++しあわせの味がする/握野英雄


 名前ちゃん、名前、名字。物心着く前から彼とは一緒に居るわけだけれど、名前の呼び方もその都度変遷していったなあ、とふと思う。最初は幼稚園の頃。名前には「ちゃん」を付けなさい、と言われてちゃん付け、次の呼び捨ては小学校の低学年頃、次の名字呼びは中学校高校の思春期真っ只中でたぶんこっぱずかしかったからだろう。そして気が付くと声変わりもすっかり終わっていて、彼は警官へ、更に警官からアイドルへ。彼を取り巻く環境も、もちろん私も私の周囲もここ最近は目まぐるしく変わっている。

「……握野くん、昔から甘いの好きだったよね」
「まあそうだったかもな」

 お店の中全体が甘いにおいでみっちり満たされている。
 二段に重ねられたパンケーキをきらきらとした目で見る彼に、私の頬も思わず緩む。彼、硬派な顔立ちをしているから甘い物なんて一切食べないぞ!、だなんて雰囲気を漂わせているけれど、実は大の好物なのだ。それだけはずっと昔から変わらない。
 今流行りのパンケーキのお店。内装も淡いパステルカラーを基調としたふわふわとしたもので、客層も自然と若い女性が多くなる。その中で男性客として一際目を輝かせている彼だ。微笑ましくて仕方が無い。いただきます、と律儀に手を合わせる彼だ。

「名前はリコッタのパンケーキだったよな?」
「うん、そう。そっちはマカデミアナッツだよね? おいしい?」
「めちゃくちゃおいしい」

 あれ、いつから彼の私の呼び方が下の名前に変わったんだろう。
 彼とここのお店に来ることになったのも本当に偶然だった。私はこの春大学を卒業して社会人1年目、そして彼は警官を辞めてアイドルへ転身。ここ最近、というより高校を卒業してからほとんど連絡を取り合っていなかった。帰省中に顔を見合わせたら挨拶をする程度だったのだ。それが覆ったのが今年のお盆だった。お盆休みに帰省した私はたまたま彼に会って、アイドルになったんだって?、と世間話を持ちかけたのだ。彼は照れたように俺もちょっと驚いてるけど上手くやってる、と言ってそれからそっちはどうなんだ、だとか他愛もない話を何分かした。そして会話の途中、はっ、と思い出したように彼がびくっとして、新しく出来たパンケーキの店に行きたいんだ、と切り出したのだった。
 とん、と目の前にお皿を店員さんが置く。初めて食べる味だからよく分からないけれど、チーズのパンケーキであることは調べて分かった。においもしょっぱいのだろうか、と思ったけれどそんなことはなくて、噎せ返りそうなほど濃厚な甘いにおいが鼻まで漂ってくる。彼のものを見ていて思ったけど、すごいボリュームだ。全部食べられるかな、と思いながら彼の手渡すナイフとフォークを手に持った。彼がこちらのパンケーキをきらきらとした目で見ている。それが可愛らしくてちょっと笑ってしまった。

「そんなに見つめなくても、あげるから」
「それもあるけど、……昔みたいに名前で呼んで欲しいなって。名字じゃなくてさ」
「えっと、英雄」
「おう」

 なんだか懐かしい響きだ。そう言えば、私も中高らへんで彼に釣られて名字呼びになったんだった。

「どうしよう、あーんしようか?」
「ちょ、それは」
「なんだ、一緒にお風呂に入った仲じゃない?」
「それは幼稚園ぐらいの時だろ……!」

 それでもフォークいっぱいに乗ったパンケーキを彼の口許に差し出すと、ぱくりと食べた。もぐもぐと口を動かして、おいしい!、と言う。俺のも食えよ、と次に彼のパンケーキが差し出された。ぱくん、とそれを口に含む。
 






20171004
お題箱より。握野さんと幼なじみがパンケーキを食べに行く話。


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