++う゛あ゛!/山下次郎




 下心もあった。最近はお互い上手く一緒に休みも取れないし、会うのも事務所ぐらい。そこで話すことと言えば、仕事のことで、それが公私混同をしない彼女の美点ではあると思うけれど、恋人としては物足りないという気持ちもある。恋人との時間を作りたい、おじさんが言うのも恥ずかしいけど端的に言えば、いちゃいちゃしたかったのだ。

「すごい、もう動けない……」
「名前ちゃんたくさん食べてたからねえ。どう、おいしかった?」
「とってもおいしかったです……!」

 こたつに入って仰向けに彼女が寝転がる。かちゃかちゃとお皿を片付け始めると、お片付けぐらいさせてください、と彼女が立ち上がろうとしたけれどそれを制した。美味しそうなケーキも貰っちゃったしお客さんだからそんなこと考えなくていいの、と鍋を台所に持っていく。やかんで沸かしたお湯をマグカップに注いで、玄米茶のティーバックをそこに沈めた。テーブルの上に置く。

「魚介いれると出汁が出ていいなあ」
「しめの雑炊が美味しくなるよね」

 ずるずるとこたつから這い出した彼女が、なんとか起き上がってマグカップを持つ。背中を少し丸めて机に寄りかかる名前ちゃんの顔の血色が良くて安心する。最近は仕事が忙しくて食事も満足に取れないようだったから、心配していたのだ。
 鍋を食べている途中で暑くなってしまって暖房を止めたが、彼女としては暑いようで、ぱたぱたとシャツの中に空気を送っていた。

「名前ちゃん普段ちゃんと食べてる?」
「んー」
「だめだよ。食事って体に直結するんだからさ」
「言葉の重みが違いますよね」

 事務所のデスクにかじり付いて、ゼリーやバーを食べる姿を頻繁に目にしていた。よろけて転びそうになっていたのも何度か見ているし、夜遅くまで事務所に電気がついているのも知っていた。こういうときに一緒に住めたら、名前ちゃんのこと、支えられるのにと思うときがある。けれど俺は三十も過ぎたおじさんで、名前ちゃんは二十代もそこそこの女の子だ。こんなおじさんから同棲しようって言われたら、ちょっと重いんじゃないかな、と思ってしまうのだ。
 つん、と彼女の頬をつついた。なあに次郎さん、と彼女がとろんとした目をしている。構いたくなっちゃった、と言えば、彼女が腰を上げて、俺の足とテーブルの間に無理くり入ってきた。もっと構って、と見上げてはにかむように言う名前ちゃんがかわいくて、ぎゅっと彼女を抱きしめて、首筋に顔を埋める。名前ちゃんの 甘い匂いがした。
 何週間かぶりの彼女だ。明日も、俺はオフだけど名前ちゃんは午後から仕事だし、あんまり夜遅くまではできないけど、ちょっと期待している節はある。厚着した名前 ちゃんの服を崩していく。腰やお尻回りをなでて、カーディガンのボタンをぷちりぷちりと外した。

「次郎さん、手がえっち」
「しちゃだめ?」
「んー」

 返答しにくいことがあると、いつも言葉を濁す彼女だ。こういうときは良いという返事であることを知っている。薄いヒートテックの肌着をまくり上げて、腰をがしりと掴もうとすると、あっ!、と彼女が何かに気がついように声を上げた。

「やっぱりだめ」
「ん、どうかした?」

 俺の手を引きはがす。下着が上下違うとかお風呂入ってないからとか、そういうことならエッチしたいな〜恥ずかしがる名前ちゃんもかわいいし、と思っていると、俯いて、耳を真っ赤にさせて、言葉を紡ぐ。

「たくさん食べておなかぽっこりしてるから、やです……」

 頭の中が真っ白になる。なんだろうこの可愛い生き物。ぎゅうっと胸が苦しくなった。耳を真っ赤にさせているのと言い、消え入りそうな声で言っているのと言い、思わずのどの奥から変な声がでてしまう。
  そんなぽっこりしてるの分かるもんなのかね、とシャツをまくって見ようとすると、やっていってるじゃないですか!、と彼女がじたばたと暴れた。彼女の力もたかがしれているので、まあまあ、と押しのけて見ると、確かにお腹がぽっこりしているような気もする。それに手を伸ばそうとすると、彼女は声にならない声をあげて、ぐるっと膝をお腹につけるように丸まって、キッと俺のことをにらんで、もう次郎さんなんてだいきらい、と言った。ちょっといじめすぎてしまった。これは少しお高めのアイスクリームを買わなきゃ買収できないかもしれない。









20181030



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