++ずっと甘い/東雲荘一郎


「何を作ってはるんです?」
「うわっ!」

 無心でしゃかしゃかと生クリームを泡立てているのに夢中で彼が近寄っているのに全く気が付かなかった。どっどっどっ、とはやる心臓を押さえてぎこちなく彼の方を振り向く。柔和に細められた目、しなやかな所作。今日は確か事務所で彼の所属するユニットのボーカルレッスンがあったはずだ。カフェパレードの東雲さんだった。

「は、早いですね。まだ3時間近くレッスンまでお時間ありますけど」
「ええ。一昨日に教わったダンスの振りを確認したいと思って」

 それで何を作ろうとしていらっしゃるんです?、と彼が再度尋ねる。細められた目が厳しくこちらを見ているような気がする。本職の人に見られているとは何とも緊張して仕方が無い。
 だらだらと冷や汗が背筋を伝う。私は若干目を反らしながら、ホットケーキを……、と小さな声で言うと、彼の表情が一気に華やいだように見えた。

「いいですね。それでは生クリームをトッピングするのですか?」
「そ、そうです。なんだか無性に生クリーム食べたくなるときってありません?」
「分かります、それ」
「ですよね! ちょうど事務仕事も一段落したし、あと先日のドラマのオーディションの合否の連絡が今日で、何かしないと落ち着かなくて……」
「ああ、神谷の探偵ものの」
「それです!」

 よくご存知ですね、としゃかしゃかと泡立てながら言えば、その原作小説を前々から読んでいて、との返答。そうなんですかあ、と返すけれども、何だか話がぎこちなく思えてちょっとだけ気まずい。甘さはこれくらいでいいかな、とまだ少し柔らかめの生クリームが入ったボールに指を突っ込んで味見をする。どうせ私一人しか食べないのだから、この際衛生がどうとか言う話は無しである。

「私にも作っていただけませんか?」
「えっ」
「一人分足すぐらい造作も無いでしょう?」
「え、いやだって今、私生クリーム指で舐めましたけど」
「そんなの気にしません」

 私が気にするんだって、という心の叫びは彼には届いていないようだった。もちろ私が指ですくったものを彼に食べさせるということについても大変気になることだが、一番ネックなのは本職がパティシエの人に、分量も工程も何もかも適当に作っているものを食べさせるという点である。
 どうすれば元パティシエの彼から別段何ともない安っぽくて素人感丸出しの私の作ったホットケーキを食べるのを諦めて貰えるか、それだけをひたすらに熟考する。
 私がいや〜、と言葉を濁しながら一向に角が立たない生クリームを泡立てていると、もうちょっと斜めにした方が泡立ちがええよ、と手首をくいっと曲げられる。私の後ろに移動した彼がそのまま泡立て器を彼が握って、しゃかしゃかとかき混ぜ始める。東雲さんからは甘いバニラのにおいがした。もしかしたらここに来る前にも何かお菓子の試作をしていたのかもしれない。袖、捲ってくれません?、そう言われて慌てて彼の袖を捲る。筋張った腕が見が見えて、泡立て器を動かす度に筋肉が動く。東雲さん自身、線が細くて女性らしい穏やかな印象を受けるけれど、こうやって近くで見ると、なんとも男の人っぽいんだなあと思ってしまった。
 流石元パティシエ、手際よく泡立てられていき、角が立った。味どないやろ、と呟くように言って彼が唐突に私の手首を鷲掴んで人差し指に生クリームを付けると、ぱくりと指ごと口に含んだ。ざらざらとした舌と硬い歯を指の腹に感じた。あまりのことにえ、と固まっていると、彼が甘さも良い感じ、と太鼓判を押した。

「いやいや、待ってください東雲さん、今の」
「何です?」
「何です?、じゃなくて、今の、流石に駄目ですよ。誰にでもするんですか」
「してませんよ。好きな人にしか」

 そんな破廉恥な趣味してません、と微笑んだように思えた。私は更に混乱する。この場合の好きは、ライクとラブのどちらの方なんだ。こんなさらっと言われるものなのか。東雲さんの表情は飄々としているから、私の勘違いかもしれないし、思い違いかもしれない。そうだ、そうにきまっている。パティシエとして普通にすることなのかな、いや衛生面的に考えて絶対しない、などと考えていると、追い打ちのように、好きな人の料理が食べたいってだけですよ、と告げられる。あとは頼みました、出来たら教えてください、とひらひらと彼がレッスンルームに消えていく。もう私は一体何が何だか分からなくて、ただただ呆然とするだけだ。







お題箱より。東雲荘一郎の甘い話。
20170826


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