生まれた時から死ぬ時まで

「以前のスクープは誤報であったとのことですが、一時期話題となった雑誌の女性!あの方は実際親交のある方だったのでしょうか?」


試合後、記者にマイクを向けられる。


こう言ったことも、こういった内容もたまに聞かれる。


そして内容が内容なだけに、チーム側としては過敏となっており、無駄に対応しなくて良い。と言われている。


なので基本的には適当に流して、明確な言葉は発さない。


しかし、この時、俺は既に限界だった。


記者から向けられたマイクに向き直る。


慌てた様子のチーム側の人間や、選手たち。


全て見えていても尚、自分の行動は止められず声を上げていた。


「見てんなら聞け!!いい加減逃げてんじゃねぇよ!!お前らしく正々堂々向かって来い!!」


誰に向けてとは言わず、それだけ言って控え室に向かう。


周りのざわついた声なんて気にしている余裕なんて無い。


俺は、もう限界だぞ。


謝りたいと言うのに怒鳴るあたり俺らしい、と笑ってくれないだろうか。


そうあいつの笑顔を思い浮かべて、胸が痛くなる。


そしてその後俺はチームの責任者達から怒られて耳が痛くなった訳だが。





『見てんなら聞け!!いい加減逃げてんじゃねぇよ!!お前らしく正々堂々向かって来い!!』


変わらず元気にプレーしているのを見られた試合。


それを見届け、飛雄にマイクを向けられたのを見てテレビの電源を落とそうとした時に聞こえた言葉。


思わず目を見開いた。


何、言っちゃってんの。電話じゃないんだよ、これ、試合見てた人全員に届いちゃうんだよ。


馬鹿じゃないの。


「……はは、あははは…」


思わず零れた笑み。


逃げてんじゃねぇ。お前らしく正々堂々向かってこい。


不器用な弟もどきに対して、私は随分回りくどい事をしてしまったような気がする。


その結果痺れを切らしたあいつは、こんな事してしまった。


ほんと、馬鹿だなぁ。絶対怒られるでしょ、こんなの。


「………あは、あはははは!!」


ひとしきり笑って、カレンダーを見た。うん。明日は土曜日。


必要最低限なものだけ持って家を飛び出す。


待ってろよ、正々堂々向かってやるから。





くどくど、となんか偉い大人たちに怒られ続け、疲れた。


そしてその後家にやってきた日向に散々笑われ、腹が立ち今に至る。


日向も日向で散々笑いやがって。普通あんな事するかよ!?とか、いくら苛立ってるからってお前すげぇな!?とか。


思い出すだけで腹が立つ。


すぐに追い出した訳だが、あいつの人を馬鹿にしたような顔を思い出して、ムカムカする。


するとまた鳴るインターフォン。


んだよ、また日向か?と思い、出るとカメラには誰も映っておらず、悪戯か?と切ろうとするが、


『開けて、飛雄。』


その声に、ドクン。と心臓が胸打つ。


気づけば解錠しており、カツカツと足音が遠ざかった。


嘘だろ。なんで、急に。いや、俺が言ったんだけど、まさか本当に見てるとか聞いてるとか思わないだろ普通。


俺の気が動転している間に再び響くインターフォンの音。


玄関に向かい、扉を開けばそこにいたのは探し回った彼女であり幼馴染。


「……久しぶり。」


よっ、と手を挙げぎこちない笑顔を見せる名前。


俺はその手を引き胸の中に閉じ込めた。


ガチャり。扉が閉まる音を聞きながら、何も言わない名前を気が済むまで抱きしめ続けた。





「……どんだけ、心配したと思ってんだ。」


目の前に座り、眉間に皺を寄せる飛雄。その目は少しだけ赤らんでいて、罪悪感が膨れ上がる。


「…ご、ごめん。面と向かって話せないって思っちゃって。」


「悪かったのは俺なんだから、お前が逃げる事無かっただろ。」


「とは言っても、正直びっくりしちゃって、その……傷つきもしたから、弱ったまま話しても仕方ないよなぁって。」


「……悪かった。」


「その事はもういいよ、大丈夫。私も心配かけてごめんね?」


しゅん、と項垂れる飛雄。


赤い目や下がった眉から酷く心配をかけてしまったのだと感じられ、浮気の心配なんてどこにも無いのだと再確認した。


「でも、お願いがあるの。聞いてくれる?」


「…おう、いつも話聞いてんだろ。」


「あはは、そうだったね。……出来れば、もう記憶無くすほど飲まないで欲しいな。」


「勿論だ。もう二度としねぇ、もうお前以外と酒飲まねぇ。」


「そ、そこまでしなくてもいいよ!?ただ量に気をつけてくれれば。」


極端なことを言う飛雄に驚いてしまう、適度を守ってくれればいいんだよ…!?


「あと、……またこういう事があったら、私がまた逃げ出す前に会いに来て。」


「…ん、わかった。」


無理を承知で言っている。でも、そうしないと、私はまた逃げてしまいそうで。


しかしそれに対して深く頷く飛雄。何もかも放って私の元へ来ないと良いんだけど、と笑みを浮かべてしまう。


「俺からも、頼みがある。」


ふふ、と笑っていると真剣な顔をして飛雄が言う。


「聞くよ、なあに?」


「……またこういう事があったら、逃げんな。俺が行くまでは逃げんな。」


きょとん、と目を丸くしてしまう。


今私がお願いした事だ。でも、それすら待てずに逃げ出すかもしれない。確かに、絶対に無いとは言いきれない事だ。


それに、私が逃げ続けた事は相当飛雄には効いたようで、困ったようにも悲しそうにも見える表情で、つい形の良い頭に手を伸ばす。


「うん、わかった。守るよ。」


サラサラの黒髪を撫でながら、そして情けなくも逃げてしまう私に愛想を尽かさないでいてくれる優しい彼氏を愛しく思う。


「……あと、」


撫でていた手をゆっくりと掴まれ、飛雄の両手に包まれる。


「うん?」


すると、飛雄は懐をまさぐり取り出した箱。


「……えっ。」


それを開いた瞬間、思わず声を上げてしまった。


中に入っていたのは煌びやかな装飾の施された指輪。


「……名前、」


再び飛雄の手が私の左手に触れる。


そして、ゆっくりとそして静かにその指輪を私の薬指にはめた。


「結婚しよう。もう隠していたくない。名前は俺のものだって、俺は名前のものだって。」


突然のプロポーズに唖然としてしまい、ぽかん。と口すら開いてしまう。


だって、だって私さっきまでずっと逃げまくってて。飛雄の事だって傷つけちゃって。


そんな私に、飛雄と結婚する権利なんてあるの?


「……私なんかで、いいの?」


「お前がいい。お前以外考えられない。」


「また、傷つけちゃうかも。」


「それでもいい。沢山傷つけて傷つけあって、……喧嘩しながら、一緒に生きていこう。」


まるで空が晴れたかのように、話し始めてから初めて見せた飛雄の笑顔があまりに綺麗で、泣きそうになる。


「……かっこよく、なっちゃって。」


「またいつもみたいに、ちいせぇ時の話すんなよ。今大事な所だ。」


「ふふっ…わかった。」


むっ、と唇を突き出す飛雄。そういう所は可愛いまんまだ。


「愛してる、誰よりも。生まれた時から一緒にいるんだ、死ぬ時まで一緒にいてくれ。」


「…先に私が死んじゃうかもよ?」


「駄目だ。お前の骨は拾わないからな。」


「なんで!?」


「拾われたかったら俺の後に死ぬんだな。」


「ひっどい人だなぁ。」


「おい。」


「え?」


「返事は。」


「…へへ、不束者ですが、よろしくお願いします!」


手を取り合って、これからもずっとずっと。


どちらかがこの世を去る日まで。


一緒に笑って生きていこう!


fin.