さよなら姉ちゃんもどき

「シュヴァイデンアドラーズ?」


「おう」


こたつでぬくぬく。2人でふわぁ、と欠伸をする。暖かいし眠たくなるのは仕方ないだろう。おこたが気持ち良い季節がやってきた。


「それって、牛島さんが行ったところじゃ無かったっけ」


「ん、声掛けてもらった」


「凄いじゃん!!流石JAPAN!!」


「その言い方日向みたいで頭悪そうだから辞めとけよ」


「実際頭悪いのはお前だけどな?」


「あ??やんのか?」


「や、やんねぇよ!!流石にもう勝てる気しない!!」


「むしろ今まではあったのかよ」


「なんか隙をつけば行けるかも感はあったよ、でももう無理だわ……でかくなり過ぎたよ」


「まだ成長止まってねぇ」


「……高度成長期だね。牛島さん最初大会で見た時に飛雄も高3になったらこれぐらい大きくなるのかなぁ、なんて思ったけど本当に大きくなっちゃったね」


「ん、まだまだ牛島さんには届いてねぇ。及川さんにも。」


「そかそか……姉ちゃんはもう充分大きくなったんじゃねぇのって思うけど足りないんか……」


「ん、身長も筋力も足りねぇ。」


「じゃあまだまだ沢山ご飯食べなきゃだね!」


「おう」


未だに成長が止まらない飛雄に私のご飯で大きくなってもらえるのはあとちょっと。半年も無い。


寂しいなぁ寂しいなぁ。と最近は毎日思ってしまう、ブラコン。なんとでも言え!!


でも勿論大きくなって、大きな舞台で試合に出る飛雄だって見たいし、ずっとずっと成長を見ていたい


いつか世界で戦う選手になる姿や、お嫁さんを連れてくる姿、子供を連れてくる姿、全部全部見たい。


その時私は何をしているんだろう、なんて考えるがどこまでも自分の事は二の次のようで、あまり今は考えられない。その内結婚はしたいなぁ程度。


飛雄は大きくなっても可愛い弟だ、でも弟離れしなければいけない。姉ちゃん辛い。


「ぐぬぬぬ…」


「どした、不細工だぞ」


「うっさいわ!!」


嘘、全然可愛くない。ムカつく。


「飛雄の成長も見たいし大きくなって欲しいけど、姉ちゃんに頼りきりな飛雄がいなくなるのは寂しいなぁ」


「別に頼りきりじゃねぇだろ」


「どこが!?」


料理は多少教えているので出来るようになって来たが、他は酷いだろう。洗濯機って触ったことあるのかな?


それに頭も悪いし常識も割と無い。姉ちゃんいなかったらどうなっていたことか……なんて案件数え切れない程あると言うのにこいつは何を言っているんだ。


「……まぁ東京に行って姉ちゃんの有難みを感じるがいい」


まるで悪役のような台詞に首を傾げる飛雄。精々困ればいい!!!姉ちゃんが恋しくなればいい!!!





「美羽姉は駅まで迎えに来てくれるって言ってたから、とにかく改札出るまで頑張れ!」


「合宿で何回か行ってるから大丈夫だ」


「それもそうか……じゃあ行ってらっしゃい!」


2月下旬。今日は美羽姉が探した物件を飛雄が見に行く日だ。自分が住む家探しなんだし、自分で探せばいいのに美羽姉に丸投げする辺り飛雄らしいと言うかなんと言うか。


今日はそのまま向こうに泊まってくるそうで、今日の夕飯は一人ぼっち。もうすぐこれが毎日かぁと思うと気が重くなる。


3月1日に高校を卒業したら、数日後に飛雄は東京に引っ越してしまう。もうあとちょっと。


どうやら4月まで待たずに練習に参加させて貰えるらしい、期待の新人として見て貰えているのだろうか。どうかうちの飛雄をよろしくお願いしたい。


日に日に片付いていく飛雄の部屋。そもそも殺風景だったのでそんなに変わりないが、この部屋には何も残らなくなるんだなぁ、と思うと寂しさが込み上げる。


飛雄はVリーグに入れることにウキウキわくわくだろうが。くそ、腹立つ。


少しは姉ちゃんと離れる事寂しがってくれないかなぁ、なんて子供じみた事を考えてしまい頭を振る。


考えると寂しい。自分でも飛雄に言っていたじゃないか。


時間が傷を癒すからって。飛雄がいなくなってから数週間、いや数ヶ月は寂しさにのたうち回るかもしれないが、いつかは来る事だ。


頑張って頑張って毎日生きていくんだ。


むしろ喜ぶべきだよ、頑張って面倒見てきた弟がこんな立派になってこの家を出る事になるなんて。


友達にもいつか出来るであろう旦那にも自慢できる弟だ。


本当に、立派になって


立派になっちゃって


「姉ちゃん置いてきぼりだなぁ…」


姉ちゃんは早すぎる成長に追いつけず、こうして嗚咽を上げながら、飛雄のベットに染みを作ることしか出来ないや


情けない事この上ない。こんな私からあんな凄い弟になるなんて奇跡だろうな


私飛雄が家出る日笑えるかなぁ…


「練習しないと、無理、だなぁ…」


想像するだけでこの有様だ。無理無理、にっこり笑顔の練習しないと。


洗面所に向かい、情けなく濡れた目元を見てため息が出る。なんて顔してんだ。


パァン!!と頬を叩き、笑ってみる。苦しいけど笑ってみた。


けどこんな顔見せたら飛雄はきっと心配するなぁと言う笑顔しか作れなくて、今日は辞めた。


飛雄は私の感情に敏感。嘘はバレやすい。


だから完璧に近い笑顔を作らないと、心配されちゃうから。とその日から飛雄が家を出る日まで毎日笑顔の練習に励んだ。





「……よし」


空っぽになった自分の部屋を眺めて、リュックを手に持つ。


烏野高校を卒業し、制服のボタンを全部奪われボロボロになって帰ってきてから数日後の今日。俺は東京に行く。



リビングに向かうといつものように朝飯を用意した名前。



「おはよ、いよいよだねぇ……お父さんとお母さんとは話せた?」


「ん、昨日の夜話した。心配ではあるけど、向こうに姉ちゃんいるから何かあったら頼れよって言われた」


「それは私からも言いたい。絶対自己判断で突き進んじゃ駄目だよ?」


「……おう」


両親と育てられた幼馴染の両方から言われると中々説得力がある。そんなに俺は信用ないのか…


朝飯を食べて、持って下がったリュックを背負い名前に声をかける


「おい、行くぞ」


「え?私も行くの?」


「は?」


「ごめんて、キレないでよ!」


ケタケタと笑って上着を羽織った名前。見送りに来ねぇなんて言わせねぇぞ。





外へ出て、駅までの道を歩く。乗るはずの新幹線の時間まで余裕を持って出たから焦らずとも良さそうだ。


「ねぇ、飛雄」


「ん?」


前を向きながら名前が話す


「不安は無い?」


「……ねぇ訳じゃねぇけど、楽しみの方がデケェ。」


強い選手、すげぇコーチ。デケェ体育館にデケェ選手。


分かってるだけでも牛島さんや星海さんがいるってだけで興奮する。


「あはは、顔見ただけで楽しみだー!って言うのが伝わる。」


「そう言うお前はどうだよ。」


「何が?」


「寂しいのか?」


「…そりゃあ。」


そう言って何かを噛み締めるようにして俯いた名前。しかしすぐに顔を上げ、


「でも大丈夫。それより飛雄が大きな舞台で活躍するのが楽しみ!!」


にぃっといつものように笑った。この姉もどきは強い。そう簡単には壊れない。


こうして手塩にかけて育てた俺が巣立つ時でさえ、笑ってみせる強い女だ。


だからこそ、惚れたのだ。何度伝わらなくても諦められないくらい深く惚れ込んだ。


「名前」


駅が見えてくる、まだ朝早いので人通りはほとんど無い


「何って、え、」


名前の腕を引き、顔を近づける。


そして驚きに染まる顔を眺めながら、唇を重ねた。


以前口付けた時と変わらず柔らかな感触。このまま全部食っちまいたくなる。


暴れられる、殴られる。と思ったが、全くその様子がない名前にむしろ不安になった。


静かに顔を離し、名前の様子を伺う。


すると


「……なに、すんの」


首まで赤くなった名前がそこにいて、いてもたってもいられず抱きしめた。


「ちょ!ここ外だよ、辞めて!?」


「無理。そんな顔したお前が悪い。」


欲しい、こいつが喉から手が出るほどに欲しい。


どれだけ抱き締めたって足りない感情に胸が苦しくなる。


「さっきからどうしたの、おかしいよ飛雄」


「おかしくなんかねぇ」


これをおかしいと言うなら、俺はずっとおかしい奴だろう


少しだけ体を離して、でも腕は解かず


「名前、」


「な、なに」


困惑して顔を赤らめた名前を見下ろす


「名前が俺を育てるために沢山の時間をかけてくれた事は知ってる」


「…?」


頼む。


「でも、足りねぇ」


「へ」


伝われ。


「俺はこれから名前が生きていく時間、全部欲しい」


「…え」


冗談なんかじゃない。


「ずっと、好きだった。」


「……え、」


ずっと抱えてきた。


「俺と結婚してくれ、名前。」


俺の気持ち。