姉ちゃんのお願い

「うまぁ!!」


「ここの食堂美味いから俺も好きなんですよ!アドラーズと合同練習すると大抵ここなので嬉しかったりします。」


「そうなんだ!!確かにこのご飯は美味しい……!」


キラキラと目を輝かせて唐揚げをぽいぽい口の中へ放りこんでいく名前。


こいつは細い割に意外と食べる。日向もそれは知っていてにこにこと笑いながらその様子を眺めているが、いつの間にか同じ席に座っている侑さんは呆然とその様子を見ていた。


「苗字さん、結構大食いなんやなぁ……?」


「え、あ!!しまった!!」


「しまった?」


「あ、えと、その!」


そして大食いだと思われたくないが為、名前は外で食べる時セーブしがちだ。しかし、今回は俺と一緒と言う事もあってか、本来食べたい量を食べている。


それを指摘され、しまった!!と慌ててる名前を不思議そうに眺める侑さん。


「こいつは細い割に食べるんすよ。」


「そうなんか!いっぱい食べる子はええと思うで!!」


「そう言えば、苗字さんは食べる割に太らないですよね?」


「いや、太る時はちゃんと太るよ?顔周りとかに肉がしっかりついてくる…。」


「太るとわかりやすいよな、お前。」


「黙らっしゃい!?大体いつも飛雄がすぐ気づいて言ってくるから、言われたら体動かすようにしてるの……。」


「また太ったら一緒に走ってやるよ。」


「結構です!!飛雄と走ると早すぎて着いていけないし……。」


「名前は遅すぎだ。」


「うるさいな!?」


「これは……仲ええんか?」


「仲良いと思いますよ!高校の時からこんな感じですから!!」


「それはええ事なんか…?」





「ふぅ、お腹いっぱい!」


日向くんたちと別れて外へ出る。胃が張っていて苦しい。


「何時に帰るんだ、名前。」


「あんまり遅くまではいられないなぁ……、もうちょっとしたら駅向かおうかな?」


「……もう帰るのか。」


「ごめんね、宮城は遠いのよ……。」


「……次いつ来る?」


「もう次の話!?うーん……気が向いたらかなぁ。」


「……お前本当に俺の事好きかよ。」


「え!?……す、好きだよ、そりゃあ。」


「ならもっと会いてぇって思わねぇのか?……なんか、俺ばっかり。」


むすー、と拗ねてしまった飛雄。


「……会いたいけど、結婚したら毎日会えるし。今はこの中々会えない恋人期間を楽しみたいなぁ?」


そう言うと、みるみるうちに嬉しそうな顔をする飛雄。


これだから飛雄は……可愛いヤツめ……!!


「だから、今はちょっと会えなくて寂しい、ぐらいを楽しも?」


「………わかった。」


その言葉を聞き、私は笑みを浮かべて東京を出た。




東京に遊びに行ってから数週間後。


私は宮城で暇を弄んでいた。


いやぁ……飛雄が高校生だった頃は、部活に遊びに行ったり、試合見に行ったり。意外と休みの日まで飛雄関係の事で過ごす時間が多かった。


なので、飛雄が旅立った宮城で私は暇を持て余す時間が増えたのだ。


友達と遊ぶ時もあるが、今や私はアラサー。結婚している友人の方が多い。


彼女たちは旦那さんと過ごしたり、子育てに奮闘していたりと私なんかと会っている余裕なんて無かったりするのだ。


寂しい……!!私だけ孤独………寂しい!!


じゃあ飛雄のお望み通り沢山会っても良いのでは、と思うが、まぁなんと言っても交通費。そして時間。そしてそして私の体力。的に頻繁に会うのはしんどい。


会いたい気持ちもあれば、あんまり会ってもいずれ一緒になる気があるなら、今は良いのでは、と言う気持ちが混在している。


まぁこの寂しさも今だけさ……と寂しさから涙がほろりと出そうになっていた時、私のスマホが着信音をけたたましく鳴らした。


金曜の夕方、18時。呑みの誘いか?と思いながら見ると美羽姉の文字。


え?美羽姉?


「もしも」


『名前!?今どこにいる!?』


「え?い、家。」


『何してる!?』


「ご飯、作ろうとしてたけど…?」


随分と忙しない様子の美羽姉。それに周りもざわざわと騒がしい。何してんの?


『良かった!!今すぐ東京来て!!』


「は?」


は?


『化粧も何もして無くて良いわ!!とりあえずすぐ!!今すぐ!!駅に行きなさい!!』


「ちょちょ、待ってよ美羽姉!?なんでいきなり、」


『じゃあ!!駅着く時間わかったら教えて!!』


ブチィ!!


……………本当に酷い姉弟だ。弟が弟なら姉も姉だな。


と、そんな事考えてる場合じゃない。美羽姉のあの様子は何かに慌てていそうだった。これで行かなかったら…………怖いので想像するのは辞めよう。


とりあえず親達に今日の夜は自分たちでなんとかしてくれ、とメッセージ。


化粧は会社に軽くして行った程度だ。まぁこのまま行けば良いだろう。


私は新幹線の時間を調べながら、必要最低限の物を持ち家を出た。





「は!?何それ、どういう事よ!?」


「いや、あの、…………きゅ、急のことでして…」


「はぁ!?……はぁっ……あんた、飛雄のスケジュール抑えんのどんだけ難しいか分かってんの?」


「す、…すいません!!」


「代理は?」


「今探してまして……」


「……見つかったらすぐ教えて。」


「は、はい!!」


涙目で私の元を去ったアシスタント。キツい物言いをしているのは分かっているが、それどころじゃない。どうしたものか。


「………何かあったのか?」


こてん、と首を傾げながら現れたのは我が弟飛雄。


スタイリストと私の手にかけられ、頭の先から足の先まで整えられている。


「……うん、本当タートルネック似合うわよね。」


「…?そうか?」


「うん。身長もあるから全体的にまとまって見えるわね。かっこいいわよ飛雄。」


「……よくわかんねぇ、ジャージの方が楽だ。」


「……そういうとこよ、そういうとこ。」


「?」


またしてもこてん、と首を傾げる弟を見て思う。見た目は中々良いのに、中身は大体残念な仕上がりになっているのだ、こういうところ。


しかしまぁ、話さなければ中々華があるので今回練習の合間、そしてメディアの仕事が無い日、スポンサーとの挨拶なども無い日に雑誌の撮影に来てもらった。


かなり急な話だったので、最初は断られかけたが、ここはまぁ姉として弟に頼んだところ、1つ返事で了承された。


頭の足りない単純な奴で助かった。とは言え次またモデルをお願いしようとしても、飛雄は多忙なので簡単にはいかないとわかっている。


だからこそ、今日の撮影は必ず成功させたかったのに。


飛雄と共に撮影を以来していた女性モデルが突如体調不良で来られなくなったとの事。


飛雄の相手役としてふさわしい長身モデルで、コミュニケーション能力が低い飛雄に対しても、愛嬌のある笑顔で何度か会話しているのを見かけた。


飛雄にまでカメラに笑顔を向けろ、とまでは言わない。しかし女性だけでも華やかな笑顔を見せて、映えさせたかったのに。


「か、影山さん!!今空いてるモデルです!!」


「見せて。」


サー、と目を通す。しかし、飛雄との身長差があり過ぎるモデルばかりだったり、飛雄と面識のないモデルだったりで。飛雄の無表情を補ってくれる程の華やかな笑顔を見せられるモデルはいなかった。


彼女たちも十分美しい女性達ではあるが、今回の撮影は少し特殊なのだ。かなりの高身長で、しかしながら柔らかな表情なんて見せられない不器用な我が弟。少しでも面識のあるモデルを選んであげたかった。


相手役は、条件が絞られる。


「………ごめん、この子達じゃ駄目だ。」


「で、でも!!見つからないですよ、他になんて。」


どうしよう。責任者達とも協議を重ねる。


そんな中撮影が中々始まらない事に暇を弄び、ふあぁ、と欠伸を零している飛雄。


あんたねぇ……。と思って気づく。


いた。身長は足りないけど、モデル顔負けな美人で、何より、


飛雄を笑顔にする事ができる人。





「あ、もしもし美羽姉?着いたけど、」


「名前!!」


「あ!久しぶり、みわね、」


「はい乗って!!」


「ぎゃ!?」


無理やりタクシーの中に押し込められる。


「出てください!!」


美羽姉の声に発進する車。え?誘拐?


「ちょ、何!?なんなの、美羽姉。」


「あんたならちゃんと来てくれると思ってた!!助かったよ、名前!!」


「どういう事なの?」


説明を求めるよ?


東京に来てから終始首を傾げている私に、美羽姉はことの経緯を話した。


なるほどなるほど?モデルがいなくて?コミュ障な飛雄相手にどうしよっかってね?


………え?


「美羽姉?その話だと、私がモデルさんの代役を務めることになるんだけど?」


「そうよ。」


そうよ??


「い、いやいや!?無理だよ!?私一般人!!モデルさんみたいなクオリティの顔してないし!!」


そう叫ぶとがっ!と美羽姉の手に顎から掴まれる。


「どの口が言ってんの??」


「………ひぇい。」


影山家の血は怖い。2人して美人顔で、怒るとその美人なお顔も相まってめっちゃ怖い。


「ほら、行くよ!」


腕を引かれて撮影スタジオに連れていかれる。


え、ちょ、マジでやろうとしてんの美羽姉。


「来ました!!お願いします!」


「え……この子が?」


はい、私なんかですいません、帰ります。


がっ!


「どこ行く気?」


こっっっわ。………私は涙を飲んでスタッフさんらしき人に連れていかれた。





「え?ちょ、さっきの子が本当に?」


「はい、飛雄が何度かメディアに話した人。育ててくれた年上幼馴染です。」


「すんげぇ美人だったな…?」


「あの子どっかに所属してんの?」


「いえ。……スカウトはちゃんとされてますよ、それ全部蹴って飛雄育ててました。」


びっくりする彼らを見て笑ってしまう。本当に笑えるんだよ、名前は。飛雄しか見てなくて飛雄の為に自分の事は後回しにし過ぎ。


「これでもうちょっと身長があったら、良いとこ行けた気がするんだけどな……、そう言えば、影山くんとのバランス大丈夫か?」


「多少小さいのでバランス悪くなるかもですけど、飛雄が持ち上げたりすれば大丈夫かと。」


「そ、そんな事してくれる?」


「はい、名前の事大好きなんで全然やってくれると思いますよ。」


むしろ喜んでやるんじゃないかしら。


さて、そろそろ飛雄を呼びに行くかな。たぶん寝てるし。


楽屋をノックして、返事を待たずに入る。


「…………姉ちゃん。」


「おはよ、そろそろ起きて?撮影入るから。」


「…ん………モデルさん、見つかったのか?」


「見つかったわ。飛雄が大好きな子を連れてきたの。」


「……?俺、モデルさんの名前とか全然分かんねぇけど…?」


「ふふ、見ればわかるわ。おいで。」


「ん。」


のっそりと動き出した弟。彼を連れてスタジオに戻ると、名前の方も準備が終わっていた。


「…………は、………名前?」


「うぉ、と、飛雄。……す、すっごいかっこよくしてもらったねぇ……?」


「はいはい、イチャついてないで、あんた達頼むわよ?」


2人の肩を引き寄せる。


「いつも通り、楽しそうな2人を見せて頂戴。」


こてん、と2人揃って首を傾げた。まぁいいわ、放っておけば笑顔は勝手に引き出されるでしょう。


「え?何?何すればいいの?」


「知らねぇよ。」


「え!?ちょ、み、美羽姉!?」


ほらもう。


カメラマンは見逃さない。プロなのだから。


慌てた名前を見て、いとも簡単に笑顔を見せた飛雄。


「……か、影山選手の笑顔初めて見ました」


「やっぱり?メディア相手に飛雄が笑える訳ないものね。」


「凄いですね、あの人!!こりゃ売れますね…!?」


「……えぇ、あの子を呼んだかいがあったわ。」


持ち上げられて、慌てふためく名前とあははは!!と笑ってくるくると回る飛雄。


「…本当に、あの子は飛雄を笑顔にする天才よ。」


そんな2人を見て笑みが零れる。


どうかいつまでも、笑い合ってなさいよ。





「ぜぇ……ぜぇ……。」


「……はぁ、笑い疲れた。」


「お前………?」


そんな事を言いおる飛雄を睨みつける。散々振り回しおって。吐きそうだったわこちとら。


「影山選手!!あと、代役の方、ありがとうございました!!非常に良いのが貰えまして!」


「そ、そうですか……それなら……ぜぇ……良かった……。」


「息切れしてんぞ、BBA。」


「うっせぇよ!?」


「本当、ありがとね2人とも。出来たら送るわ。勿論名前は顔隠して雑誌に載せるけど、……隠してない写真も送っておいてあげる。」


にや、と笑ってそう言う美羽姉。プロのカメラマンに撮ってもらったんだ、どうせなら貰っておこう記念に。


なーんて思って宮城に帰った私だったが。


飛雄が笑顔連発した雑誌は爆売れ。SNSも影山飛雄まみれになり、テレビでも取り上げられ、一躍ブームになった。


そして私の元に届いた雑誌と写真は、雑誌はまぁ、騒がれるほどの事もあるなぁ、と思うほどに飛雄の笑顔が輝いており、雑誌越しに見ていても少しきゅん、としてしまった。


しかし、雑誌用では無い私の顔が隠されていない写真の方は、キラキラ輝く笑顔で笑っている飛雄に対して、私も心底楽しそうに笑っていて。


なん、じゃこりゃぁぁ……。こんな顔して私、飛雄と話してんの……!?と恥ずかしさから年甲斐も無く暴れ倒した。