++夏色ベストショット/Beit





 水平線の向こうでは、日が昇り始めているのが見える。夏の照りつけるような日差しも幾分か和らいでいるようにも感じられた。天気は良好、雲一つ無い晴れやかな青空。私は窓からそれを確認すると、意気揚々と海へと向かうために準備を進めた。
 一昨日昨日はBeitで、水着のCM撮影があった。内容としては、新作の男物の水着を着た三人が、女性の目線を模したカメラの前に一人ずつ、恭二は海の家の店員として、ピエールはかき氷を一緒に食べる友達として、みのりさんはナンパを追い払って助けてくれる青年として現れるといったものだ。三者三様に、目の前の女性、ここではカメラさんの水着が可愛らしいと言って、その後に「今年は海で色んな出会いをしよう!」、というテロップが流れる。三人の引き締まった体が見られるほか、その脚本にあまりにも胸がきゅんきゅんしすぎて見ているこっちが息も絶え絶えだった。
 その撮影のために、海すぐ近くのコテージに泊まっていたのだった。これもスポンサーさんの計らいによるもので、ホテルよりコテージに泊まった方が楽しいでしょ?、とのことらしく、確かに一昨日は皆でご飯を作ったり、昨夜は浜辺でたき火をしながら怪談話をしたりととても楽しかったので本当に感謝である。今日は雨天時の予備日だったのだけど、撮影はつつがなく終わったので、自由に行動しても良いということになったのだった。

「……名前?」

 日焼け止めも塗った、Tシャツも水着の上から着た、足に付いた砂を取るための水の入ったペットボトルも持った、準備万端だ、と玄関でビーチサンダルを履いていると、眠そうなそんな声が背後から聞こえてびくりと肩を震わせる。

「ぴ、ピエール、驚かせないで……」
「わあ、名前、水着着てる!」
「しー! 静かに……!」

 彼は驚いたように目をまん丸にさせた。ピエールの声は高めでよく響くから、恭二やみのりさんまで起きてしまうんじゃないかと思って、声を抑えるように言うと、はっと口に手を当てて、声の大きさをぐっと落とした。

「名前、こんな朝早く、どこ行くの?」
「……えっと、海に。ピエールこそ、こんなに朝早くにどうしたの?」
「お水飲みたくて、キッチンに行ってた。その途中に名前も見つけられて、ボク、うれしい!」
「しー、みのりさんと恭二起きちゃう……!」
「あっ、ごめんなさい」

 またもやはっと、ピエールが口を噤んだ。
 ピエールが大声を出す以前に、そろそろ日の出だし、今日は朝早めに起きて観光をしたいと言っていた彼らである。早く海に入って、何事も無いように戻ってきたい。きらきらとした目で見てくるピエールの視線に耐えきれなかったのもあるけれど、じゃあ私、海に行ってくるね、と切り出すと、彼が名案だと言わんばかりにボクも、行く!、と言ったのだ。

「え、ちょっ、まっ」
「すぐ着替えてくる! 名前、そこで待ってて!」

 そう言って、とたとたと自分の部屋へと向かう。そんな声と足音出したら、二人とも起きちゃうって、私は気が気では無くてはらはらとしながら、どうしようもないので玄関で待っていると、数分もしないうちに水着を着たピエールが現れた。撮影で着た水着に、カエル模様の浮き輪。レッツゴー!、と私の腕を引っ張った。



・・・



「海って、不思議。吸い込まれそう」

 波打ち際に立って、ピエールがそう呟いた。朝焼けの中、微笑む。
 遠くに波に乗っている人が見える。砂浜には二人歩いてきた分だけの足跡。ぴちゃぴちゃと足を遊ばせる彼の姿。金色の髪の毛が朝の日差しに反射して、きらきらと光っているように見えた。カメラ持ってくれば良かったなあ、だなんて思ってしまうあたり仕事癖が抜けない。

「名前も!」
「うわっ!」

 ぐいっと手首を引っ張られる。向かい合わせで、ぴちゃぴちゃとピエールが水を掛けてきたので、私も微力ながらそれに応戦する。足の裏で砂が遠くへ引っ張られていく感触がする。それに足が掬われないように、互いに肘の近い部分を掴む。
 こうやって近くで見ると、彼は本当に美少年だし、でも力強さというか身体の線は男の人っぽいんだなあ、と再認識してしまった。今度はこういう路線で企画を組んでみるのもいいかもしれない、だなんて彼の顔を見ながら考えていると、唐突に、ピエール、名前!、と聞き馴染みのある声が聞こえて、思わずそちらを向いてしまう。

「えっ?」
「波打ち際に二人、しかも仲むつまじく遊んでる、これ最高のシチュエーションじゃない? 驚いた顔もいいよねえ」
「……みのりさん、名前さん般若の形相になってますけど」
「いいのいいの、だって名前って隠し撮りぐらいしないと絶対写んないでしょ? あっカメラ、テーブルの上から勝手に借りた!」


 同じく撮影の時の水着に身を包んだみのりさんと恭二だ。みのりさんはちゃっかりと社用のカメラを手に持っている。

「みのりさん、それ消してください」
「えー、やだよ−。せっかくなんだからさ、いっつも名前って撮ってばっかりだし、名前も思い出残しておこうよ」
「それ事務所のアイドル撮るためのカメラですから……!」

 みのりさん、と海から上がって彼に詰め寄った。彼はにこにことしながらカメラを頭の上に上げている。圧倒的な身長差のせいで届かない。
 ぴょんぴょんと跳ねていると、彼がふとこう言った。

「ていうか名前、なんでシャツ着てるの?」
「普通に水着だけって恥ずか……ッ!」

 ぴろん、と私のシャツの胸元の生地をつまみ上げて、みのりさんが中を見る。新作の水着じゃん、可愛い、と彼が独りでに言った。隣の恭二がわずかに頬を染めている。

「み、みのりさん……」
「……今、アイドルじゃ無かったら顔面ぶん殴ってますよ」
「あはは−、ごめんね?」

 そうなのだ。一昨日の撮影でも、昨日の撮影でも、スポンサーさんからはせっかくですしプロデューサーさんもいかがですか?、といただいた新作の水着を着なかった理由。もちろん自分の体型に自信が持てなくて恥ずかしいというのもあるし、何より、一番思ったのは、このアイドルたちの前で、しかも撮影でモデルさんや女優さんを見慣れている彼らの前で、自分の水着姿を見せるとは即ち公開処刑なのでは、と思ったからなのである。更に今回の撮影でもエキストラと言っても、一応写真審査はしている選りすぐりの方々を集めているわけで、その中でごく一般的な私が水着姿を晒したら、それはそれで死んでしまう。そう思って撮影中は意地でもいつものシャツにスラックスという夏にあるまじき暑い格好をして堪え忍んでいたのに。今日は泳げると、彼らに隠れてこそこそしていたら見つかるし、私としてはとんでもない厄日である。
 私はぐっと拳を握りしめて、カメラを持ってみのりさんの腕めがけて拳を振り下ろそうとするも、彼の俊敏な動きですかすかと空を切るばかりだ。

「ていうかなんでみのりさんも恭二も居るんですか!」
「ピエールの声と、玄関の鍵がかかる音で目覚めちゃって。恭二もそうだよね」
「っす」
「名前、ごめんなさい……」
「でも名前もせっかく似合ってるんだから、シャツ脱げばいいのに」

 今度はお腹の裾をぴろんと捲ったみのりさんに、私の怒りのボルテージは噴火しそうな勢いだった。私の顔を見た彼がやば、と呟くのと同時に駆け出す。

「恭二、パス!」
「ほんと許せない! みのりさんそのカメラすっごい高いんだから丁重に扱ってください! あと恭二! 消して!」

 砂に足を取られて上手く走れない。彼はごめんごめん、と笑っているのも、私のペースに合わせるように走っているのもむかむかする。この長身足長スタイルお化けめ、心の中でそう悪態をつく。その中で、ぱしゃり、カメラのシャッターを切る音が辺りに響き渡る。
 皆、入ってる!、とピエールが屈託なく笑いながら言ったのが聞こえた。





 あの日、シャッター音が響いたあとに、ピエールが「皆、入ってる!」と言った意味がよく分からなかったのだけど、写真を現像してみてようやっと分かった。
 ピエールと恭二が画面の下部に居る。頭と目だけしか見えていないれど、しっかりと笑っているのが見て取れた。たぶん恭二がシャッターを押したのだろう。ボタンを押すための腕も画面の中に入っていた。そしてその背後に居るのは、浜辺を走るみのりさんと私で、みのりさんが愉快そうに笑っているのも、私の怒っている表情もしっかりと見えた。
 本当に困ったものだけど、その写真は事務所のアルバムに貼ってあるし、入手経路はよく分からないけれど、彼らもデータを持っている。本当に困ったものなのだけれど。






お題箱より。海で撮影することになったBeitとプロデューサーのほのぼの系。
20170902
 
 


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