日向がブラジルから帰ってきてからブラックジャッカルに入団し、試合をしたのが数ヶ月前。
つまり、高校を卒業してから2年が経過した。
俺は東京に来たばかりの時より多少広い部屋に引越したが、一人暮らしには変わりなく、また恋人と呼べる存在もいないままだった。
……なんでこうなった。
あの時、そう。宮城を出る時、名前と離れる時に今まで以上に真剣に想いを伝えたはずだった。
◇
「俺と結婚してくれ、名前。」
「…………………何、言ってんの」
また、かよ。
言われ続けた反応に、クソ、と内心思うが、名前の表情を見て固まる。
顔をこれ以上ない程に赤らめ、酷く困惑している表情。
これって…
「…冗談なんかじゃねぇ、名前といるのが楽だからって言うのは…まぁそれもあるけど、それだけじゃねぇ。」
「……じゃあ、なんで」
「言ったろ、お前の事がずっと好きだった。相手にされなかった間もずっと。」
「……今まで嫁に来いとか、ずっと一緒にいたいとか言ってたのも、」
「全部本気だ。」
「…そんな事って」
「本当だ、だから姉だって言って欲しくなかった。俺からしたらただの姉もどきじゃなかったから。」
「……ごめん」
腰を折り、謝る名前。……何がだ、…結婚出来ないことか。
「何が……?」
「ずっと、気づいてあげられなかったこと。全然話聞いてあげられてなかったこと。」
ほんと、ごめん。失礼だった。と頭を下げたまま言う名前。
こういう所、相手に頭を下げれる所、失礼だったと自分が悪いって認められる所、好きなんだよ俺は。
「それは…もういい。今ちゃんと伝わったならもういい。」
「……うん、ありがとう」
「なぁ、……もう一度言うぞ、俺は名前が好きだ。ずっと一緒にいたい。だから結婚してくれねぇか。」
「……それは、ちょっと…ごめんなさい。」
ガンッ、と殴られたような衝撃
今までは全く伝わってなかったからなんと言われようとそこまで気にはしていなかった。でも今は、ちゃんと伝わって、断られた。
フラれたんだ。
「……そうか。俺じゃ、駄目なのか。」
「…飛雄は凄く良い子だし、かっこいいし素直だし優しいし、……凄く…いいと思う。」
「は?」
「でも、いきなりちゃんと男の人としてなんて見れないし、それに飛雄だってこれから色んな人と関わっていく上で、私より良い人に出会うかもしれないし…」
だってまだ18歳だよ!?と声を荒らげる名前。それって、
「……脈ナシでは、無いのか?」
「うぅ!?わ、わかんない…でも今すぐ付き合うとかは考えられないかな……」
「じゃあ待つ。」
「え!?」
「お前に意識して貰えるようになるまで待つ。」
「駄目だよ?!さっきも言ったけど、まだまだこれから出会う人の方が多いぐらいなんだから飛雄は。こんな若いうちに私とって決めちゃうと……別れられちゃうと辛いって言うか…家族ぐるみだし…」
しりすぼみになる名前。別れるって、まだ付き合ってもいねぇのに。
と言うかもし手に入れられたなら手放せる自信なんて無い。むしろ束縛したいぐらいだ。
「んな事付き合う前から気にすんな。」
「で、でも」
「お前らしくもねぇ、うじうじすんな!!」
バン!!と名前の背を叩く。こいつらしくねぇよ、こんなの。
「いったぁ!?」
「お前は!!どうしたいんだよ!!」
「……飛雄の事、凄く好き大好き。でもこれは家族としてなのかどうかわかんない……」
「…おう」
「でも、飛雄の行動にドキドキする事も沢山あった。」
「…え?」
「さっきだって、ちゅーされて心臓止まるかと思った。…だから、ゼロでは無いんだと思う。恋愛感情。」
「……そう、か」
「それに、飛雄とずっと一緒に生きていくのは、ムカつく奴だけど……きっと今までみたいに楽しいんだろうなって思う。今日まで本当に楽しかったから。」
そう言ってふわりと笑う名前。そんなの、俺だって
「俺だって、楽しかった。」
「…うん。飛雄と結婚して一緒に生きていく未来は素敵だなって思うよ。………だから、…私の気持ちが整理出来るまで待ってて欲しい。」
だ、駄目ですかね…?と俯く名前を力いっぱい抱き締めた。
驚いて声を上げるのなんて無視して抱き締める。
「待つ。いくらでも待つ。」
「…あ、でも及川くんがいるから」
「…あと5年以内にちゃんと俺の事好きになれ。」
「えぇ!?」
ここまで言わせといて及川さんの元になんて行かせられるかよ。
◇
こうして俺は名前が俺の事を好きになってくれるまで待つ、という事になった訳だが
それから2年が既に経過しており、現在。俺が提示した期限まであと3年。
しかし現状を見る限り
『ねぇ、見てよ!!茶柱立ったよ!!』
スマホに表示される文章を眺める。こいつ、なんも変わってなくねぇか。
茶柱が立った湯のみの写真と共に来たメッセージ。俺が宮城にいた時は精々これが直接言われたと言う違いだけだ。
俺はトークルームの電話マークをタップし、
『もしもし?』
「おい」
『え?』
「お前、ちゃんと俺の事意識しようとしてんのか?あ?」
仮にも片想いをしていると言うのに、こうしてキレたのだった。
◇
『お前、ちゃんと俺の事意識しようとしてんのか?あ?』
その言葉に、手に持った湯呑みもろともビクゥ!と震える。
「し、…してるよ?」
『本当かよ、もう2年経ってんぞ』
ごもっともだ。でも自分でもどうしたらいいのかわからない。
「と、飛雄はさ、全然変わらないの?」
『何が』
「私への、気持ち、とか。」
『変わんねぇよ、ずっと好きだ』
うぅんんん!!!とクッションに顔を埋め暴れる。飛雄は私に気持ちを伝えてから、なんでもかんでもストレートに言うようになった。
いや、元から素直な子だけどそれ以上に。特に私に対する感情をすぐ口に出すようになって、私は2年が経過しても慣れずにこうして悶えている。
『おい、名前?』
「はい!!!」
『うっせぇよ!……無理して、焦って好きにならなくてもいい。でも努力はして欲しい。』
相手の事を思って、そんな事言えるようになっていたなんて…!
っていかんいかん、また姉目線で見てしまっている。姉目線でいると好きになれるものもなれない。
「わかった。努力するよ、……でも、今だってちゃんと好きだからね。男の人としてかどうかは置いておいて。」
『それはわかってる。大事に思ってくれてんのは伝わってる。』
「ん、良かった」
『なぁ、次いつこっち来る?』
「うーん……この間行ったのっていつだっけ?」
『1ヶ月…半前』
「もうそれくらい経つのかぁ…じゃあ来週の週末ぐらい遊びに行こうかな?」
『!おう、待ってる』
声色からでも嬉しそうなのが伝わってきて、私も嬉しくなる。可愛いヤツめ。
飛雄は度々東京に遊びに来て欲しいとせがんで来る。近くも無ければ、金銭的にも安くないから頻繁には無理だよ。と言えば、
親達には俺から言っておくだの、交通費は出すだの言ってでも来させようとするので、可愛くて可愛くてつい行ってあげてしまう。
◇
「かーげやーまくん!!」
「……。」
「うわ!?無言で殴り掛かるの辞めろよ!?」
「うるせぇ、ムカつく言い方すんな」
「短気!!まぁ今に始まった事じゃねぇか……ブラジルにいる時聞いた話だとまだ苗字さんと上手くいってないって聞いたけど、最近はどうなんだよ?」
「………。」
「あっ……ま、まぁ頑張れ!!」
「……おう」
「お?何しょげてんだ影山」
「星海さん!ちわっす!」
「おっす!!珍しいな?何かあったのか?」
「今影山はセンチメンタルなんです…」
「は?」
「日向黙っとけ」
「何!?本当の事だろー!?」
「なんだなんだセンチメンタルって」
「片思い中の相手に全然振り向いて貰えてないんですよ、こいつ」
「全然では無い」
「じゃあちっとも?」
日向に掴みかかる。話せばわかる!!と叫んでいるが、こうなるって分かっててなんで俺を煽ってんだ?あ?
「まぁまぁ落ち着けよ!?」
星海さんにひっぺ剥がされる。
「そもそも俺はお前が片思い中って事にびっくりだな!」
「バレー以外どうでも良さそうですもんね、影山!」
「お前だってそうだろ」
「俺は違う!!」
「んだと」
「だから、すぐ喧嘩すんなよお前ら!?」