++十数秒の儀式/天道輝


「桜庭さん、いってらっしゃい」

 ライブの前。ステージ裏から感じるのは、観客席からの熱気と歓声、暗い中で浮かび上がるペンライトの眩しいぐらい光。
 翼、桜庭の順にステージに上がる。名前が一人ずつ、声をかけながらステージに見送る。背中を押し出された桜庭は、少し緊張した面持ちで名前を見てゆっくりと頷いた。そのまま確かな足取りでステージへと足を踏み入れる。
 ライブの前、収録の前、撮影の前。俺たちがアイドルを始めた頃からずっと続いている。このライブが、収録が、撮影が上手くいくように、最高なものにできるように、そんな願掛けと言うか、もはや儀式のようなものになっている。
 最初の頃は名前も俺たちもガチガチに緊張していたことをふと思い出した。俺たちを見送る名前の方が逆に声も押し出す手も震えていて、それ姿に逆に緊張が解れていた、と懐かしく思う。

「天道さん、緊張してます?」
「少しだけな」
「うそ、結構緊張してるじゃないですか。手、震えてる」

 昨夜のゲネプロで見たステージの全貌は、今までライブをした会場よりも広くて不安になった。この中で歌うことに、ファンのみんなの期待に応えられるのか。プロデューサーの声を聞くためにイヤホンを外した片方の耳から聞こえてくるのは割れんばかりの歓声だ。俺の名前を呼ぶ声も聞こえる。

「やっぱり箱が大きいから、ちょっと緊張するのかもな」
「ちょっとどころじゃなくてだいぶ、ですけどね」
「確かに」
「大丈夫。昨日のゲネも上手く行った、今日のリハも。それに、今まで天道さんがファンの方たちを楽しませなかったこと、ありますか?」

 真横に彼女が居る。肩に乗せられた手が温かい。名前はぎゅっと俺の肩を掴んで、耳のすぐ脇で声をかける。うるさくしてはいけないスタジオでも、外の声が裏でも響いてくるときにでも、彼女の声がきちんと届くように、この儀式をするときはいつもこの体勢だ。初めの頃と違うのは、名前がすっかり緊張しなくなったこと。プロデューサーとしてどっしりと構えている。彼女は今やすっかり頼れるプロデューサーだ。
 俺は息を吐いた。いける、大丈夫、その言葉を繰り返し口の中で呟く。だんだんと感覚が研ぎ澄まされていって、外界と遮断されているような感覚に陥る。どくどくと心臓が跳ねる音だけが自分の身体の中で聞こえる。

「プロデューサー」

 そう呟くように言うのは、準備が出来た合図だと言うことを名前は分かっている。彼女の方は見ない。だけれど、名前が口角を引き上げたような、そんな気はいつも何となく感じる。

「――楽しんできてください、天道さん」

 とん、と力強く彼女が俺の背中を押し出した。その瞬間、前へ一歩踏み進める。







お題箱より。天道輝のお話。
20170805



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