姉ちゃんもどきのキモチ

「飛雄ー!!GWって1日くらい休みある?」


ソファーに座る俺の横にボフン!と座る名前


「GWは合宿。4泊5日。なんで?」


「合宿……?ずっといないの…?」


「なんか用事でもあったのかよ」


「普通に寂しいじゃん!!1人でご飯食べないといけないの!?休みの日なのに!!」


「それくらい我慢しろよ、大人。なんだろ?」


「ううう……可愛い可愛い飛雄が恋しいよぉ……大丈夫?名前の1文字目ーちゃんって言ってくれる飛雄が恋しいよぉ………」


「うっせぇな!?泣くなよ!!ほらもう!!」


えぐえぐと泣く名前の目元を拭う。寂しいってこいつ何歳だよ。


「一緒に出かけたかったのにぃ……買い物したかったのにぃ……」


「中学の時もこんな感じだっただろうが」


「そうだけど!!中学の飛雄は思春期来てからクソガキ過ぎて出かける気も起きなかったけど、高校生になった飛雄はちょっと成長したから、一緒に買い物ぐらい行きたかったんだよ……」


「……………次」


「え?」


どさくさに紛れて俺に抱きついてきている名前を見下ろす


「次のオフ決まったらすぐ言う。その日買い物付き合ってやる。」


「ほんと!?」


「あぁ、空けろよ。あと新しいサポーター。」


「買います!やった!!楽しみにしてる!!」


たぶん俺の方が楽しみにしてる、なんて言葉は飲み込む。いつかこんな事も言える日が来るといいんだけどな。


「GWはずっと練習?烏野で?」


ごろん、と俺の膝に寝転ぶ名前。男の膝枕なんて硬いんじゃねぇのか。


「最終日に練習試合。東京の音駒って高校と。」


「へぇぇ、強豪?なの?」


「今はわかんねぇけど昔は強かったらしい、烏養元監督と因縁がある監督が復帰したらしくて練習試合組めたらしい。」


「そうなんだぁ!!最終日に烏野でやるの?来てくれるの?」


「うん、向こうは宮城の色んな学校で練習試合やってから………おい」


「ん?」


「来んなよ?」


「行くよ?烏野で最終日ね?ふふふ、聞いちゃったもんね!!」


「クソっ!!嵌められた!!」


「嵌められたとか言わないでくれる!?」





「じゃあ行ってくる」


「うわあああ寂しいよ飛雄おおお!!!」


「うわっ汚ぇ!!鼻水つけんな!!」


「今日から4日間も会えないなんて辛い……無理……高校遊びに行ってもいい?」


「いい訳ねぇだろ、他の人に迷惑だから来たらぶん殴るからな」


「酷い!!私の可愛い顔に傷つけるなんて!!」


「自分で言うなよ、BBAなんだろ」


「うっせぇ!!」


「行ってきます」


「あぁ!!ちょ!!いってらっしゃぁぁい………」


一瞬の隙をついて家を出る、朝練に遅刻しそうだ。名前の悲しそうな声に笑みを浮かべて俺は学校へと急いだ。





「あれぇ?影山くん、今日は遅くないですかぁ?」


「ほんとだ、いつももっと早く来てんのに。何かあったのか?」


「おはようございます、菅原さん。……ちょっと、その、名前……この間来た姉もどきが泣きついて離れなくて。引き剥がすのに時間かかりました。」


「俺の事無視すんなよ!!苗字さんが!?なんで?」


「……寂しいらしい」


「えぇ!可愛いなぁ苗字さん。影山ももっと優しくしてあげればいいのに、どうせ無理やり引き剥がして来たんだろ?」


「はい、でもあいつは言って聞く奴じゃないんで。」


「今苗字さんと言う言葉が聞こえたんだが?」


「詳細を詳しく」


「出たな田中西谷。いやぁ今朝影山がちょっと来るの遅かったからどうしたんだ?って聞いたら苗字さんが寂しくて泣きついてきて、家出るのに時間かかったんだと」


「寂しくて泣きついてくる!?」


「羨ましい……!!俺も美女に抱きつかれたい……!!」


「いや泣きつかれたんだろ?抱きつかれたんじゃなくて」


「いえ、抱きつかれました。鼻水が汚かったです。」


「そうなの!?」


「うらやまじい……!!!」


「龍、泣くな……!!!」


そう言って泣く田中さんと西谷さん。いつも思うが感情がダイレクト過ぎないか。




「むさ苦しい連中と四六時中顔を突合せて何が楽しいのさ」


合宿所に着いて興奮する日向に言う月島。別に合宿所自体に興奮はしねぇけど、練習ばっか出来る合宿は楽しい。


「何言ってんだお前!!潔子さんがいる場所は澄み切った空気になるんだよ!!」


「そうだぞ!!」


「清水は家が近いから、用事が済んだら帰るよ?」


地に伏した2人を置いて軽やかに去っていく菅原さんに少し恐怖を感じた。


さて俺も部屋に荷物を置いてこようか、と思い歩き出した時


「び、美女……!!」


「美女の楽園かここは……!」


「何言ってるの?早く荷物置いてきなさい」


「どしたの潔子ちゃん、……ってどうしたんだい田中くん西谷くん!?」


聞こえてはいけない声が聞こえた


急いで振り返り、競歩で歩み寄る


そいつはやべぇ!!と顔をして逃げようとしたが、あいつの鈍足に負ける訳もなく頭を掴む


「ぎゃああ!!!いだい!!」


「お前、なんでいるんだ。来るなって言ったよな?俺。他の人の迷惑になるから来るなって言ったよな?」


「かかか、影山……?落ち着け…?俺が後頭部にボールぶつけた時と同じ顔しちゃってるけど大丈夫か……?」


「いや絶対大丈夫じゃないでしょ、苗字さんもチャレンジャーだねぇ、王様あんなに煽っちゃって。」


「苗字さん……どうかご無事で……!」


「いや山口、それヤバいやつだから。フラグ立っちゃうから。」


「ごごごごめんね!?でもちゃんと家のご飯も作ってから来たから!!」


「そこじゃねぇよ!!何勝手に高校生に混じってんだお前は!!」


「だってええ!!寂しかったんだもん!!飛雄だけ皆とご飯だなんてずるいよ!!」


「知るか!!」


「ま、まぁまぁ影山落ち着け?」


「そ、そうですよ影山くん。それに誘ったのは僕なんです。」


「……先生が?」


「はい、体育館の近くでこっそり覗いている苗字さんを見つけましてね、」


「いや待てよなんでお前体育館の近くにいるんだよ」


「ちょっと……遊びに来ちゃって……」


「それで夕飯の準備は僕と清水さんの2人でやる為、もし時間があるのなら手伝ってくれると嬉しいですと誘ったんです。結果として物凄く助かりましたよ!」


「ありがとうございました、料理の勉強もさせてもらってありがとうございます」


「いえいえ!!潔子ちゃんも手際良かったよ!」


「なので苗字さんを許してあげてもらえるかな?本人も影山くんに怒られる……って怯えてたから」


「……わかりました」


溜息をつき、手を離す。なんとか怒りを鎮める。いつもは名前だけが突っ走って色んな所に出没するけど、今回は先生達も助かったって言ってるし許そう。


「ごめんね、飛雄」


「いい。それに……合宿所でも名前が作った飯食べれるのは嬉しい」


「!!へへ、ありがとう」


「何とか丸く収まったな……」


「それにしてもなんで影山はあんなに苗字さんが来ること嫌がるんすかね?美人な幼馴染だし俺なら自慢したくなりますけど」


「……案外その逆なんじゃないかな」


「え?」


「影山は苗字さんに色んな男と知り合って欲しくないんじゃないかな?なんか守ってるって感じあるし」


「確かに……ってことはスガさん…!」


「あくまで俺の推測だけどな」


「それなら俺、応援します。あいつ不器用なりに頑張ってるっぽいし!」


「な、優しく見守ってやんべ!」




「うめえええ!!!」


「おかわり沢山あるからね!!」


「うぃっす!!」


「苗字さん、食べなくて大丈夫なんですか?」


「うん、ありがとね澤村くん。私家にご飯あるから帰ってから食べるよ!」


「そうなんですか、すいませんこっちに長居させちゃって」


「全然!飛雄の様子も見れるしねぇ……」


「……本当に親みたいですね」


「え?」


「なんか、我が子を見つめてるって感じしました」


「あはは、BBAだもんなぁ。……まぁ多少は育てた自覚はあるしね」


「影山の両親は忙しい人なんですか?」


「そうだよ菅原くん、全然家に帰って来れなくてねぇいても朝早く家出ちゃったり夜遅くに帰ってきたり。別に親子仲は悪くないけど日頃が私いないと一人ぼっちになっちゃうの。」


「そうなんですね……じゃあ影山の事小さい時から見てきたんですか?」


「うん、それはもう生まれた時から見てる」


小さくて柔らかくて守ってあげないと!!と思った。自分よりずっとずっと小さな手足。


少し大きくなって、飛雄が最初に言った言葉はまさかの名前の1文字目ーちゃ、だった。


親や本当の姉である美羽姉を差し置いて呼ばれた事にびっくりしたけど、嬉しかった。


「まだ赤ちゃんだった時とかね、ふにゃふにゃしてて可愛くてね……私の事最初に呼んでくれて、美羽姉と私の事ずっとついてきてたのよ」


「美羽姉?」


「誰ですか?」


「あ、聞いてない!?あのコミュ障め!!飛雄の本当のお姉さん!9つ上?かな?美羽って言うの。今は東京でメイクアップアーティストやってる」


「お姉さん本当にいたんですね!?」


「そうそう!美羽姉はバレーやっててね、飛雄も一緒にやってたなぁ」


「苗字さんはやってないんですか?」


「いやぁ私運動音痴で……何度やっても顔面レシーブしか出来なかったから辞めた」


「そ、そうなんですね…」


「飛雄がバレー始めるより、ちょっと前かな?それくらいから私は家の家事を任され始めてね……中学生くらいかな?」


「中学生で!?」


「そうそう、お互いの親が遂に家事を放棄してねぇ。でも私家事好きだから全然平気だったの、中でも料理が好きでね!」


それで調理師になろうかな、なんて考えた事もあった。でも今の未来で私は後悔してない。


結局今まで飛雄の為に生きてきた部分が多い。恩着せがましいだろうが、本当の事だ。


それだけ私は飛雄を愛している、大事にしている。だから必ず幸せになって欲しい。自己満足だが、私の分まで夢を追って、愛する人と結婚して長生きして欲しい。


飛雄はきっとおじいちゃんになってもかっこいいんだろうなぁ、なんて考えてしまって笑う。


「苗字さん?」


「あ、えっと、それでねもう10年ぐらい私はこの料理達で飛雄を育てて来たのですよ。」


「本当美味いです!」


「ありがとう!」


「苗字さんは親に近い姉なんですね」


「そうよ!まぁそれを飛雄に言うと幼馴染だろ!!って怒られるんだけどねぇ」


「やっぱり学校に来ちゃうくらい、心配なんですか?」


「うーん……実際のところあんまり心配はしてないよ、様子は見ときたいけど。たぶん聞いただろうけど中学の時にトラウマがあってね……もうあんな傷つき方絶対しないで欲しいんだ。」


「苗字さん……」


「きっとあんな風に傷ついたから今隣で笑ってくれる皆がいるんだろうね。でももう痛い目見たからさ、もうあんな事二度と起きて欲しくない」


どれだけ飛雄が泣いた事か。どれだけ傷ついた事か。あんなにボロボロになってしまった飛雄をもう見たくないしあんな風にさせない。


「うちの飛雄はなんだかんだ言って脆いの、だからそれなりにでいいから優しくしてあげて?」


「……はい」


「ごめんね、長話しちゃって。BBAは去るよ!」





「帰んのか」


「うん、寝る場所は無いからね!明日からはもう来ないから安心して。」


「……別に、名前が来る事が嫌なわけじゃない」


「え?いつもそれでキレるじゃん」


「……うるせぇ!!」


「はい!?」


「じゃあな!!」


なんなんだ、こいつは。理不尽に怒鳴られた。怒鳴られ損だ。


「??じゃあね」


「…………道暗いから気をつけろよ」


「…ふふっ、うんわかった。ありがと。」


不器用な優しさに笑う。うちの飛雄は脆いしトゲトゲしてるけど、優しいんです。皆に伝わってると良いなぁ。