春が来て、飛雄は高校三年生になった。卒業まであと1年。
飛雄が宮城を出るまであと1年。
飛雄が私の元からいなくなるまであと1年。
◇
「ただいま」
「おかえりー!」
「今日の弁当、なんかいつもより凄かった」
「お、わかった?」
「ん、見栄えも良かったし種類もあった。なんかあったのか?」
「いや、あと1年で飛雄のお弁当作りも終わりかぁ。と思ったら、最後の1年くらい頑張ろうかなと!」
年々食べる量が増える飛雄のお弁当作りは結構大変で、時間が無い時や余裕が無い時はほとんど同じおかずで埋めたりする事もあった。
でももうこれも出来なくなるんだから、と思ったら頑張ろうと言う気が起きてきて、
ちゃんと彩りも意識して、バランスもタンパク質も考えて作るようにした。
きっとプロの世界に行ったらこんなお粗末なご飯は食べないだろう。でも姉ちゃんなりに頑張ってるんだぞ、と向こうに行ってからも思い出して貰えたらなぁ、と思って力を入れ始めた。
「………なぁ」
「ん?」
「料理、教えてくれ」
「え!?」
どこかで頭でも打ったのだろうか。急いでデカい飛雄を屈ませ、頭を触る。タンコブは出来てない……
「何してんだ」
「飛雄が料理教えてくれだなんて……頭打ったとしか……」
「違ぇよ!!」
「マジで?どうした?」
「向こう行ったら、自炊だってしないといけない」
「……?ご飯は食べさせて貰えないんだ?」
「食堂はあった。でも3食とか難しいし、休みの日とか。」
「なるほど。それで覚えたいと?」
「ん、頼む」
ギリギリになって慌てるんじゃなく、1年前もって言ってくるあたりに成長を感じる。
「……勿論、私の全部を教えてあげる!!」
可愛い可愛い飛雄の為だ、レシピも作ってあげよう。ファイリングしてまとめてあげよう。向こうに行ってもそれを見て作れるように。
飛雄が東京へ行っても困らないようにしてあげたい。そう思ってるのは確かだ、でも
「…………?」
なんだか胸が痛い。
飛雄は1人で生きていけるようにならないといけないのに。
寂しさだろうか、胸が痛い。寂しくない訳なんて無い。ずっとずっと一緒にいたんだもん、当たり前だ。
「名前どうした」
「え?」
「苦しそうだぞ」
飛雄に指摘されて、顔にまで出ていたのかと驚く。
「……大丈夫だよ」
「本当か……?うぉっ」
ぎゅっ。と飛雄に抱き着く。
こうやって触れ合える距離にいられるのもあと1年。それだけじゃない、きっと飛雄は凄い選手になる。簡単に会える人じゃ無くなっちゃうかも。
「飛雄、姉ちゃん応援してるからね」
「?おう」
それでも、どれだけ寂しくっても飛雄の将来が明るいんなら応援するべきだ。それが今まで育ててきた姉ちゃんとしての務めだ!!
◇
「合コン?」
「そう。私達もう20代半ばじゃない?春も来たし私たちの恋にも春が来てもいいと思うのよ。」
真顔でつらつらとそんな事を言う友人を笑っていいのか駄目なのか。
いやでも確かに結婚を諦めていない女の考えとしては正しいのだろう。
「そりゃ名前は顔も良いし、飛雄くんにベッタリだからまだまだそこまで考えてないだろうけど」
「顔の話関係なくない?」
「あるわよ。あんた顔良いんだから慌てなくても彼氏なんて出来るでしょ?本当は合コンに名前呼ぶと全員盗られるから呼びたくないけど、人数揃わなかったから仕方無く!!」
何言ってんだこいつは。買い被りすぎ……いやこれは買い被ってなんかいない、嫌味を言われてるだけでは??
「他の人いなかった訳。」
「そんな怒んないでよ、いなかったの。だから名前は彼氏持ちだけど人数合わせで呼ぶって事にするから来てくれない?」
「彼氏いないけど」
「いる事にしなさい!!それに飛雄くんいるじゃない」
「飛雄は彼氏じゃないけど!?」
「飛雄くん凄いイケメンじゃない!そのままあんたが貰っちゃえば?」
「なんで飛雄みたいな事言うの……」
「え?」
「なんでもない。……人足りないんだったら行くよ」
「ほんと!?助かる!!ありがとう!」
◇
「え?じゃあ名前ちゃん彼氏いるのに来てくれたの?」
「あー、……はい」
こう言うお酒の場は苦手だ。なんか皆距離近いし、出会いを求めていない限りあまり来たくはない。
「この子、顔も良いのに性格も良いんですよ。ほんと………ムカつくうう!!」
「いでででで!?」
ぐりぐりと頭を手で押される。なんで!?
「これでもっと性格悪かったらとことん嫌えたのに!!大学の頃からずーっと良い奴なんですよ」
「なんで嫌いたがるのよ」
「なんか………美人ってムカつくじゃん?」
「美人じゃないし」
「あーーー!!そういうの!!」
「そう言うのよ!!美人のムカつくとこ!!」
「はぁ……?」
何言ってるんだ。ムカつくと言われ続けるとこちらがムカついてくる。
しかし今日は友人達の邪魔をしに来たのではない。脇役は黙っていよう、とお酒を喉に流し込んだ。
◇
「あー……完全に寝てますね」
「あちゃ……誰か名前ちゃんの家知ってる?」
「私知ってるけど、運べないなぁ………あ。」
「ん?」
「名前の彼氏呼びます!」
「え、あんた電話番号知ってんの?」
「大学の時に、もしもの為に聞いておいた!」
◇
携帯が鳴る、誰だ?名前か?と珍しく夕方から出かけて行った姉もどきを思い出しながら見ると、懐かしい名前が。
「もしもし」
『あ、飛雄くん?私だけど覚えてるかな……?』
「はい、覚えてます。名前の大学の時の」
『そうそう!それで急なんだけど、名前が酔って寝ちゃってさ』
「は!?」
『ごめんね?こんなに飲ませるつもり無かったんだけど、』
「どこですか」
『話が早くて助かる!!場所は……』
通話を切って、外へ出る
あいつはあまり酒に強くない。何やらかすかわからない、寝てる内はいいけどもし起きたら何するか……。
急いで走り、言われた居酒屋へ向かう
「あ!!飛雄くん!」
「お!来たか彼氏!」
さっき電話で言われた。勝手に名前の彼氏だと紹介したと、そんなの願ったり叶ったりだ。
「ちわっす、……おい、名前」
「うわ、デケェな彼氏くん!!」
「え、待って飛雄くんまたイケメンになった……?」
「?………おい、起きろ」
「それがさっきから声掛けても全然起きなくて……」
困ったように言う名前の友達の言葉を聞き、仕方ない。と名前の両腕を掴み、背中におぶる
「おぉ!!力持ちだな!!」
「名前軽いんで。すいません、お邪魔しました」
「飛雄くん、またねー!」
「っす」
こんな形でまた会うのは勘弁して欲しい。と思ってしまう、名前は弱いんだからあんまり酒の場にも連れて行かないで欲しい。
背中で眠る名前を守ってやりたいのに、自分は名前と離れる事を選んだ。
本当は一緒に来て欲しい。東京でバレーやりたいし、名前とも一緒にいたい。
きっとワガママなんだろう、望み過ぎなんだろう。でも思うのも行動するのも自由だ。
「………すぐ、迎えに来るからな」
眠る名前にぽつりと呟いた
◇
気づけば家に帰ってきていた。あれ?
途中ぼんやりと、家のソファーに座らせ、水を飲めと渡されたのは覚えてる。
「酔い、覚めてきたか」
「飛雄。……連れて帰ってきてくれたの?」
「お前の友達に呼ばれた」
「ごご、ごめん……!!」
お酒そんなに強くないのに調子に乗ってしまった。飛雄は良い迷惑だろう。
「別に。気をつけろよ」
何がとは言わない。しばらく禁酒生活でもするかな……。
「ありがとう、来てくれて」
「ん、……あれって、合コンだったのか」
「え?」
「男もいた」
「あー……まぁ、そう。うん。」
「なんで行ったんだよ」
「え?人数足りないって言うし……」
「それだけか?」
「え?うん」
「そうか……」
「なんで?」
「……彼氏欲しいのかと思って」
「そういう事か!うーん……今はまだいらないかなぁ」
今年は飛雄との時間を今まで以上に大事にしたいし。と思ってふと思う、あれ。私最後に彼氏いたの何年前だっけ……?
飛雄が高校に入学する直前で別れた人が最後……約2年か。まだ2年か!なら大丈夫大丈夫…………大丈夫か?私よ。
「飛雄………私まだ大丈夫って思ってるうちにおばあさんにならないか心配になってきた」
「は?」
「彼氏はまだいらないかな、ってまだ大丈夫かな、って言ってる内に嫁に行き遅れそう……!!」
「………それは、まぁ……大丈夫だろ」
「何を根拠に言ってるんだい??」
「………………及川さんもいるし…………俺、も」
「及川くんはもはや論外よ。あんなイケメンが売れ残ったら逆に怖いわ!!飛雄だってそうだよ、そのルックスでバレーボール選手で売れ残ったら、もはや手遅れよ。」
「俺が手遅れになる前に嫁に来てくれ」
「どうしてそうなるの??」
「だって、名前といるのが1番楽で楽しい。」
「それはまぁ……私もそう思うけど……飛雄は弟だし」
「血は繋がってねぇだろ」
「そういう問題かなぁ!?それに私飛雄の理想に当てはまってないし。」
あの高過ぎる理想に当てはまる人なんているんか?とか思っちゃうけども
「……………そんな事無い」
「フォロー出来てないフォローありがとね??」
謎の間が全てを語ってるよ?
「とにかく!!まだお前自身が彼氏いらねぇって思うならいいだろ、勢いで付き合うとまたすぐ別れるぞ」
「うるさいな!?」
でも確かに、飛雄は私の歴代彼氏をほとんど知ってる。飛雄もだけど、私も飛雄になんでも話してしまうので付き合ったりとか別れたりとか筒抜けだ。
なので飛雄は私があまり付き合っても長続きしない事を知ってる。知り過ぎてる……。
「いいから今は俺の事だけ見てろよ、まだ高校生だぞ俺」
「……そうだね、今はまだ飛雄でいっぱいいっぱいでいいやぁ。これからの事はそれから考えるよ」
「ん。じゃあもう合コンは行くなよ?」
「今日だって人数合わせだよ、私は行く気そんなに無かった」
「それでも酔い潰れて帰ってきた奴が何言ってんだ?あ?」
「…………返す言葉もありません」
その後もくどくどと飛雄に説教されて気づいた、こいつ意外と世話好きか……?
それなら彼女は年下の方がいいのかもしれない、と邪な事を考えているのがバレたのか、飛雄に怒鳴られる事になるのだが。