外の空気を吸った。


皆はご飯に行ったらしい、コーチから連絡があった。


飛雄はもう、こんな時にご飯を食べなさいって言う人も、ご飯を一緒に食べてくれる人もいるんだなぁ。


「姉ちゃんちょっと、寂しいかもしんない。」


へらりと笑って気づかないフリをする。負けた悔しさと、自分から自立していく弟への寂しさから込み上げる涙に。


こうやって私は飛雄にとって不必要な人間へとなって行くのだろうな。なんて飛雄が良い方向へ進んでいると言うのに、皮肉めいた考え方しか出来ない自分に嫌気が差す。


姉ちゃんいなくてもきっと平気だろう、そう考え影山家と苗字家の人々にメールを送る。飛雄に対しては今は少し話したくないので誰かに伝えてもらうかな。


車に乗り込み家に向かう、今日は飛雄の成長をお祝いしよう。





「あら、おかえり。試合の結果名前ちゃんに聞いたわよ。……残念だったわね」


「ただいま。………ん。……?なんで母さんいるんだ」


「何よ、いちゃ悪いの?」


「そうじゃねぇ、いつもこんな時間いねぇだろ」


「今日ね、名前ちゃんうち来ないみたいだから夕飯お願いしますってメール来たのよ」


「え……?」


「さっき苗字さんとこのお母さんとも会ったわ、聞いたらそっちにも帰ってないみたいだから遊びにでも行ったのかしらね?まぁ20代前半だし遊びたい年頃でしょう」


そんなとこに突っ立ってないでさっさとお風呂入ってきなさい。そう母さんに言われるまで動けなかった。


なんでいねぇんだ名前。


酷く悔しくて、悔しくて悔しい。その分沢山泣いてきた。


でもいつもこんな時、負けて悔しい時、王様って言われた時、チームメイトに見放された時、白鳥沢に落ちた時。   一代さんがいなくなった時。


いつも隣にいてくれたのは名前だった。


なのになんで。いねぇんだよ。


見放された。そんな事名前に限ってある訳ないのに、思ってしまった。


さっき散々泣いてきたと言うのに、奥歯を噛み締める。拳を強く握る。


なんで、なんで。慰めてくれよ名前、話聞いてくれよ、隣にいてくれよ。


俺は携帯を開き、名前へ電話をかけた。





ブーッブーッと振動する携帯。


それをただお酒が乗ったカウンターに並べて眺める私。影山飛雄と言う文字を見て出る気が失せる。


もう姉ちゃんいらないんでしょぉ……姉ちゃんいなくてもちゃんとご飯食べて、前向けるんでしょ。


そう思い、お酒を喉に流し込む。久しぶりに来た呑み屋だが、1人に寛大な店で影山家との距離が近すぎる私にとっては居心地が良い。


試合は、とても良い試合だった。滝ノ上さんも言っていたがそう言うしか無いほどの試合。


きっと選手の皆は全然納得もしてないし、後悔も多いんだろう。でも皆で悔しさを共有して、ご飯食べて、また練習して、皆で時間をかけて強くなるんだろう。


それら全てを共有する仲間が飛雄に出来た。


それは今まで私が全うしていた役目を今度は烏野の彼らが全うするという事。


私はこんな日に飛雄の隣にいる必要が無くなったのだ。


「あーぁ………寂しいなぁ」


思わず口に出す。酔っているのは自分でもわかってる、だからこそ正直に出てしまう。


なんだかんだ言って執着しているのは私なんだよなぁ。何が飛雄が高校生卒業するまでは嫁に行かない、だ。


今まで、弟離れの為に付き合ってしまった元カレも何人かいる。それ程私は飛雄離れが全然出来てない。


しかし向こうは出来てしまっているのだ、なんと言う片想い。


こうやって強制的に色んな役目を解雇されていくんだろう、なんて将来を考えるだけで寂しさ倍増だ。


はぁぁ……とため息をついて時計を見れば20時を回りそうな所だった。夕方から来ているので意外と長居してしまっている。


結局1度も電話には出なかったけど、大丈夫だったかな、なんて携帯を開けば着信履歴は10回を超えて、眉間に深い皺を寄せた飛雄の顔が過ぎる。


あー……帰ったら怒られそう…でも影山家のお母さんにご飯の事ちゃんと頼んでおいたから、ご飯さえあればいいでしょ、私の役目なんてあとは家事だけなんだし。なんて自虐的に笑う。


帰りたくないなぁ、お会計を済ませて外に出る。するとまた震える携帯電話。


しばらく見つめて、通話ボタンを押す。


「もしもし」


『おい!!なんで今まで出なかった!!』


「あれ?元気そうだね」


私なんかいなくても全然。そう思って私は飛雄の激重彼女かよ。なんて自分で突っ込む。


『……元気な訳、あるかボケェ』


「でもいつもよりずっと元気。皆で行ったご飯美味しかった?あ、あと久しぶりに食べたお母さんのご飯はどうだった?」


『飯の事ばっかじゃねぇか』


「あー……そだね、ごめん。」


『美味かった。でもどこのより誰のより名前の作る飯が一番美味くて』


一番元気出る、そう続けた飛雄に酔ったからかそれとも本心からか涙が零れた。


「……っ、……そっか……」


『……?名前?…お前泣いてんのか?』


「……泣いて、ない」


今日はよく泣く日だ。日頃泣く事なんてあんまり無いので新鮮だなぁ。


静かに流れる涙を止めることすら辞めて、歩き出す


『なんで泣いてんだ、おい』


声色から慌てているのがわかる。ごめんね、困らせちゃって。


「泣いてない、大丈夫、……っだから」


『嘘ついてんじゃねぇ!!今どこだ、迎えに行く』


「大丈夫、……ひっく……っう……すぐ……っ帰るから」


『うるせぇ!!今どこだ!!』


電話越しに怒鳴られる、なんで怒られなきゃいけないんだ、飛雄なんかに。私の事なんかほっといてよ。とまた激重彼女的な事を考えてしまう。


「……っうるさい、飛雄には関係ない」


『はぁ!?』


「切るから」


『ちょ、まっ!!』


ブチッと通話を切り、そのまま電源まで落とす。


空を見上げて、星を見ながら家の方向へゆっくり帰る。上を見上げたらその内止まるかなぁなんて思った涙は、


昔は一緒に手を繋いで泣く飛雄に上を向いて星を見ながらお家に帰ろう?と言って涙を引っ込めさせてたなぁ、と思い出してしまって更に込み上げてしまった。


遂には視界すら歪み、歩けなくなる。立ち止まり、ごしごしと涙を拭う。拭っても拭っても止まらない涙に、目が傷つくから辞めなさいと怒ったのは私だったのに、とまた飛雄との思い出を思い出して嗚咽も出てくる


私の今までは飛雄と一緒だった。何を見てもどこを歩いてもきっと思い出してしまう。


こんなに一緒だったのに、尽くしてきたのに、手元を離れるのは一瞬なんだなぁ。


「……ひっぐ……うっ……」


嗚咽も涙も止まらない。飛雄が声を上げて泣いた時は私が泣き止むまで隣にいて、慰めたけれど


私の事は誰も慰めてくれない、飛雄離れの為に付き合う彼氏も、もう感情の共有が出来る仲間が出来た飛雄も、よく出来た子だと思っている両家の親達も。


結局私は飛雄がいないと駄目なんだ


「……ひっぐ……と……びおぉ……!」


「おう」





ぐちゃぐちゃな顔のまま顔を上げると、そこにいたのは手元から離れた飛雄。


「なんで……」


「家の周り探し回った。お前の体力だしそんな遠く行けねぇと思って。」


それはそうだ、飛雄にしては名推理である。ってそうじゃない。なんて顔を晒したんだ、飛雄にこんな大泣きした顔見せたのなんて初めてかもしれない。びっくりして涙は引っ込んだけれど、顔が酷すぎる。


「そ、そっか。ごめんね迎え来てもらって、帰ろう。」


「待てよ、やっぱり泣いてんじゃねぇか。どうしたんだよ。」


ぶっきらぼうな言い方に、そんな態度の奴に話したくなんかない。と思ったけれど、顔を上げて見た飛雄は困ったように眉を下げて、心配しているのが目に見えた。


「……ごめん、そんな顔させて」


「俺じゃなくて自分の心配しろ、どうしたんだよ。……試合の事か?」


「………違う、良い試合だった」


「……そうか。俺は、まだ、……受け止めきれてねぇ」


悔しそうに言う飛雄。当たり前だ、数時間前の話なんだ。悔しいのは当たり前。


「それで良いと思うよ、……ご飯食べてちゃんと寝て、」


「時間がきっと色んな傷を癒すから。だろ?」


いつも飛雄に言っていた内容、覚えていたんだ


「だからこんな時飯食えって言われるのもちゃんと寝ろって言われるのも。長い時間隣にいて励ましてくれるのも名前だった。なのに、なんで今日いねぇんだよ。」


「……え?」


「お前がいなきゃ、俺の今日が終われねぇ。名前の作るいつもの飯食って、悔しがってねぇで寝ろって言われて、明日の朝またいつもと変わらないようにおはようって言ってくんねぇと、」


俺は前に進めねぇんだよ。そう言った飛雄は悲しさに満ちた表情をしていて、酷く胸を締め付けた。


そしてそんな顔をさせているのは自分だと言うことにショックを隠せない。私はもう、慰めるのに不必要な人間だと、


「俺は名前がいねぇと駄目だ。……見放すなよ」


こんなの飛雄離れが出来るはずがない、私にとっては、殺し文句だ。


ぼろぼろと溢れた涙に飛雄は驚き、慌てふためく


「え、ど、どうした!?なんか嫌だったのか!?」


「ち、違う……嬉しくて……」


「は……?」


「もう飛雄は……1人じゃないから、皆がいるから……私はもう慰めるのに不必要な人間なんだって……」


「んなわけねぇだろ。……ちいせぇ頃から背中を押すのも前を向かされるのも名前だった。これからだってそうだ、俺の背中、押してくれよ。」


「……そんなんじゃ、……姉ちゃん離れ出来ないよ?」


「姉ちゃんじゃねぇだろ。」


そう言って薄ら笑みを浮かべる私の腕を引き、飛雄は胸に閉じ込めた


飛雄の温もりに安心して、まだ隣にいていいんだと嬉しくて背中に手を回す。


飛雄、まだ姉ちゃんでいさせてね。飛雄が私の事本当にいらなくなる日までは。