++チョコバナナカスタードクレープ


「クレープ、買って帰りませんか?」
 プロデューサーが少し離れた場所にあるキッチンカーを指さした。
 春の陽気にしては少し暑いぐらいだ。プロデューサーも百々人も黒のジャケットを腕にかけている。百々人はネクタイを少し緩め、太陽の眩しさと初夏のような暑さに顔を少し顰めた。大学合格が決まり急いで準備したもので、いわゆる就職活動をする学生が着るものと同じスーツである。「私が通っていた大学は入学式はリクルートスーツでしたけど、芸大ってどうなんでしょうね」とプロデューサーは不思議そうにしており、百々人も皆個性的な服装で式に来るのかと身構えていたが、蓋を開ければ黒いスーツの集団が並んでいたのでほっと一安心したのが先ほどだ。黒いスーツなど就職活動をするときだけ使うもので、実際に社会人になったら使用する機会などほとんどない。皆早々に買い替えるのだ。それならば高いものを買わなくとも、とプロデューサーに連れられて既製品のスーツを購入したのだった。試着で店員に「お連れの方とってもスタイルが良いので、手足の長さで考えてワンサイズ大きめのものをご購入された方がいいかもしれませんね」と言われプロデューサーがニコニコしていたことが記憶に新しい。当の百々人は手足の裾が足りずつんつるてんとなっている姿を見られるのが恥ずかしい気持ちでいっぱいであったが。
「いいね、僕お腹すいちゃった」
「入学式あるからキッチンカー多いのかな。お腹がすいているなら、クレープじゃない方がいいですか? あちらにケバブとかカレーのキッチンカーあります」
「うーん、クレープの気分だからこっちにしよう?」
 大学ほど近くの公園はとにかく面積が広大で博物館や美術館が敷地内にあることがあり、3月の初旬からは花見関係のイベントで屋台が並んでるなど、何かとイベントで人が賑わうことが多い印象だ。今はすっかり散っており花見客目当ての人がいるわけではなかったが、キッチンカーが点在しており、週末にはお決まりの光景なのかもしれない。人が全く並んでおらずやや不安を感じたが、入学式の会場から出てくるのが早かったからだろう。車の外に設置されたクレープのメニューを見ると、美味しそうなものだった。
 先ほど2時間ほどの大学の入学式が構内の講堂で行われたところだった。保護者の出席は自由だが、生徒が座る席のほかにも保護者用の席が用意されるとのことで、ちょうどプロデューサーもスケジュールに空きがあったので参加することにしたのだった。昨日は黒野が進学した大学の入学式に参加したが、プロデューサーが思っていたとおりのものだったので時代が変わっても入学式は大して変わらないものなのだなあと感慨深い気持ちだった。対して芸術大学の入学式がどのようなものなのか、興味本位も多分にあったことが理由だが、全身銀色の装いをする新入生や白塗りの新入生は見受けられなかったので少しだけ残念に思ったことは心のうちに留めておく。
「決まりました?」
「チョコバナナカスタードにする」
「いいですね、私もそれにします」
 プロデューサーが注文をすると5分ほど時間がかかると伝えられて了承し、先払いした。百々人が財布を取り出すが、「私から言ったことなので」とそれを制した。
 プロデューサーと百々人の後ろに、続々と人が並んでくる。こういったことをバンドワゴン効果と言ったか、元々人気の店なのかもしれない。並んだタイミングが良かったのだろう。
「明日から、授業のガイダンスと専攻ごとの顔合わせがあるんでしたっけ?」
「うん。ちょっと緊張するかも」
「高校と全然違いますからね。私も緊張した記憶があります」
「ぴぃちゃんも緊張することってあるんだね」
「今は鋼のような心をもっていますけど、昔は硝子細工のように繊細な心だったんですよ、私も」
「鋼なんだ」
「そうじゃないとアイドルのスカウトはできません」
「確かに、初めての人にアイドルになりませんかって突進してくるんだもん」
 百々人が柔らかく笑った。今日一日、何かと緊張しているような面持ちだったのでその糸が切れたのかもしれない。
 大学合格の日から大学の入学等の手続はあったが、そこまで忙しいというわけではなかった。プロデューサーは大学入学を機に上京をしてきたので、合格発表から部屋を決め目が回るような日々だったが、百々人の場合は家が都内にあるので引っ越しの手続はしなくて済む。ただ以前話を聞いていたとおりならば、高校を卒業をするまでは家にお手伝いの人が居るとのことだったので、今は完全に一人暮らしになっているのだろう。
「……ちゃんとご飯食べてます?」
「うん食べてるよ」
「今日の朝、何食べました?」
「えっと、……」
「食べてませんね?」
「あんまり朝って食欲無くて……」
「私も睡眠時間の方が大切なので人のこと言えませんけど……」
 明日からは本格的に大学が始まる。最初のうちは学業と一人暮らし、そしてアイドルの3つをこなさなくてはならないので大変だろう。プロデューサーもできる限りフォローしたいと考えているが、百々人だけに目を向けるのも難しいだろうとは感じていた。やりたいことはたくさんあるのに体はひとつだけしかないことが困りものだった。
「ぴぃちゃんは朝何食べてるの?」
「バナナ1本……」
「なんか意外かも。ぴぃちゃんって朝も強いし、白米お魚お味噌汁みたいな食事してるのかと思ってた」
「頑張って起きてるだけで本当に寝汚くて。アラームも何回かかけて目覚まし時計も洗面台に置いたりしていて、お恥ずかしい話ですが」
「そうなんだ」
「ちょっと、笑わないでくださいよ。かっこ悪いし絶対にみんなに言わないでくださいね」
「はあい」
 チョコバナナカスタードクレープ2つでお待ちの10番の方、と呼ばれる。列から少し外れた場所で待っていたので、プロデューサーはカウンターに向かい、番号札と商品を交換してもらう。片方を百々人に手渡した。
 薄いピンクの包み紙に包まれている。上にはたっぷりのホイップクリームが乗せられており、バナナが差し込まれている。その上にチョコソースと色とりどりのカラースプレーがかかっている。腹がへっていることもあり、プロデューサーも百々人もごくりと喉が鳴った。
「車まで待てないかもしれません」
「すごく暴力的なビジュアルしてるもんね」
 プロデューサーは手に持っているクレープから意図的に視線を背ける。だがホイップクリームとチョコソースの誘惑には勝てず、付属のプラスチックのスプーンで上の部分をすくい口の中に入れた。
「お、美味しい」
「あ、ぴぃちゃん食べてる。お行儀悪い」
 僕も食べちゃえ、と百々人も口に含んだ。ホイップクリームの舌先が溶けるようなミルキーな甘さと、チョコソースのほろ苦さが口の中に広がる。どんどんと食べ進めたくなる衝動をぐっと抑えて、プロデューサーの方を見れば二口めを食べようとしているところで、視線が交錯した。やや視線をそらしながら、プロデューサーが口に運ぼうとしたスプーンを戻していた。
「車行きましょうか。百々人さん、おうちまで送っていきます」
 ごまかすように続けるプロデューサーを横目に、百々人が二口めを口に含んだ。あっ、というプロデューサーの声が聞こえる。







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