++フルーツタルト


 春が近づいてきたというのに、頭が体が浮足立たないのは、身の振り方が決まっていないからだろう。
大学の併願は受けなかった。おおよその受験生からすれば珍しい部類の受験の方法だろうと思う。通常であれば第一希望、第二希望と試験の日程が被らないよう受験していくものだが、百々人は第一志望の大学に絞って受けた。美術大学の入試というのも、一般的な大学の個別試験と同じように出題される問題の傾向に特徴があるため対策が必要になる。第一希望以外の大学の試験の勉強をするよりであれば、第一希望の大学の試験勉強を続けたいと思った。それが茨の道であることは重々承知していた。
どうしてその大学にこだわるのか。そう尋ねられれば金銭的な理由もある。だが一番の理由は、この国の最高学府で絵を描きたいというエゴだ。今まで2番3番手に甘んじてきた。百々人は今まで色々な賞を獲ってきたが、1番になれたことはない。1番になれなくとも皆すごいと感嘆してくれる。だがその言葉を聞くたびに百々人は、自分は何でも中途半端にできる器用貧乏で、突出して秀でたものなど1つもないのだと打ちひしがれそうになった。1番になりなさいと言う両親はもういない。だが百々人は絵の才能を見出してくれたプロデューサーの期待に応えたいと思った。プロデューサーが見出してくれた才能を証明したいと思った。
大学の合格発表は今日だ。いつもより早くに目が覚め、朝起きた瞬間から心もとなく、百々人は部屋を意味なく歩いたり、普段飲まないコーヒーを飲んでみたりした。
合格発表はインターネットと大学の掲示板で行われる。今日一日することもないので、大学に行って確認をしようと身支度を始める。
今日が合格発表であることはプロデューサーには伝えている。プロデューサーは結果が分かったら仕事用のスマホにかけてください、と言っていた。
 現在の時刻は9時半。合格発表は10時からだ。充電残量が残り少ないイヤホンを耳に押し込み、クラスファーストの新曲のデモを聞きながら家を出る。春休みということもあり、人出は少なく、最寄りの駅も混んでいなかった。電車では珍しく腰掛けることが出来た。
合格をしていれば夏の合同ライブに出られる。仕事も、——天峰が今年は受験生なので3人揃うかは分からないが、この1年制限をしていた時よりもずっとできる。ただ合格をしていなければ、今年と同じように予備校と自宅を往復するだけの生活になる。プロデューサーから見出された才能を証明したいという一方、今年も続けることになった場合の不安がぐるぐると胸の奥を占有している。金銭的な負担はもちろん、仕事への制約、プロデューサーから失望されるのではないかという不安だ。
 大学の最寄駅へは乗り換えせずに着く。時刻は10時を少し過ぎた頃で既に合格者の掲示がされているだろう。合格していなかったらどうしよう、そう思いながら重い足取りで電車を降りた。
 とぼとぼと大学構内への道を歩いていると、既に駅方向へと戻っていく人の群れがあった。この人たちはもう結果を知っているんだ、と思うと心臓が跳ねた。大して歩いてもいないのに、心臓が体の内側で暴れている。呼吸も浅く、視界もぼやける。百々人は自身と外界の間に何か一枚フィルターをかまされているような感覚に陥った。自分事なのに他人事のように思える。極度の緊張からなのだろう。
 人だかりが見えた。人込みをかき分けて前へと進む。衣擦れの音、ヒールの音、鼻を啜る音、叫び声、震える声、いろんな音が聞こえてくる。コートのポケットの中にいれた受験票の番号を確認する。620、順番が若い順に目が滑らないようにしっかりと確認しながら見る。514、541、595、そろそろ自分の番号だと思った。いったん少し長くも感じる時間瞬きをし、次の列を見る。620、番号があった。思わず鋭く息を吸った。合格している。夢心地で、百々人は自身の掌に爪を食い込ませた。確かに痛い。合格したんだ、再度確認し確信に変わったあと、百々人はスマートフォンを取り出した。アドレス帳でお気に入りに設定している、一番上に表示させてある番号だ。
 手が震える。通話ボタンを押すと、2回コールが鳴ったあとプロデューサーが出た。
「ぴぃちゃん、合格した!」
「えっ?!」
 電話越しに打撲音と痛っ!、というプロデューサーの声が聞こえてくる。それ合わせて、これは痛いという葛之葉と思しき人物の心配するような声音が続く。
「ご、合格祝い」
「良い海鮮を提供してくださるお店ならお任せください!」
「いや、百々人さん何がいいですか?!」
「今日ぴぃちゃん、お仕事だよね?」
「私のことはもうどうだっていいですよ」
「プロデューサーさん、良くはないからねー? これから夕方まで僕たちの付き添いでしょ?」
「夜、夜ならいけますから。秀さんたちにはご連絡しましたか?」
「まだ……」
「今日朝からお2人とも事務所にいらっしゃってそわそわしていたのでお伝えしてくださいね! ちょっと後ほどクラスファーストのリンクのグループチャットにご連絡します! あと入学の書類とかお金の振り込みあると思うのでそれも!」
 プロデューサーはかなりてんやわんやしているようだった。電話越しからでもその慌ただしさが分かる。
お前さん肝心なことを言い忘れていないか、と言う葛之葉の声が聞こえる。
「——百々人さん、合格おめでとうございます!」



- 16 -

*前次#
ALICE+