++格好いいひと/花園百々人





 転びそうになったプロデューサーを咄嗟に抱き留めた。肘をつかんで腰回りに手を添える。鼻と鼻とがくっつきそうな近さだ。
 細くて柔らかい肉の感覚が手のひらに集まる。百々人はぴぃちゃんってこんなに柔らかくて甘いいい匂いがするんだ、とまるで他人事のように思った。普段のプロデューサーはこんなに近くまで近寄らせてくれないのだ。だからこんな機会はまたとない機会で、百々人は呼吸をするのも忘れてプロデューサーの頭一つ低い位置にある顔をじっと見る。丸い焦げ茶色の目、ブラウン系の細かいきらきらしたアイシャドウ、まつげはくるんと上を向いている。肌馴染みが良さそうなベージュベースのリップ。少し唇が乾燥しているのかもしれない、縦皺が寄っている。
 じっと見ていると、プロデューサーの顔がまるでリンゴのように赤くなっていく。

「ぴ、ぴぃちゃんどうしたの、調子良くない?」
「格好いい人が近くにいるので……!」
「具合悪いの隠してる?」

 格好いい人が近くにいる、だなんてアイドルに四六時中囲まれて飄々としているプロデューサーがなにを言うのか。咄嗟に体調が悪いのを隠しているに違いないと百々人は思った。
 プロデューサーが顔を自分自身の手で覆って俯いた。首筋や耳まで真っ赤になっている。それを心配に思ったのは百々人で、プロデューサーが覆っている両手を、腰を添えていた方の手で退けようとする。プロデューサーの小さい手をどうにかこじあけると、真っ赤な顔でうるうるとした目をしたその人がいる。潤んだ目からは涙がこぼれ落ちそうだ。その表情がいやに扇情的に見えて、百々人はごくりと唾を飲み込んだ。
 視線が重なりあって、実際は一瞬なのに長い時間見つめ合っているような気がした。
 ぴいちゃん柔らかくて思ったよりずっと小さい。僕のこと抱きしめるより僕が抱きしめる方がずっと簡単かもしれない。どこを触ってもびっくらするくらい柔らかくて筋肉なんてついてないみたい。指、細くて小さかった。顔を覆ってた時の力、あれが本気なのかな。壁に追いつめてちょっと力を入れたら押し倒せるかも。口、小さくて可愛いな。すぐ塞げちゃいそう。あれ、僕今なに考えてたんだろう。
 百々人は自身がプロデューサーをそういう対象として見ていることに気がついて、血の気が急激に引いて、そのあと熱が顔中に集まってくる。
 ガタン、と事務所のドアが開いた。それに二人がそちらを凝視する。
 二人きりで唇と唇とがくっつくような距離で赤面していた。

「──ただい、……取り込み中か、出て行くと良い?」
「天峰さん、取り込み中じゃないです!」

 百々人がパッと手を離した。プロデューサーが顔の熱を冷やすように自身の手で頬をぺたぺたと触れている。
 ふーん、と訝しげな声を出しながら、秀はこれ頼まれてたの、と机の上に購入品を並べる。コーヒー豆の入った袋とガムシロップ、使い捨ての木のマドラー。気分転換したいし無いなら買ってくるよ、と言ったものたちだ。

「天峰さん本当にありがとうございます、助かります」
「どういたしまして。……二人ってそういう関係なの?」
「いやいやいや誤解です。花園さんが、私転けそうになったところを助けてくださったんですよ。それであの、花園さん格好良くてですね、不意打ちだったので顔赤くなってしまって……」
「格好いい、って俺たちの顔いつも見てるじゃん」
「仕事してる時はそういう気にしないモードに入ってるから大丈夫なんです。そんなぴったりくっつくようなこともないし、無心で居ようって気持ちが働くので。でも心の準備なしに近くに来られると取り繕うことができないと言いますか……」
「俺や鋭心先輩でもなるの?」
「なりますよ。お二人とも格好いいですから」

 秀は満更でもなさそうな表情をした。それが面白くないのは百々人だ。顔の赤さは引いているがむっとした表情をしている。

「ぴぃちゃん、それってほかのみんなは知ってるの?」
「天道さんにはバレてますね……。たまにからかわれます」

 とても面白くない。ひきつった笑みの百々人を見た秀が笑いを抑えられないようだ。
 仕事だと割り切っている時は覚悟が決まっているので平然を装うことが出来る。そもそもアイドルたちをごく近くから見るようなこともない。誰しも突然目の前に格好いい、美人な人が居れば照れてしまうものだろう。
 
「お二人ともご内密にお願いしますね。心臓に悪いから」
「どうしようかなあ、ぴぃちゃん可愛かったから」
「プロデューサーが赤面するなんて中々見ないし、近くで見てみたいかも」
「そういうところで知的好奇心出さなくていいですからね?」






20240107




- 134 -

*前次#
ALICE+