++社会人の秘密/加州清光




 人には大きかれ小さかれ何かしらの秘密がある。それは私にも例に漏れずある。

「──名字さんだったら分かるよね? 新卒の子は挨拶もしてこないし礼儀もなってないし、仕事も出来ないけどね、電話も取らないし来客対応もしないから名字さんの負担になってると思う。だけど名字さんの方が大人なんだからさあ、ちょっとは大人の対応してよ。こんな不親切なことされたら誰のためにもならないでしょ?」
「あの後輩が仕事できないのは自明の事実でしょ。それに後輩が聞いてきたことはちゃんと回答してるし、仕事も代わりにすることだってある。アンタが見てないだけでその”大人な対応”はいつもしてるっつうの。誰のためにもならないって何? それはこっちがギスギスしてるとアンタの仕事がしにくいってことだけじゃないの? 誰のためにもならないなんて主語が大きすぎるでしょ、ふざけんなよ」
「こういうこと新卒の子に言うとパワハラになっちゃうかもしれないしさ、私も言えないんだよね。名字さんが大人になってくれれば済むことだから」
「さっきから聞いてればアンタの保身ばっかり。上に立つ人間としてどうなの? なんのために給料多く貰ってるわけ? 大人、大人の対応、親切であれ、それって主が話を聞いてくれそうな優しい人だから言ってるんだよね。部下の問題も指摘して解決出来ないようなら上司なんて辞めれば」
「……係長はご存じないかもしれませんが、私個人としては仕事を手伝うなどして面倒を見ていますし、問われたことについては回答しています。もともと彼はコミュニケーションを取るのが苦手なのか質問する時に話を展開しないので、結局何が聞きたいんだろうと思うところで話を止めてしまうんです。話を止められると私はもう理解していると思うので蛇足的な説明を長々とするのもどうかと思い話を止めます。質問されたことに対しては回答できますが、質問されないことに対して回答はできません。彼のコミュニケーション能力が向上しない限り、私もご協力するのは難しいかと思います」
「よく言った! 主えらい!」
「それは私もそう思うけど……。あの人はそういうのを正すのは難しいと思うんだよね。まあ名字さんがそこまで言うなら少し言ってみるけど……。じゃあ椅子とか片づけてくれるかな、私これから打ち合わせがあってね」
「分かりました」

 上司が扉を閉めた瞬間、加州が大声で言った。

「あ〜もう超ムカつくんだけど! 長谷部に職場ごと焼いて貰おうよ!」
「あははっ大賛成!」

 鬼のような形相だった加州の表情がいくらか和らいだ。
 彼が私の肩に寄りかかって、もう主がかわいそうだよ〜ゴミみたいな上司にクソ後輩と一緒でこの前なんてずっと胃痛いって言って薬飲んでたじゃんこんなのあいつらのせいだよ長谷部に焼いて貰う前に歌仙に首斬って貰おうね、と随分と物騒なことを言うのでそれにも笑ってしまう。加州の言うことは冗談だと分かっているので安心できる。この前長谷部と歌仙を連れてきた時は駄目だった。冗談が通じないのと沸点が低すぎるのだ彼らは。

「加州が居なかったら怒りとやるせなさとで泣いてたかも。加州がたくさん言ってくれたから冷静になれたよ。ありがとう」
「主も偉いよ、言われっぱなしじゃなくてちゃんと言えたじゃん。あ〜でも本当にムカつくあいつ。歩いてるときひっかけて転ばせてやろうかなって何回か思ったもん」
「それは私が怒られるから止めてね」
「はあい」

 審神者は現代社会に存外居る。そもそも時代を問わず能力があるとされた者が適正試験を受け、その試験をパスすると半ば強制的に審神者となる。どうやら未来では審神者の絶対数が不足しているとのことから、過去の私たちにも白羽の矢が立ったらしい。国民には審神者が付喪神と共に歴史遡行軍と戦い国を守るとのことは知らされていないが、代々の政府には知らされており未来の政府とは協力関係にあるらしかった。
 括りとしては国家公務員である審神者が兼業として会社員をしているのかと言う話だが、外との繋がりが希薄になると精神を病む人が多いため兼業が推奨されているのだ。兼業させるなら兼業の仕事を減らす手立てをしてくれという話だがここでは口を噤む。
 ともかく現代において審神者をしている人間は存外多い。弊社では私のほかに部署が違う私より少し年上の人も審神者をしている。探せばその人以外にもおそらく居ると思う。審神者は歴史遡行軍から襲われても緊急の対処が出来る一振の帯刀を義務づけられている。その一振りは素質のある人にしか見ることが出来ないため、先ほどの加州が上司と交わした応酬は私にしか聞こえていない。これが幸なことか不幸なことか、私としては言いたいことを言ってもらえて幸なんだけれど。先ほどのようなことがあるので帯刀をするのは気性が穏やかな刀を推奨されている。過去に刀の名前は名誉のために言わないけれど、首の皮を一枚切った刀が居るとのことだ。お察しの通り、雅ゴリラ、焼き討ちが得意な者、の二名が断トツなのである。私もこの二人を連れてきた時は止めるのに必死だった。

「ムカついたらお腹すいてきた。主夕餉一緒に食べるよね?」
「うん、何も予定無いし行くよ。今日の夕飯のご飯当番誰だっけ?」
「一期が主担当だったよ」
「お〜じゃあちょっと変わったご飯だ。この前のガパオライス美味しかったな……」
「ね、俺は生春巻き好き」
「チリソースが美味しいんだよね。どうやって作ってるんだろあれ」
「あ、そう言えば主今日の飲み会来るんでしょ?」
「あっ大変お世話になります〜、帰る途中スーパー寄ってでおつまみとお菓子ちょっと買って行っていい?」

 二人で椅子を揃える。あまりにも長居してしまうと周りの人に怪しまれるからそろそろ退却しなくてはならない。
 本丸のご飯はバラエティに富んでいる。みんなたくさん動くしお腹がすいては戦はできぬという慣用語句がある通り、食事に並々ならぬこだわりがあるのだ。当番制で台所は普通の大人のサイズで作ってあるから、背丈が成人女性から男性ぐらいまである刀で主に当番を回しているようだ。短刀だと背丈が小さい者がいるから、下拵えや盛りつけ、配膳に回る。私も休日は台所で手伝いをしているが、量が尋常では無いので見る度に新鮮に驚いてしまう。

「俺ビーフジャーキー食べたい。あとポッキーも。現世のお菓子って美味しいよね」
「いいよ〜買ってこ」

 加州が花が綻ぶように笑む。
 審神者と会社員の二足わらじが大変じゃないと聞かれたら大変だと感じる。だけどこういう社会人しんどいなと思うときに審神者をしていて精神が救われたと思うときも多々ある。どれだけ理不尽なことを言われても苛立つことがある時も、隣に彼らが居て共感をしてくれる度に、怒りややるせなさが分散されて冷静になれる。

「定時まであと2時間か〜だるいよ〜」
「帰ったら一期のご飯と俺たちと宴会」
「がんばる……」
「隣の後輩が電話取らない度に下痢ツボ押してあげる」
「それはよろしくお願いする」

 




20210801


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