億の男と及川くん

「はぁ、私猫になりたい」


「何言ってんだ……?」


心の底から思っているのであろう、顔がもう何言ってんだって言ってる。


共にこたつに入ってぼけっ、としてる私達。冬だなぁ。


「だって猫はさ、にゃあって鳴くだけで可愛いじゃん。こたつの中で丸くなってても怒られないじゃん。なんならいるだけで可愛がられるじゃん。」


「………まぁそうだな」


「はぁ、猫になりたい」


「仕事でなんかあったのか?」


「…………凄いね飛雄。私の考えてる事なんでもわかるじゃん、名前博士と名乗っていいよ」


「名乗らねぇよ。何があったんだよ?」


「なんか、私は納得が出来ない仕事を振られてね」


「納得が出来ない?」


「そうそう、それってやる意味あるの?って感じでね。でも必要だからって言われてやるじゃん?でも自分は納得いってないからやる気出ないじゃん?」


そんでまぁ勿論終わらせた訳だけど、モヤッとしてる訳よ。と締め括る。これでやりたくないからやらない!!なんて言い切れたら気持ち良いけど、社会人には向いてないよね……。


「ふーん……社会人って大変なんだな」


「大変よ、仕事もつまんないし、無駄に見栄っ張りな大人ばっかり。仕事の成績とか職級とか給料の話とかそんなのばっかり。つまらない。」


「名前は、いつも言ってる条件の男と結婚出来たら仕事辞めるのか?」


「いつも言ってるって?」


「優しくてかっこよくて億の男」


「そりゃあ辞めるよ!!自分が働かなくても良い環境になったら辞める。好きな仕事でも無いもんね。」


「………そうか。」


「会社辞めて、しばらくは何もしない生活でも送ってみたいなぁ。それで子供作って、また慌ただしい毎日送って、大きくなってきて時間増えてきたら何かまた始めてみてもいいかもねぇ」


ま、億の男と結婚なんて夢のまた夢だ。言うだけは自由だしね!


「そうだ、飛雄がプロバレーボーラーになったら誰か紹介してよ。アスリートなんてかなり稼ぐでしょ。」


「らしいな。絶対紹介しない。」


「なんで!?」


最近なんて事ない会話の中で急に突き放されるんだけど、どうして!?


「すぐに掴みかかってくるような幼馴染を選手に紹介なんて出来るかよ」


「大丈夫大丈夫、飛雄以外にはしないから!」


「んだとコラ」


「か、顔!!顔怖い!!」


つり上がった目を更につり上げて睨まれる。年々顔つきが大人に近づいてるので、怖さも年々上がっている。





「…………よし、行ってきます!」


「…?どっか行くのか」


玄関から声をかけるとひょっこり顔を出す飛雄。今日はオフらしい。


「うん、ちょっと人と会ってくる」


「?誰と」


見えないようにスマホを立ち上げる


「………未来の旦那様に」


「………っはぁ!?」


バシャ!!


飛雄の驚愕した表情をスマホに撮り収め、逃げるようにして外へ出る


おい!!名前!!と飛雄の怒号が聞こえたが、追いかけてくる様子は無いので、ほっと一息ついた。


未来の旦那様に、って言った時の飛雄の表情を撮ってきて欲しいなんて、彼は私に殴られて来いと言ってるのと同じだとわかっているのだろうか??





「名前さん!!」


名前を呼ばれる、どこだと周りを見回すとこちらに向かって駆けてくる及川くんを見つける


「おいかわく」


ん、続くはずだった言葉は流れるようにしてハグしてきた及川くんに驚き、止まってしまう


「お久しぶりです……!」


「あ、ひ、あ、あの、お、……お久しぶりデス」


「あれ、顔真っ赤だ。大丈夫ですか?」


相も変わらず爽やかな笑顔を浮かべる及川くんにたじたじしてしまう、あれ?こんなかっこよかったっけ?


「だ、大丈夫です!!急にハグとか……こ、こんな人がいる所で辞めなさい!?」


「すいません、会えたのが嬉しくてつい」


今いるのは駅前の広い公園。待ち合わせ場所として有名な場所を選んだが故、人も沢山いる。


その上及川くんは人目を集めるようなルックスをしているので、色んな人にチラチラと見られてしまい、恥ずかしくて消えたくなる。


「行きましょう?今日は名前さんの運転楽しみだな」


「の、乗せたこと無かったっけ?」


以前より逞しく大きく育っている及川くん。それだけでもきゅん、としてしまったのに自然と車道側を歩いてくれる所とか、ちょっとしたタメ口などに情けなくも翻弄される


「無いですよ、助手席は飛雄の特等席ですか?」


「そんな訳ないよ!?色んな人乗せてるし……」


「…………この車の色、名前さんが選んだんですか?」


「え、なんで?」


深いブルーのボディ。ツートンでブラックの車なんだが、何かおかしかっただろうか


「…………飛雄が好きそうだなぁと」


「あぁ、なるほど!確かにこれ飛雄と一緒に選んだんだぁ。前の中古車がダセェってずっと言ってきて腹立ったから、次の新車はそう言わせないようにディーラーまで連れてったのよ」


「………。」


「あ、ごめん。……嫌な気持ちにさせちゃった?」


「いえ。名前さんと居るには飛雄は切っても切れないですからね」


「そうなのよ、ごめんね?」


「いえ。……あ、そう言えば写真、撮れました?」


「撮れたよ!!撮れたけどめっちゃ怒ってたよ……もう二度とやらないからね……?」


そう言いながらはぁ!?と驚いてる飛雄の写真を見せる。これじわじわ来るな。


「あははは!!!飛雄、ざまぁみろ!!」


そしてその写真を見て爆笑する及川くん、見た目が成長しても中身の変わりなさに安心感すら覚える


「ひいい、笑った笑った……ありがとうございます、これが見たかったんです」


「及川くんも物好きだよねぇ……」


「あいつには絶対名前さんと過ごす時間の多さで負けるから。俺は名前さんの未来の旦那なんだぞ、いいだろ?ってしたかったんです」


「ちゃんと及川くんだって気づいてるかはわからないけどね…」


「いいんです、それでも。その写真後でください、向こう帰ってもたまに見て笑います」


飛雄、良かったね。写真だけでもアルゼンチンに渡るよ(半目)





「ふぅ、美味しかったぁ!」


「名前さんって細い割には食べますよね」


「え?食べ過ぎ?」


これでも飛雄といる時より少なめにしたつもりだったんだけど……見た目より食べるのはよく言われるので、一応意識したのにな。


「いえ、いっぱい食べる子好きですよ」


完璧過ぎる返しと笑顔にんんん!!!と悶える。こ、これがイケメンの本気か……


「名前さんはこの1年どう過ごしてました?」


及川くんと会うのは約1年ぶりだ。


「どう…………変わらないかなぁ、飛雄もまだ高校生だし。朝起きて弁当作って朝ご飯準備して洗濯して仕事行って……」


やってきた事を思い出しても何も変わらない、私は仕事と家事をこなすだけの1年を過ごした。


「そうですか、……今度、アルゼンチンに来る気無いですか?」


「え!?」


「結構良い所ですよ!きっと楽しんで貰えます。俺が案内しますよ」


「そうなんだ!私恥ずかしくもこの歳でまだ海外行ったこと無いんだよねぇ……」


だから海外旅行なんて心配事の嵐だ


「大丈夫です、俺に全部任せてください」


か、かっこいい……!!!


なんとも頼り甲斐のある年下だ。かっこいいじゃないか及川くん。


でもそんな彼を見ていて思う、やっぱり及川くんは私なんかに勿体無い。スマート過ぎるよ。


「ありがとう、じゃあ……行くとしたら来年以降かな、もしその時が来たら宜しくね?」


来年。今年の春から飛雄は高校三年生。なので飛雄が東京に旅立ったら、自分へのご褒美で海外旅行なんてしてみてもいいかもしれない。


「わかりました、楽しみにしてます!」


「うん、私も!」





「今日はありがとうございました!……また会いに来てもいいですか?」


「こちらこそありがとう、楽しかったよ!勿論、アルゼンチンでの話また沢山聞かせてね」


「はい!………あの、最後にもう一回ハグしていいですか?」


「はい!?」


車の中でそんな事を言い出す彼に驚く、そ、そんな間柄では無いはずだが……?


「飛雄にはよくやってたじゃないですか」


「そりゃ飛雄だもの……」


ほぼ家族だし……及川くんとは何から何まで違い過ぎる


「……一応婚約者なのに、駄目なんですか」


「ここ、婚約者ぁ!?」


「違うんですか?」


「違うよ!?」


婚約者になった覚えはない。そりゃ一定の年齢になったら結婚するなんて約束したが、まぁ守られる事は無いだろう。なんてったって相手はあの及川くんだぞ??


今日1日過ごしてもイケメンっぷりに磨きがかかりまくっている及川くんなのに、30歳まで売れ残るわけが無い。


むしろ売れ残った時の救済措置だ。なので婚約者なんて素敵な響きでは無く、


「わ、私たちは孤独死回避提携を結んだだけだ!!!」


「………ふふ、あははは!!!」


「え、えぇ!?」


「名前さんらしいですね」


「そう……?」


「はい、すぐに綺麗じゃない方に持ってく所とか。」


上品な女じゃなくてごめんな??


「俺達は婚約者なんて綺麗なもんじゃ無いですね、」


ぐいっと体を引き寄せられ、抱き締められる


「それでも俺は、愛してますよ」


「っえ、ちょ、」


「30歳までなんて待たず、惚れさせます」


顔に手を添えられ、愛おしむように撫でられる


「お、おお、おいかわくん」


頭がパンクしそうだ、イケメンの供給過多。爆発する。


「はは!すいません、じゃあそろそろ帰りますね」


「う、うん……またね」


「はい、また連絡します」


及川くんが車から離れた事を確認し、顔を手で覆う。心臓ばっくばく。しかしまぁ彼と付き合ったりしたら心臓発作か何かで死んでしまいそうだ。





「…………ただいま」


「っおかえり!!」


ドタバタと走ってきた飛雄、どうしたんだ


「どうしたの?」


「お、及川さんと会ってきたのか」


「そうだよ?」


「ど、どうだった」


「…………凄く、イケメンでした」


「……………そうかよ」


ぶすっとむくれる飛雄は意味不明だが、いつも見ている顔を見て安心する。


飛雄も充分イケメンだが、及川くんのような眩しさは無い。むしろ毎日見てるからか私は安らぐ顔だ。


「……飛雄ぉぉ…」


ぎゅーっと抱きつく。やっぱりこの体だよ、年々大きくなってはいるけどやっぱり飛雄の体、匂いが安心する


「…?どうした」


「飛雄がやっぱり1番だぁ」


「………は?」


「及川くんは私には勿体無さすぎると言うか……荷が重いと言うか……なんかごめんって言うか……」


「………あの人、すげぇもんな」


「そうなの、何してても凄いのよ。だからなんか私なんか……ってなって来ちゃってさ」


及川くんと比べると自分が情けない人間過ぎて恥ずかしくなってくる、出来てない人間だと思えてくる


「うぅ、姉ちゃんちょっと自信無くすなぁ」


「………名前は充分すげぇ人だぞ」


「え?」


「少なくとも俺はそう思ってる」


抱き着いたまま飛雄を見上げれば、優しさに満ちた表情。そんな顔出来たのかお前。


「ありがとう……?」


「おう、………腹減った。飯作ってくれ。」


飛雄のなんて事ない一言。でもそれを言われただけでぶわぁ、と感情が込み上げる。


隠れている名前の飯が食べたいという言葉に笑顔を浮かべてしまう


ごめんね及川くん。今日1日色んな言葉で褒めてもらったのに、


飛雄が言う、飯作ってくれって言葉には今日言われたどんな言葉も適わないんだ。


「……待ってて、すぐ準備する!!」


私をムカつかせるのが得意な弟は、私を喜ばせるのも得意なようだ。