姉ちゃんもどきと海

「海行くぞ」


「行ってらっしゃーい」


「行くぞ」


「無理」


「なんで。」


「飛雄は部活で忙しい上私は暑さで溶けるから。」


「今度オフあるって言っただろ」


「聞いた」


「行くぞ」


「でも私は溶けるから無理」


そもそも急に何言ってんの?このバレー馬鹿は。


「なんで海になんて行きたくなったの?このインドア部活が。」


「田中さんと西谷さんがこの間海に遊びに行ったらしくて、楽しかったって聞いた。」


なるほど、先輩達からの入れ知恵か。


「そもそも飛雄海に行ったのなんて何年前だっけ?」


「……小学校低学年くらいじゃねぇの」


「……下手したら10年くらい前だね…」


「おう、だから行くぞ」


「行こうって誘う人の態度じゃねぇな」


いつも思うがなんでこんなクソガキになったかな??


「それなら私とじゃなくてバレー部の人達と行ってきたら?」


「…………?そう言わなかったか?」


「は?」


「バレー部で行く事になったから、名前も誘って来いって言われた。」


「聞いてないけど??」


相変わらず言葉が足りないヤツめ。危うく辻褄が合わないまま話が進んでいく所だった。


「特に田中さんと西谷さんが誘って来いって言ってる。あと1年達があんまり名前と関わってなくて知らないから紹介もしたいって。」


確かに。この間久しぶりに部活に顔を出して彼女役を演じてきた訳だけど、ほとんど飛雄と一緒にいたので新1年生達と関われなかった、無念。


「それなら…………あ、でも水着無いなぁ買いに行かないと」


「俺もねぇ」


「だよねぇ、いつ行くの?それまでに部活終わりにでも一緒に買いに行こうか」


「ん。」





「来たぜ!!!!」


「海!!!!」


「この間も遊びに来たって言うのにテンション高ぇなぁ……」


呆れる縁下さん。それに対して叫び続ける田中さんと西谷さん。


しかしテンションが上がるのもわかる、海なんて凄く久々に来たし、こんなデケェもんだったのかと興奮する


「うぉおおおおお!!!水着に着替えるうう!!」


「あ、おい!!フライングすんな!!」


更衣室へ走って行った日向を追いかける、ここでも負ける訳には行かねぇ!!





「元気なこった……」


姉ちゃんは今にも溶けそうだよ……と更衣室へ走って行った2人を眺める


「苗字さん、大丈夫ですか?」


「うん、なんとか……凄いね皆、こんなクソ暑い中でテンションMAXじゃん、羨ましいよ……」


「あははは……苗字さんは海嫌いですか?」


「嫌いじゃないけど……年々日差しに耐えられなくなっている気がする……」


それに日差しはシミの元だ。日焼け止めにUVカットのパーカー、そして日傘まで装備して来たが、結局水着を来て遊ぶのなら今日の日焼けは免れないだろう。


「谷地さんも日焼け止めは塗った方がいいよ……BBAになった時に泣くことになるから」


「そ、そうなんですか!?持ってきてなくて……」


「肌に合うなら私のやつ貸すよ、若者の肌は私が守る」


「あ、ありがとうございます……?」


「あ、あの!!」


「?」


突然背後から話しかけられる。振り返るとあまり見覚えの無い男の子達、1年生か!


「苗字さん、ですよね?影山先輩の幼馴染って言う」


「そうです!前は全然話せなかったもんね、苗字名前です、飛雄の姉ちゃんだよ」


「え、姉ちゃん……?」


「苗字さん、混乱するので辞めてあげて下さい!」


「あははは!!」


去年の春頃もこんな事したなぁ、皆が混乱するから辞めろって飛雄に怒られて。


「ごめんごめん、幼馴染です。いつも飛雄がお世話になってます」


「い、いや!!むしろ俺たちがお世話になってます!!」


「影山先輩に色々教えて貰ってて!」


「あんな上手い選手と一緒に練習出来て光栄っす!!」


「ちゃんと仲良く出来てる?あいつ言葉が足りないし、馬鹿だからコミュニケーション難しいでしょ」


「たまに何言ってるのか分からない時もありますけど、色々教えてくれて良い先輩っす!!」


なんとも正直に言う1年生くんに笑いが止まらなくなる、何言ってるのかわからない、マジでわかる。その癖すぐコイツ何言ってんだ?って顔するんだよな。


「ひひひ、あははは!!!……ひぃ、笑ったぁ、何言ってるのか分かんなくても仲良くしてあげて?後輩に慕われるのに憧れてるだろうし」


「そ、そうなんですか!?」


「え、なんで谷地さんがビビってんの」


「だって影山くんそういうのどうでも良さそうに見えるので……」


「あははは!!!確かに!!でもどうでも良さそうなフリしてるだけじゃない?中学の時は怖がられただけだからさ、たぶん影山先輩!!って慕われるの憧れてるだろうよ」

まぁ姉ちゃんの勘だけど。と付け加えておく、当たっているだろうと自信満々の勘だ。





「苗字さん……」


「ん?」


「美し過ぎます………うっ!!」


「ノヤっさん!!息をしろ!!」


水着に着替えて皆と合流した、田中くんと西谷くんはいつも大袈裟なくらい褒めてくれるので良い気になってしまう。


「苗字さん………ナイスバディですね……」


「そう?もうちょっと胸が欲しい所だよ……」


「私なんかよりはずっと……」


「谷地さんはまだまだ成長期でしょ!?これからだよ!」


無難な色を、と飛雄と一緒に選んだ水着。飛雄は私に黒や青の配色が似合うと思っているらしく何かにつけて着せたがる、今回も然りだ。


なので今回身につけているビキニも上は黒単色のシフォンフリルがついていて、下は水色の花柄だ。


中々可愛いデザインで飛雄もお気に召したので即決した、全身の鏡で身につけた姿を見ても中々似合ってるのではないか?と自惚れるほど。


対して飛雄は黒と青のグラデーションがかった水着。同じような配色を選んでしまったのでカップル感が否めなく、私は辞めようとしたが飛雄がごねたので辞めた。結局私は飛雄にゲロ甘なのです……。


飛雄はツヤサラの真っ黒の髪に深い青の目を持っているので黒と青と言うのは飛雄をイメージし易い色だ、それを身につけさせてくるなんて、中々可愛いことをしてくれる。


「どう?飛雄、似合ってる?」


「おう、似合ってる」


「やったぜ」


「お前その色似合う」


「いつも着せてくるよね、似合うって言われて悪い気はしないけども!!」


「…………幼馴染とは……?」


「…………俺たちの知ってる幼馴染じゃない…」


「あの二人を普通に当てはめた時点で負けてるよ」


「月島先輩!」


「お互い距離感おかしくなってるから、あの二人。」


「私達も最初はびっくりしたよね…」


「今も疑問に思う時は多いけど」


「確かに……」


「よっしゃあ!!泳ぐぜ!!」


「おーーう!!」


声を上げた田中くんや西谷くんに続いて皆海へと走っていく、本当に元気だなぁ。


私だってまだまだ若いはずだけど、高校生を見ていると多少なりとも老けたんだな……と感じる部分が多い、辛い。


全身に日焼け止めを塗りたくってから、私も皆の元へと急いだ。





「冷た!!」


「苗字さん!!いきます!!」


「え、なにが、」


バシャア!!


日向くんに思いっきり水をかけられる。こんのやろう………やりおったな!!


「このおおおお!!!」


「うわあああ!?」


バシャバシャと水を掛け合う、その為頭からビショビショになってしまった


お互い髪の毛がビショビショになった姿を見て、笑えてくる


「あははは!!日向くんビショビショじゃん!!髪の毛元気無くなって身長縮んでない!?」


「な!!苗字さんだってビショビショですよ!!縮んでません!!」


「嘘ぉ!?絶対身長減ってるよ!その髪の毛で少し稼いでたでしょ」


「稼いでないですよ!!」


「おーい!!日向!!ビーチバレーしようぜー!!」


「あ、はい!!でも俺ルール知らないですけど!!」


「俺もちゃんとは知らねぇ!!なんとなくやろーぜ!!」


「はい!!じゃあ俺行ってきます!」


「あいよ行ってらっしゃい!」


日向くんを見送り、持ってきていた浮き輪に乗って浮かぶ。ぷかぷか、暑い日差しと冷たい水が気持ち良い。


飛雄達も皆ビーチバレーの方に行ってしまったらしく、私はぼっちになった。あれ?姉ちゃん来た意味ある?


そろそろ日焼けが痛くなりそうだし、パラソルに戻ろう。浮き輪を持って、砂浜に上がる。


「こんにちは」


すると見知らぬ男の人に話しかけられた。誰?


「こんにちは?」


「お姉さん、綺麗ですね。めっちゃ美人!」


「どうもどうも」


彼の後ろを見ると何人かいるみたいだ、もしかしてナンパかな?


「良かったら俺たちと遊ばない?」


「ごめんなさい、連れがいるので」


「えぇー?彼氏?」


笑顔を貼り付けて対応する、ナンパされる度に思うけど彼らは多少若ければなんでも良いのだろうか。私みたいな女の子そこら中にいるだろうに。


「はい、彼氏と来てて。今待ってた所なんです。」


「ホント?俺たち撒くために嘘言ってないよね?」


わかってんじゃん??ならどこか行ってくれないかなぁ。少し困ってしまう。


「いやいや、嘘じゃないですよ?もうすぐ戻ってくるので」


「えぇ?じゃあそれまでで良いから俺たちと遊ばない?」


しつこいなぁ!?仕方ない、と皆のいる方へ視線をやる。するとすぐに目が合う飛雄。


じーっと見つめてSOSを飛ばす、気づいてくれるだろうか


と言うかすぐに目が合うってどんだけ私の事見てんのよ、シスコンか?やっぱシスコンなのか飛雄は??


なんて考えていると、皆に何かを言ってこちらに走ってくる飛雄。でかした!!


「あ、もう彼氏来たんで!」


「え?どこ」


「………俺の彼女になんか用ですか」


「……でかっ………本当にいたのかよ」


「嘘ついて無いでしょ?……行こっか!」


「おう」


飛雄の腕に自分の腕を絡ませ、彼らに背を向ける。正直困っていたので助かった!


「ごめん、ありがとう。よくナンパで彼氏って設定にしてるってわかったね?」


「いつも勝手に彼氏役にしてんだろお前」


「確かに。あははは!!変な事に慣れさせてごめん!」


「別に良いけど……お前ナンパされ易いんだから、あんま俺から離れんなよ」


「ナンパされ易いなんて、そんな事ないよ。でもそうした方が良さそうだね……肝に命じておきます」


「苗字さん!!大丈夫っすか!?」


「なんかされてませんか!?」


「大丈夫!!飛雄迎えに来てくれたし」


心配してくれる彼らに優しいなぁと心がぽかぽかする。それにしても私の目線だけで助けに来てくれるとは中々出来た弟だ。


「それなら良かったです!!……そろそろ帰るか?結構いい時間だよな?」


「そうだな。よっしゃ片付けんぞ!」


「「「あーす!!」」」


縁下くんの声に皆でビーチバレーのボールや浮き輪、パラソルなど片付けていく。


確かにそろそろ夕方だ。家に暗くなる前に帰るにはそろそろ帰らないと。





「それじゃあまた明日な!影山!!また今度!苗字さああん!!」


「おう」


「またね!!谷地さんのことお願いね、日向くん!」


日向くんと谷地さんに手を振る。結構楽しかったなぁ海。日焼けがジリジリ痛むからもう暫くはいいけど……


「ただいまー」


「ただいま」


誰もいない家に向かって2人で言う。夜ご飯、どうしようかなぁ


「今日は適当でもいい?」


「お前の適当って適当じゃねぇからなんでもいい」


「そうかな……了解」


椅子に座って大人しくご飯を待つ飛雄。


こいつ、私の事ナンパされ易いって言ったけど、飛雄だって中々お姉さん方からしたら可愛い顔をしていると思う。


年下からだったらかっこいいって思うのかなぁ


実際学校ではモテモテな訳だし。飛雄の目の前に立ち、改めてまじまじと顔を見る


「?なんだよ」


もちもちの頬っぺを両手で触る。ニキビ知らずの綺麗な顔なんだよなぁ、飛雄。


「おい、なんだよ!?」


「飛雄も、ナンパされたら姉ちゃんに助け求めていいからね?」


「はぁ?」


「なんか急に飛雄が綺麗なお姉さんに絆されて、超えちゃいけない一線超えそうな気がしてきて怖くなった」


「はぁ!?」


綺麗なお姉さんに誘惑されて、体の関係でも持って帰ってきたらどうしよう。気絶するかもしれない。


我ながら思うが、素直に育った弟だ。お姉さんの巧みな言葉遣いに騙されたりしないか心配になる。上手く躱すことなんてこやつには出来そうもない。


「んな事する訳ねぇだろ!?」


「でも世の中には悪いお姉さんも沢山いるから、気をつけなよ?飛雄かっこいいからすぐ狙われちゃいそう」


「かっこいいって…」


「自覚持ってね?人の目を引きやすい身長、顔の良さ、そして今は肩書きまであるんだから」


全日本ユース。明確な肩書きまで持ってしまって狙われ易さ倍増だ。どうか飛雄が何事も無く大人になる事を願うばかり。


「………じゃあ、」


「うん?」


「じゃあ、ちゃんと見張ってろよ俺の事。」


むすーっとして、可愛い顔してる飛雄。


「そのつもりだよ、見える範囲は私が守る」


「ん、ずっと俺の隣にいるのは名前だけが良い」


「え?」


「名前以外にこんな距離の女作る気ねぇから」


そう言って後頭部に手を回され、鼻と鼻がくっつきそうになるくらい顔を近づけられる


ちょ、ちゅ、ちゅーしちゃいそうだよ


「で、でもそれだと彼女出来ないよ」


「それでも良い」


それでも良い?………………結婚しないつもりか?


「良い訳………………ねぇだろうがぁ!!!」


ゴンッ!!


「っだぁ!?」


飛雄に頭突きを食らわす。私も痛いが飛雄も痛い。


「結婚はしなさい!!努力して出来ないのなら話は別だけど、努力もしないのは論外だ!」


「だからその結婚を……!」


「ふん!!そんなに姉ちゃんの事好きなら、姉ちゃんみたいに家事をそつなくこなして、頭突き食らわせられるような女の子探すんだね!!ばーか!!」


そう吐き捨てて、キッチンに戻る


1人で生きてくなんて寂しいこと言わないで欲しい、家庭を持つってきっと素晴らしい事だ、幸せな事だ。最初からいらないって切り捨てないで欲しい。


飛雄に幸せになって欲しいって言う姉ちゃんのお願いだよ、どうか飛雄の未来が寂しくありませんように。