谷地さんと姉ちゃんもどき

「飛雄、タオル足りてる?」


「………足りねぇ」


「だよね、1週間あるから沢山持っていかないと足りなくなっちゃうよ?」


明日から飛雄は東京に1週間の遠征に行ってしまう。寂しいけれど、毎日電話してくれると言っているので少し気は紛れる。


「大丈夫?忘れ物は無い?」


「大丈夫、昨日確認した。」


そして夜になり、家を出る直前に荷物の確認を一緒にして、見送る。


「頑張っといでね!」


「ん、……名前」


「何?」


「寂しくても泣くなよ」


「もう泣かないよ!!最近GWとかこの間とか泊まり込みの練習多いから、慣れてきた。飛雄が私の元から巣立っちゃっても泣かない良いトレーニングになってる。」


実際飛雄が本来いる時間にいないのは凄く寂しいが、飛雄はきっと高校卒業したら地元を離れるだろうし、こうなる事は目に見えてる。


未来を見据えて慣れておく為のトレーニングだ。


「……よく覚えとけ、」


片手で上を向かされ、目が合う


「俺が帰る場所は名前がいる場所だ。忘れんな。」


行ってきます、とするりと私の顔から手を離して出て行ってしまった飛雄。


いつからあんな男前な事言えるようになったんだ。


また成長したなぁ、姉ちゃん置いてきぼりだなぁ。


さて私はもう寝ようかな、明日も仕事だし。と洗顔をする為にピン留めとヘアバンドを持って洗面所へ向かう


しかし私は洗面所へ来て、固まる。何故なら鏡に映った自分が驚く程に顔を赤くさせていたから。


そして誤魔化しても誤魔化し切れないほどにバクバクとうるさい心臓。


何これ。理解出来なかった私はとりあえず、顔に水をかけ、頭を冷やした。




『もしもし』


「もしもし?どう?順調?」


『……イマイチ』


「そっかそっか……」


『名前は?』


「え?いつも通りの1日だったよ、強いていえば飛雄の事をよく考えたかなぁ」


『……俺の事?』


「うん、貴重な東京遠征で新しい速攻成功させて帰ってきたら、きっと活き活きした笑顔を見せてくれるんだろうなぁって」


『…………ん、そうなるように頑張る』


「おう、頑張れ頑張れ!!」


『そろそろ寝る、名前もちゃんと布団で寝ろよ。ソファーで寝落ちすんなよ。』


「わ、わかってるよ!!たまにやるだけじゃん!!おやすみ!!」


『……ふふ、ははっ!……おやすみ』





それから1週間、毎日夜に電話がかかってきたが少しずつ前進しているようで、日々成長した所を楽しそうに嬉しそうに報告してくれる飛雄が私は可愛くて仕方ない。


そして今日は飛雄が帰ってくる日。ことこと煮込んだカレーは仕上がった。あとは帰ってくるのを待つのみだけど……


ガチャと扉が開かれる音がする


急いで玄関へ向かえば、1週間ぶりの飛雄。


たかが1週間、されど1週間。私は飛雄に抱きついた。


「うおっ、ど、どうした」


「おかえり」


「た、ただいま……?」


「ごめん、1週間はちょっと堪えた」


離れていた時間を埋めるように、飛雄の筋肉質な体に擦り寄る


「寂しくて泣いたか?」


「泣いてない!!」


「じゃあ上出来だな」


なんて言って頭を撫でられた。なんかムカつくけど、安心してる自分にもムカつく。


「腹減った」


「カレー出来てるよ!!土産話、話してよ」


「ん、でもまずは飯だ」


「はいよー!」





「そっかぁ!!今日成功させて帰ってきたんだね!!おめでとう!!」


「ん、ありがとう。だいぶ時間かけちまった。」


「それでもちゃんと成功させるなんて凄いよ、飛雄も日向くんも。ふふ、春高が楽しみだなぁ!!」


「びっくりして2階席から落ちんなよ」


「そんなに!?」


「名前ならやりかねん」


「ほう、温玉はいらないらしいな」


「な!!それはずりぃぞ!!」


「ハッハッハー!!大人を舐めんじゃないよ!!」


「くっそ………及川さんと似てる……」


「なんか言った?」


「言ってねぇ!!」


「うわ!?急にキレんなよぉ!」





今日は土曜日。


飛雄は部活に行ってしまった。さて私は何しようかなぁ、と考えた時に思い出す。


そう言えばと思い出す新マネージャー谷地さんの存在。


谷地さんの似顔絵も書いたんだったなぁ………似てるか確かめに行こうかな


自分の画力への自信とびっくりするであろう飛雄の表情ににやつきながら、私は外に出る準備を進めた。





「仁花ちゃん、ドリンク作ってきてもらってもいい?」


「はい!!」


ボトルを沢山抱えて、外の水道に向かう。


8月頭、非常に外は暑い……でも体育館の中も蒸し蒸しで暑い……


皆が熱中症にならないか心配だ、その為にもドリンクは多めに準備しておかないと。


段々と手際良く出来るようになったドリンク作り。持ってきたボトル全てに入れ終わったので立ち上がり、体育館へ戻る。


「ありがとう!」


「いえ!お安い御用です!」


清水先輩は今日も綺麗。なんかもう異次元。私もあんなつやさら髪になりたいなぁ。


あんな綺麗な髪なら伸ばしても綺麗なんだろうなぁ、あの人みたいに。


ふと外を眺めると綺麗で長い髪を緩く巻いて、1つにまとめた美人が歩いていた。


遠目に見ても美人だ……近くで見たら失明するかもしれない……


しかしその美人はあろう事かこちらに向かってきた。え!?


日傘を差して、ノースリーブのトップスに足首までのジーンズ、そしてヒールが少しだけあるサンダルを履いてお姉さんはこちらに向かってきた。


めめ、めっちゃ美人なんだが!?顔ちっさぁ……スタイル良すぎ……細いのに出るとこ出てるって言うかなんと言うか………歩き方まで綺麗に見える……


誰かのお姉さんとか……?いや誰にも似てないけど……


うわぁ、お化粧もバッチリだ、こんだけ暑くて私は汗まみれなのに、全然崩れてない……凄い……綺麗なおめめの周りはキラキラしてて……眉毛もシュッとしてて………


「こんにちは」


気づけば私は有り得ないほどの近さで美人さんの顔を拝んでいた


「ぎゃっぎゃああああ!!!ごめんなさいごめんなさい!!!もう少しでちゅーしちゃいそうな近さで私の汗まみれの顔を見せてしまってごめんなさい!!」


「え?大丈夫だよ、それより大丈夫?凄い勢いで吹っ飛んでったけど」


あははは!!とケラケラ笑う美人さん、笑うと少し幼く見えるのは計算された可愛さですか?


「だだ、大丈夫です!!」


「ふふ、面白いね………谷地さん、でしょ」


「!?!?」


「あははははははは!!」


お腹を抱えて笑う美人さん、何故私なんかの名前を……!?


「ひいい、面白い!!谷地さん顔芸凄いことになってるよ………ぶっふふふ、暫く思い出し笑いしそう………」


「あ、あの、なんで私の名前……」


「あ!!苗字さん!!」


「なんだと!?苗字さん!?どこですか!?」


「苗字……さん……?」


日向との会話を思い出す、影山くんのお姉さんのような人でめっちゃ美人な人。


この人か!!!そりゃ美人なこった!!


「ちわっす!!田中くん!飛雄をぶん殴ってくれてありがとう!!」


「い、いえいえ!!俺殴る事でしか止めれなくて!……そ、それにしても苗字さん、今日もお綺麗っすね……?」


「え?そう?ありがとう!でも暑くて困っちゃうねぇ、化粧ドロドロになりそう」


「あの!苗字さん!!」


「はい!なんでしょう谷地さん!」


「私の事は影山くんから聞いたのでしょうか……?」


「そうだよ!見た目とか性格とか教えてもらった!……そう言えばちゃんと自己紹介してないね?飛雄の姉の名前です!」


と苗字さんが言った瞬間に苗字さんの肩は勢い良く掴まれる。


「…………なーんちゃって…?」


振り返らずに苗字さんは笑ってるが、冷や汗がとんでもない事になってる。


「何がなーんちゃってだお前……?なんで来てんだよ……?」


「ごめん!!谷地さん見たくて来ちゃった!!」


「えぇ!?私を見る為に!?」


「そう!飛雄の練習に付き合ってくれる優しい子だって聞いてたからさ、私も知り合いたくて!」


「そ、そんな、私なんか大したこと無くて」


「いやいや、すっごい可愛くってびっくりしたよ!?守りたくなる感じ!!」


「名前はたまにすげぇ殴りたくなる感じだよな」


影山くんがそう言った瞬間に影山くんの顔面にめり込む苗字さんの拳。えぇ!?


「いってぇな!?」


「今凄く殴りたくなっちゃって」


「そうか、じゃあ俺も次殴りたくなったらすぐ殴る事にする」


「やってみ??私の顔に傷つけたら嫁に貰わないといけないんだからね??」


「おう、嫁に来い」


「何言ってんの?」


「……………え?日向、ちょ、日向、」


「うん、わかる、わかるよ谷地さん………俺も動揺が隠せない」


息を吸うようにプロポーズまがいをした影山くんと、全然真に受けない苗字さん。どういう関係!?


「影山………いつの間にか大胆になって……」


「成長したな……この……アザラシめ……」


え?先輩方の中では共通認識?常識?………って事は苗字さんは影山くんの好きな人ってこと……!?


それなら彼女に向けるような優しい笑顔を見せるのにも納得だ。なんだ、そういう事だったのか……!


「すいません!練習邪魔しちゃって。気にせず練習して下さい!」


にっこりとコーチに笑いかける苗字さん。烏養コーチは少しだけ顔を赤くさせている、流石だ、流石美女だ。でもそれを見た影山くんの顔が怖すぎてコーチも周りの人々も、勿論私も顔が青くなる。


とてもじゃないが欠点なんて無さそうなお姉さんこと苗字さん。綺麗過ぎて緊張するけど、もっと色々話してみたいって思わされるのは彼女の気さくな人柄からだろうか。