++頑張った君へ/牙崎漣




 疲れた時はガツンとしたものが食べたくなる。炭水化物、ちょっとしょっぱいもの、食べた後にあー食べちゃったと少しの背徳感。その全てを満たしているものを私は知っていて、何か大きな案件や仕事が長引いてしまったときに、ついつい寄ってしまう場所がある。

「──まだやってますか?」
「ああ、師匠! お疲れさまっす!」

 がらりと引き戸を開けて顔を覗かせれば、やってますよ!、と彼がにこやかな表情で言った。
 カウンター席を見れば牙崎くんが座っている。彼もまた、円城寺さんのラーメンを待っているようだった。一つ席を挟んで隣に腰を下ろす。

「師匠は今までお仕事っすか?」
「そうなんです。疲れたからがっつりしたものが食べたいなあって思って来ちゃいました」

 本当にお疲れさまっす、と彼が言う。いつものでいいっすか?、と尋ねられて私は首を縦に振った。漣も同じのでいいか?、と彼が聞いて、牙崎くんが頷いたのが見えた。
 麺を籠の中に一玉ずつ入れる。円城寺さんがそうやってラーメンを作る様子を見るのは好きだ。捲り上げた袖から見える筋張った手首だとか、筋肉が良く付いた腕だとか。虎牙道は元格闘家アイドルというだけあって、円城寺さんに限らず皆さん良い体つきをしている。女性は元々筋肉が付きにくいとよく聞くし、私もその例に漏れないのだけど。やっぱり自分に持ってないものを持っているという点で良いよなあ、とぼんやりと彼のことを眺めていると、やっぱお疲れっすね、と円城寺さんが苦笑した。

「牙崎くんは、今日はメンズファッション誌の撮影でしたよね。どうでしたか?」
「上手くいったに決まってんだろ。オレ様にかかれば、楽勝だっつーの」
「そっかあ、良かった」

 普段は牙虎道でまとまって撮影をすることが多いのだけど、今回の撮影は牙崎くんのみということで、少し心配だったのだ。別の場所で営業があったせいで、私は彼に付きっきりになれなかったし。無事上手くいったみたいで良かった、と肩を下ろす。彼は根はとてもよい子で、よく気遣ってくれるし周りにも敏感なのだけれど、この口調で勘違いされてしまうことも多々ある。私はそれこそ彼の醍醐味というか、長所だと思うのだけれど、それが駄目だと思う人も中には居るわけで。今回の現場では長所だと捉えてくれた方が多くいらっしゃったみたいで良かったと思う。

「おまちどおさまっす!」

 とん、とカウンターに丼が乗せられる。少しとろりとしたスープの上には、チャーシューにメンマ、ネギ、ここに来たときいつも頼むラーメンだ。その他にも今日は味玉が乗っかっていて、どうしたものかと首を傾げれば、彼が師匠にサービスっす!、と微笑まれる。ありがとうございます、と手を合わせて彼を拝んだ。

「おい」
「どうか、しました?」
「やる」

 ラーメンの丼と丼がくっつく。そして彼が私の丼にチャーシューを寄越した。
 それにえ、と固まっていると、別に思ったより腹いっぱいだから食えねえと思ってオマエにやっただけだし、と言い訳がましく彼が言う。耳が仄かに赤くなっている。きっと疲れた私を彼なりに労ってくれているのだ。
 出会ったときは、ツンツンと突っぱねていて、彼と仲良くなれるのか、彼をアイドルに育て上げられるかどうか不安でしょうがなかった。どうすれば彼から信頼されるプロデューサーになれるのだろうか、彼の魅力をどうやったら十全に伝えられるのかとずっと模索していた。

「ああ、もうめっちゃ好き……」
「ああ? オマエ、スキって何だよ!」

 彼から認められているんだなあ、と思うと顔がにやけて仕方が無い。私はその顔を隠すように手を当てる。愛おしさとか母性だとか、そういう感情すら沸き上がってくるようで心がとてもむずむずする。それを見ながら円城寺さんが笑っている。私は牙崎くんの言葉を聞かぬ振りをして、いただきますと手を合わせた。









お題箱より。牙崎漣になつかれる。
20170911


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