姉ちゃんもどきに教わる

「今日牛若に会った」


「………源義経?」


「何言ってんだ?」


何言ってんだはこちらの台詞だ、牛若丸の本名ぐらい覚えとけや高校生。


「牛島若利。日本ユースに選ばれてる白鳥沢のエース。」


「へええええそうなんだ!?凄い人と会っちゃったじゃん!?なんで会えたの?」


「…………練習で坂道ダッシュして」


「うん」


「日向に負けたくなくて走り続けてたら、」


「……うん?」


「知らない場所まで走っちゃって、会った」


「あははははは!!!!」


「笑うな!!」


「馬鹿だなぁ、あははは!!!」


「そんで白鳥沢の中見せてもらって、広過ぎて迷った」


「あひゃひゃひゃひゃ!!!!」


「笑うなっつってんだろ!!」


「ひいい、お腹痛い……」


「クソ………牛島さん、デカかった。ぜってぇ負けねぇ。」


「うんうん、頑張れ、姉ちゃん応援してるぞ!」


「姉ちゃんじゃねぇだろ。……そんで来月東京遠征決まった」


「え!?」


「音駒とか色んな学校と練習試合出来る遠征。」


「凄いね!?……でもまた泊まりかぁ、寂しいなぁ」


「いい加減慣れろ。………それで、」


「ん?」


なんだか急に会話のテンポが遅くなる


ソファーに座った飛雄を座椅子に座った私が見上げているので、俯いて言いづらそうにしているのが丸わかりだ。なんだ、何か悪い事でもしたのかこのクソガキさんは。


「…………期末テスト」


「テスト?」


「赤点取ると、補習になって遠征行けねぇ」


「取らなきゃいいんじゃないの?」


「…………。」


「は?あんたそんな頭悪かったの………?」


「うっせぇ!!昔からだろ!!」


「いやにしても!!烏野ってそんな偏差値高くないでしょ!?それで赤点って……」


絶句。確かに飛雄は頭の出来は相当悪い。烏野に入る時も白鳥沢は一般だと申し訳ないが無理だと思っていたので、烏野に賭けたが、


私と猛勉強してなんとか入り込めたようなものだった。しかし入学してからのテストも酷いなんて。中間テストの結果そう言えば聞いてないなと今更になって思い出す。きっとその時赤点取ったんだろう、奴の顔を見たらすぐにわかった。


「いいから!!勉強教えろ!!」


「え!?それ教えてもらう人の態度じゃないよね!?」


「うるせぇ!!教えろ!!」


どこまでも理不尽かつ横暴な弟に何故こうなった……と動揺する。そもそも私に教わらなくても良いのでは。


「バレー部の人とか、クラスの子とかに教えて貰えないの?」


「……バレー部の頭良い奴に教えてもらう予定だけど、部活の後少しだけだから全然足りねぇ」


あとムカつく。そういう所そういう所、飛雄のけっ!!とでも言いたげな顔に指摘したくもなるけれど言ったらまた理不尽にキレられるのでそっとしておく。


「……わかったよ、またテスト範囲ちゃんと聞いてきてね?あと教科書とか全部持って帰ってくること。」


「ん、わかった」


満足気な顔をして部屋に帰った飛雄。飛雄に教えるのしんどいんだけどなぁ……と項垂れながら、私も家に帰ることにした。





「あれ、影山ここは出来てるんだね。……他は酷いけど」


「ここ昨日名前に教えてもらった」


「何!?お前月島達に加えて苗字さんにも教わってんのか!!」


「名前さんって頭いい訳?」


「頭良い。よくわかんねぇけど、あの、駅の近くの……名前忘れたけど、頭良い大学、あそこ行ってた。」


「………それって、」


「……本当に頭良いんだ、それなら僕に教わるより苗字さんに教わった方がいいんじゃないの?」


「この時間に帰っても家事やってるから教えて貰えねぇ。だから月島に教わってから家帰って名前に教えて貰う。」


「ずりぃぞ!!俺も苗字さんに教わりたい!!優しそうだし!!」


「駄目だ、あいつは俺の、」


俺の、なんだよ。俺のものだって言えない関係にイライラする。


「影山?」


「……なんでもねぇ、とにかく駄目だ。」


「なんでだよー!!」


「うるさい、君たち時間無いんだから早くやりなよ」





「はいこれ、答えのとこオレンジで入力してあるから赤シート使って、ノートにひたすら書いて頭に叩き込む!!」


「おぉ……すげぇ、消える」


「感動してないでちゃんと活用しなよ?」


「ん、ありがとう。……そう言えばこの間マネージャーの仮入部の人が来た」


「え?女の子増えるの?」


「入部したらな。1年生の人だった。」


「えー!!いいじゃん!来年からもマネージャーいるかもじゃん!!……その子頭良くないの?勉強教えて貰ったら?」


「ん、それで今日日向と勉強教えて貰いに行った。」


「とと、飛雄が……自ら女の子のところに出向くなんて……!?」


「う、うるせぇ!!」


「え?可愛い?可愛い子だった??マネージャーと選手が付き合ってアオハルする……きゃああ!!いいねぇ!!」


「うっせぇぞBBA」


すかさず始まる取っ組み合い。こんな細腕で俺に敵うと思ってんのかこいつは?


「ふん!!」


「ぬわぁ!!」


俺が押し勝ち、吹っ飛ばす。


「鍛え方が違ぇんだよ、出直して来い」


「くそう……いつか見返してやる……!!じゃなくて、なんて言う子?また似顔絵描きたい」


「またやんのか?……俺も数回しか見てねぇからあやふやだけど…」





「よっしゃ、頑張っておいで飛雄!!喝入れる!?」


「おう、頼む」


いつにも増して凛々しい表情をする飛雄。我が弟ながらイケメンだ、姉ちゃん惚れそう。


どりゃああ!!と背中をぶっ叩き、喝を入れる。赤点回避、してこいやああ!!


「目指せ!!赤点回避!!」


「ん、行ってきます!」


「行ってらっしゃい!!」


正直全力で教えたものの、赤点回避の可能性は五分五分だ。問題次第だろう、彼の脳みその容量はバレーボールにとられすぎて、全然覚えられなかったので軽く山を張ってしまった。


頼む、勉強した所出てくれ……!と閉まった扉に願ってしまう。遠征に行けないと決まってしまった飛雄の顔を想像するだけで、胸が痛くなる。


私も教えた責任を感じるのでどうか穏便に済んで欲しい……!


そう願ったものの、現実は甘くなく私は膝から崩れ落ちるのであった。