++君はいつの間にか大人びていく/不二周助



 それまで互いに下の名前で呼び合っていたのに、中学校にあがると突然名字とさん付けなんて他人行儀になる。誰に教えられたわけでもなく、自然にそこを境に一線を引いてしまう。



「ここ逆だよ」
「どこ?」
「ほらここ」

 とんとん、と学級日誌の3時間目と4時間目の欄を彼の指が叩く。
 放課後の教室には不二と私しかいない。青学は中高一貫校だから高校受験をしなくてもいいけれど、それでも夏の大会が終われば三年生は引退となる。エスカレーター式と言っても高等部に上がる際の試験はあるから勉強をするか、外部進学に備えて塾に通うか、サッカーチームやテニスチームなど外部のチームに参加するか、部活動も受験も無い期間をまたとない機会としてぼんやり過ごすか、夏が終わった三年生の過ごし方はおおよそそのようなものとなる。

「不二、部活動行っていいよ。あと私するから」
「今日の日直当番、ボクもだから」

 近くの棟で練習をする、吹奏楽部のクラリネットの音が聞こえる。椅子の背もたれにお腹を押しつけ、逆向きに座った不二は夏の大会が終わったのに部活動のジャージに身を包んでいる。聞いた話によると、全国大会を優勝したチームは強化選手として招集されるから夏の大会が終わった後も部活動に参加することとなっているらしい。
 不二とは小学校が一緒で家も近所だったから、5年生くらいまではゲーム機を持って公園でゲームをしていたこともあった。不二がテニスをしているのは知っていて、上手いというのは聞いていたけれど、まさか全国優勝をするぐらい強いなんて思っていなかった。

「全国大会、応援行けば良かったな」
「名前、テニスのルールもあんまり覚えてないよね?」
「運動神経無さすぎてスクールの体験して向いてないって終わっちゃったから……」
「ラケット振ったら顔面にボール直撃してて痛そうだなって思ったよ」
「しっかり見られてるし……」

 下の名前をすんなりと呼んでくるから心臓が跳ねた。どういう意図があるんだろうと、日誌を書く手を止めて不二の顔を見ると、不二は私のことを見ていてカチリと歯車が合うように目が視線が交差する。視線を外したら、私が負けたような気がしてじっと彼を見据える。
 不二はきれいな顔立ちをしている。炎天下の中テニスをしているのに、顔にはそばかす一つ無い。さらさらの髪の毛も目も色素が薄く、肌は白い陶器のようで、太陽の下で透けそうなくらいだ。
 紙とペンが擦れる音が止んで、沈黙する。不二は私をずっと見つめている。彼を見ているとその目の中に吸い込まれそうになる。
 男と女で分かれ始めたのはいつぐらいからだろう。小学校4年生くらいからか、一つの教室で着替えていたのが女子だけ違う更衣室をあてがわれるようになった。5年生ぐらいには一緒に遊ぶ機会も減って、6年生には同性の友達としか遊ばなくなった。中学校に入ってから、男女で一緒に歩いていれば付き合っているのかと揶揄されて、男は男と女は女とで行動するようになった。二次性徴が早く来る私たち女は、男子たちが自分よりも子供のようだと、それで距離を置くのかもしれない。そんな中で不二だけは何となく異なっていたと覚えている。大人びていて穏やかで、不二は女子からよく好意を寄せられていた。

「──誰かが通りかかったら、オレたち勘違いされるかもね?」
「周助となら、勘違いされてもいいよ」

 不二が珍しく目をまん丸にしたので、思わず笑って再度日誌に視線を落とす。

「あんまりからかわないで欲しいな」
「最初に煽ったのは不二だよ」
「そんなつもり、無かったんだけどな……」

 調子狂うよ、彼がぽつり呟く。グラウンドではサッカー部が活動している。不二はそちらを見遣っていた。
 滑らかな曲線の横顔。肘をついて窓の外を眺める。華奢な体なのに肩幅は私よりある。昔は私の方が身長が高かった。今は彼の方が身長が高い。この一年ですっかり抜かされた。私は成長期が止まったから、もう伸びないと思うけど、不二はこれからだろう。そうしたら、三ヶ月後、半年後、一年後は不二が不二じゃなくなってしまうかもしれない。それが自分だけ取り残されたような気がして複雑な気分だ。
 遠くを眺める彼の頭の位置と私の頭の位置では、彼の方が高いことに気がついた。身長も伸びているんだから当たり前だけど。一緒に歩く機会は無くなったけど、席は二年生からずっと同じなのに、身長を越されて初めて座っているときの差に気づくなんて思わなかった。

「不二、背伸びたね」
「ようやくキミより背が伸びた」

 不二は私の知らない顔をしていた。







20230813


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