++主演男優賞/桜庭薫





 とろんとした目をしている。事務所のメンバーと飲み会をするときは顔色を一切変えない、ザルと言われる彼だが、家で飲むときは空気がそうさせるのか気が緩むらしかった。きゅっと引き結ばれた唇にいつもより隙がある。
 ソファに座って2人、薫さんの体重がどんどん肩に寄りかかってくる。くたっとした姿は普段の姿からは想像がつかないだろう。日本酒を舐める程度にしか飲んでいないのにもうこんなにもふにゃふにゃしているのである。こうなると彼はなんでもしてくれる。なんでもというのは語弊があるかもしれない。いつもは相手にしてくれなさそうなしりとりも、嬉々としてかは分からないがそこそこ乗り気でつきあってくれる。この前はコッヘル鉗子と言われて、なんだそれと思考が固まったところ5秒経ったから負けだと強引に締められた。医療器具を持ち出すのはフェアじゃないと思う。
 とにかくアルコールを煽った薫さんは隙だらけだ。例えるなら、うつ伏せで日向ぼっこをしているふっくらとしている猫のマズルに指を乗せてもヒクヒクするだけで甘んじて受け入れている姿を彷彿とさせるぐらいには。

「お酒危ないから私持ってますからね、いいですか?」

 彼の手からコップを取り上げてサイドテーブルに置く。すると薫さんがこれでもかとしだれかかってきて、私の肩口に顔を埋める。耳や首筋もほんのり赤く染まっている。本当に少ししか飲んでいないのに、相当疲れていて酔いが回っているのか。そのまま腰に手を回して抱き枕に抱きつくときのように私を抱きしめる。こうなってしまったら最後、されるがままの状態になるほかあるまい。ソファに座ったまま器用に上半身だけ私に絡みついた彼が、んんと唸った。
 ぎゅっと後ろまで手を伸ばした彼から抱きしめられている。すんすんにおいを嗅がれているし、肌の感触を確かめるみたいに服越しにもぞもぞと触られてもいる。さらさらの髪の毛が顔に当たるのもくすぐったい。
 彼はアルコールを飲んでも記憶が残るタイプだから次の日は決まってバツの悪そうな顔をする。それも含めて愛おしいと思ってしまうし、普段薫さんはぴったりくっついて来ないのでこんな風に甘えられると実はとても嬉しい。

「うわっ!」

 彼が体重をよりかけたのでソファに寝転がる形になる。私の頭に手を添えてくれたので衝撃は無かった。

「ね〜薫さん〜」

 疲れてるならベッド行きましょうよ寝ましょう、と言うが色よい返事は貰えない。薫さんが私に乗っている状態なのでそこそこ重い。それでも私にしがみついてずっと抱きしめている。こんな前後不覚の状態になるなんて相当疲れているんだろうか。彼の髪の毛を梳いていると、密着していた頭が少し離れて首元に頭が来る。首の皮膚を彼が食む。柔らかく歯を立てられる。はあ、と熱い吐息がかかってそこだけふやけてしまいそうだ。
 子猫が親に甘えるときのように歯を立てるのを繰り返している。かわいい、とてもかわいい。外ではツンツンしたクールビューティーの桜庭薫が家の中だとこんな甘えた猫みたいになるんだよと全世界に声を大にして発信したい。
 首筋をかぷかぷと咬んでいる彼の手が服の中に入ってきてひやりとしたのて、息を鋭く吸ってしまった。悲鳴が漏れそうになったのを堪えられる。相手は純粋に触ってるだけなのに、私だけ反応してしまってはなんだか悔しいものがある。ウウウ、と唸りながら目を瞑ってぞくぞくとする肌を撫でられる感覚に耐えていると、今度は彼が耳の中に舌を突っ込んできたのでこれには耐えきれずにヒッと声が出た。
 しばらく瞑っていた目を開けたときの照明の逆光、顔をわずかにあげた彼の目がとろけてなどいない、いつものそれだったので思わず、えっ?!と声をあげた。

「絶対酔ってませんよね?!」
「酔っている」
「目がマジだった!」

 酔っぱらっているいないで一悶着。彼の胸を押し返そうとするも、すでに腹の上に乗られているというマウントを取られているので微動だにしない。そのまま顔を両手で固定されて、薫さんの薄い唇が私に重なると、いくつか啄むような口づけをしたあと厚さの無い舌がねじ込まれる。薫さんの舌は蛇みたいだ。ねっとりとした熱い舌が私の口内に入り込んで、彼が私の両耳を塞いだ。ンンー!と抗議のうなり声をあげるが彼は一切聞いてはくれない。ぐちゅぐちゅと舌が口の中を蹂躙する音が耳を塞がれるとよく響くのだ。否応にもできない快楽から逃れたい。骨抜きになった腰がゾクゾクして浮いてしまう。すると太ももに硬い感触が当たってしまい、びっくりして腰をすとんと落とした。目を開いて抗議の声にならない声をあげれば、薫さんがようやっと唇を離した。

「ちょ、ちょっと! ひどいですよ!」
「君が可愛らしいからつい加虐的になってしまう」

 私のこめかみを撫でながら薫さんが悪びれずに言う。蠱惑的な笑みで口の端がつり上がっている。

「そもそも舐める程度のアルコールで酔うわけがないだろう」
「酔うわけがない?!」
「てっきり今の話で気がついたものだと思ったが」
「……今日のも先々週のも、ずっとそれより前のも、」
「酔ったふりだ」
「私だまされてた……?」
「そうなるな」

 酷い、酷すぎると呟く。絶対に負けたくないのに体勢で既に負けている。マウントをがっちり取られているのである。せめてもの抵抗でクッションで顔を隠していると、彼がキスが出来ないとしょげた声で私に言う。

「手口が卑劣すぎます」
「今後は要検討しよう」
「要検討じゃなくて直してください!」

 グググ、とクッションを除けようとする力と止まろうとする力が相反している。

「酔ったふりをしないと君にうまく甘えられないんだ」
「ちょっと今きゅんってした」

 弱々しい声音に懐柔されてしまう。薫さんのクッションを押さえる手の力も幾分か和らいだので、端っこから彼の表情を伺うと、全くしおれた顔なんてしていない。人をいじめるのが好きそうな人間の顔をして慌ててクッションを押さえ込む手の力を強くしようとしたが、遅かったな、とクッションははぎ取られて私の頭の後ろに置かれてしまう。

「酷い、演技力が酷い……」
「何度も何度も同じ手口でひっかかるだなんて騙し甲斐があるな」
「良いカモじゃないですか私」

 先週出演してたドラマを見たとき、演技上手いって思ったんだよな。まさかその演技力が家の中で磨かれていたなんて、全くもって酷い話だ。
 意識が薫さんに向いていないことが気づかれたのだろう。こんなに近くにいるのに僕のことを考えていないのか?、と彼が自身の額と私の額をコツンと合わせる。それに対して、今年の主演男優賞は薫さんかなって思って、と返答すると、間違いない、と喉の奥で笑った。







20230304


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