++ミネストローネ


「なあ、ボス。百々人、痩せたと思わんか?」
「痩せられました……?」
水筒の中身が空っぽになったと、お茶を調達に来た兜がぼそりと言った。
気候はすっかりと夏めいており、外は灼熱の暑さだ。兜はTシャツにハーフ丈のジャージのズボンを着ていたが、よほど暑いのか、水筒を持っていない方の手でぱたぱたとシャツの裾を仰いでいる。
 夏に合同ライブがあることから、すでにユニット越境のレッスンが始まっている。事務所の上階のレッスンルームは、スケジュールに空きがあるアイドルたちが各々集まり自主練習ができるように開放していた。
「すみません、ほとんど毎日会うので全然気づかなくて」
「ワシの思い違いかもしれん」
 兜が百々人に最後に会ったのはひと月ほど前なのだと言う。毎日顔を見合わせていれば日々の変化に気が付きにくい。
「気のせいじゃないよ、あとダンスすっごく辛そう。結構息上がってるしね」
 暑い飲み物〜、と兜とタイミングが少しずれて、同じく階段を下ってきた御手洗が、空っぽのボトルを手首に引っ掛けながら兜の言葉に続いた。
 プロデューサーが先日、クラスファーストの練習を見ていた際も、どうにも百々人の調子が悪そうだった。天峰と眉見の振りのタイミングがずれることが多いように感じられたのだ。
「百々人さん、半年はブランクがあるので、辛そうなのもそのせいかと思っていましたが……」
「それもあるけど、痩せたのもあると思うな。今も持ってきたご飯手つけてなかったし、だいぶしんどいのかも」
「練習もハードだと喉通らんくなるしのぉ」
 特にダンスが得意な御手洗だ。踊っている間も他のメンバーを見られるぐらいには余裕がある。久しぶりに会ったのだという証言を合わせて聞けば、ますます百々人の不調は、急激な体重の減少によるものだと考えられた。
「教えてくださってありがとうございます。百々人さん、事務所に顔出すと思うのでその時に少し話してみます」
「そうした方がいいかも」
 御手洗と兜はそれぞれ水筒に水やお茶を入れると上に戻っていく。
 ほどなくして百々人が事務所に現れた。プロデューサーは横目で姿を見たが、足取りが重そうだ。わき腹を押さえながら冷蔵庫の前に立ち、ビニール袋に入った昼食と思しきものを冷蔵庫の中に入れていた。
「百々人さん、」
「ああ、ごめんねぴぃちゃん。ちょっと冷蔵庫借りる」
「お昼ご飯、食べられましたか……?」
 百々人が沈黙する。困ったように笑いながら、あんまり食欲が無くて、と暗に食べていないことを言う。
 練習がきついと食事が喉を通らない、という話を何度かされたことがある。アイドルの仕事は体力勝負なので、きちんと栄養を摂らなければ体がもたない。体調管理も仕事のうちとも言うが、実際弱った人間を目にするとそんなことも言ってられないだろう。無理矢理にでも食べさせなければならない。
「スープぐらいなら喉通りますか?」
 プロデューサーは自身の引き出しからフリーズドライのスープを取り出した。個包装で保存がきく、何よりお湯をかけるだけで手軽に小腹を満たすことができる。具は細かく刻まれており喉にも通りやすい。生野菜で作られたものの方が良いのかもしれないが、背に腹は代えられないだろう。
 食器棚に入っている適当な大きさのマグカップに包装を破ったそれを入れ、お湯を適量注ぐ。コンソメのにおいが辺りに漂う。ぐるぐるとスプーンで中身をかき混ぜ、それをその場に立ったままだった百々人に手渡した。
「いただき、ます」
「はい」
 スプーンにスープを乗せ、少量口に含む。
「あ、おいしいかも」
「ここのメーカーの美味しいんです。たくさんあるから差し上げます」
 さらにもうひとくち、百々人が口に含む。胃が刺激されたのか、ぐう、という腹の鳴る音が聞こえた。一緒に食べていいかな、百々人がばつが悪そうに尋ねた。




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