++アレグロ/都築圭




 キスをした。
 彼が屈んでいるから、ぱさりと髪の毛が顔にかかった。淡い緑にも見れるような目が今は伏せられる。ぱさぱさとその瞳を縁取るまつげが強調されている。柔らかな唇が重なる。
 なんだか夢を見ているみたいだ。抱き寄せられた腰も、優しく髪を撫でる彼の細い指も。私がここに本当に存在して、彼から口づけをされているなんて到底思えなくて呆けたように彼を視界に入れることしかできない。
 一瞬の出来事だったけれど、私にとっては何時間とも思えるそれが終わって、彼が目を開ける。5センチもない、そんな近さで、もしかして名前さん、ずっと目を開けていたのかい?と彼がびっくりしたように言う。それに私もびっくりするぐらい掠れた声で、驚いてしまって、と返答すると彼がふふ、と笑った。恋人同士なんだからこれくらいするさ、驚くことも無いだろうに、と。

「こい、びと」
「そうだ。名前さんはさっきから、夢見心地みたいだね」

 彼の紡ぐ一つ一つの言葉が本当に現実味の無いそれだった。彼と恋人になったのはもう三カ月も、もしかしたらそれ以上にもっと前の話だ。それが付き合ってください、という形式ばった文句から始まった関係性では無くて、空気を吸うようにさも当たり前に気が付いたらそんな関係になっていたので、現実味の無さはそれも関係しているのかもしれない。彼には前も恋人が居たのかもしれないけどその人がどんな人かだなんて想像も出来ないし、自分が今そのポジションに落ち着いているのも本当にしっくり来ないのだ。
 彼が私の手首を取る。いつもは氷のように冷たくて、人間味がまるでない彼の掌が、少し温かい気がした。恋人と言っても、名前だけで本当に何もしていない私が彼の手に触れたのは鉛筆を渡したときに偶然指先と指先とが触れたときだけだったから信憑性に欠けるかもしれないけれど。でもその時触れた手が冷たくて驚いたから、きっとそれで合ってるはずだ。

「脈、速いね」
「そうですか?」
「うん。速いよ、とても」

 そのまま彼は、私の手を彼自身の胸へと押し当てた。衣服の上から、微かに彼の心音を感じた。僕の心臓も、君と同じくらい。ゆるりと彼が吐息混じりに言った。
 顔同士がくっついてしまいそうなほど近い距離。都築さんが私の肩を抱いて、また唇を合わせようとするけれど、驚いて反射的に背を少し反らしてしまう。

「傷付くなあ」
「あ、いや、都築さんもこういうことするんだってちょっと驚いてしまって」

 嫌じゃ無いんです、と慌てる。それに彼は安心したようだった。
 今までこういうことは一切してこなかった彼だ。今突然こんなことをされて驚いているに決まっている。一体どういう風の吹き回しだろうと勘ぐっていると、密着した状態で口づけが落とされていく。髪の毛に額、目尻、頬、首筋、耳、なんだかいつもの彼と雰囲気と違う。それに気が付いて心臓がどくんどくんと意味が分からないほど速く鼓動する。自分の心臓の音が自分でもしっかりと分かった。手首を握る彼もそれに気が付いたようで、するりと撫でながら、これから心臓が保たないかもしれないね、と囁いた。







お題箱より。えっちな圭さん。
20170926



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