++正気?2/ヴィル・シェーンハイト




「それ、もしかして豆腐?」
「ヴィル先輩ご存じなんですか?」
「ええ知っているわ。ローカロリーかつ高タンパクなのよね」

 食堂の机に広げたお弁当を見て彼が通りざま声をかけた。
 この世界は私が元居た世界とは随分と勝手が違うが、ありがたいことに食については似通っているものが多くある。
 連日食堂で出てくるトマトオリーブオイルにんにくの味付けにうんざりしていたのだが、日本のものっぽい食材というのは確かに存在していたのだった。醤油や味噌、豆腐、みりん、日本酒にも似たそれらの食材は街にある異国の食材や雑貨を売っているスーパーに売っていた。
 ヴィル先輩はふうん、と机の上に置いた食材をじっくりと眺める。食事には気を遣っている職業柄なのか目線がいつにもなく真剣だ。

「これってどうやって食べるの? 以前こういう食品を扱うお店で食事をしたときに、アタシの舌に合わなかったのよ」
「私の居たところではスープとか、あと長ネギこっちだとリークでしたっけ? それまぶして醤油で食べたり、水切りしてチーズの代わりにしてトマトと一緒にカプレーゼにして食べたり、揚げたり煮たりですかね」
「色んな食べ方があるのね」
「……一口食べますか?」
「良いの?」
「私の食べかけですけど……」

 今日もお弁当はシンプルだ。というよりお弁当がシンプルでは無い時は無い。朝作るのは面倒なので作り置きを適当にお弁当に詰めている。そのせいで毎日同じようなおかずを食べているのである。今週のおかずは、メインが肉豆腐、あとはサイドにもやしのナムルやほうれん草の煮浸し、目玉焼きを乗せている。スープジャーには玉葱とわかめのお味噌汁が入っている。
 彼は私の隣に腰を下ろす。彼のトレーに乗っていたのは、温野菜に鶏胸のソテー、ライ麦パン、アボガドのディップ、野菜スープ、モデルらしい食事である。ドーナツやらジュースやらを食べたり飲んだりしていたら彼のような肉体美は到底得ることは出来ないだろうな、と自身のぷよぷよの二の腕を見た。

「まだ手を着けてないから、アタシのフォークで取ってもいい?」
「どうぞ」
「いただくわね」

 彼が肉豆腐に手を伸ばす。天下のヴィル・シェーンハイトが肉豆腐を、しかも私の手作りを口に運んでいる。この普遍的な肉豆腐がフォアグラに見えてくる。それぐらい場違いだ。
 咀嚼する間が永遠にも思えるほど長く感じた。作るからにはおいしい物を食べたいとは思うが、彼が常日頃から食べているものと比べれば雲泥の差だろう。正直おいしいと言われる自信は全くない。

「悪くないわ。砂糖を使いすぎじゃないかしら」
「砂糖はたくさん入れた方が美味しいんですよ」
「豆腐と、味付けは何?」
「醤油っていう大豆から作られる調味料ですね」
「大豆? 確か豆腐も大豆から作られるはずよね? このスープは?」
「玉葱とわかめ、この前言った海藻っていう海の野菜みたいなのと、あと味噌という大豆から作られている調味料で」
「また大豆? このもやしも大豆が発芽したものよね?」
「え、よくご存じですね!」
「アンタ大豆しか食べてないじゃない……。大丈夫なの、栄養が偏りすぎてるんじゃないの」
「そんなことないですよ! 豆腐はタンパク質、もやしは食物繊維、味噌は発酵食品なので胃腸を整えてくれますし! 私が住んでいたところでは、特に味噌は抗菌作用がありまして、お弁当にいれると夏でも食べ物が腐らないんですよ」
「それって大丈夫なの……?」
「大丈夫ですよ!」

 ヴィル先輩の表情がなんとも言えないものとなる。
 アタシの胸肉のソテー一つあげるわ、と彼が同情をしたように皿を私に差し出した。
 そんなに貧相な食事をしているつもりはないんだけどなあ、と思いながらいただけるものについてはありがたくいただく。





20210527


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